そして私は、叶わぬ恋をした。

そら。

出会い、そして叶わぬ恋をする。

好きだった。


特別イケメンなわけでもない。

スタイルが言い訳でも、

すごく性格がいい訳でも、

声がいい訳でもない。


なのに私は

好きで好きで

本気で恋をしていた。


あの人はきっと性格が悪いんだと思う。

生徒の愚痴ばっかりいうし、

他の教科はどうでもいいって言ってたし、

怒るとめちゃめちゃ口悪くなるし、

拗ねるとすぐ機嫌悪くして子供みたいになるし。


でも私は

そんな完璧じゃない彼が好きだった。


あの人には奥さんがいる。

美人でスタイルがいいらしい。

何故完璧じゃないあの人を好きになったのか

今なら少しだけわかる気がする。


初めて直接的な関わりを持ったのは6月頃。

コロナの影響で短縮された入学式を終え、

その後教室で対面した。


その日は生理日で、

生まれて初めて生理痛を経験した日だった。

元々小五から生理は来ているため、

生理が初めてという訳ではない。

でも生理痛は初めてだった。

鈍痛と吐き気、頭痛が止まらなかった。


担任が担当している英語の授業中、

あまりにもしんどくて泣いてしまった。

担任はすぐ気づいてくれた。

「どうした!!」

そういい、担任は私の目を見つめ真剣に問いかける。

心配してくる担任に、すぐ体調不良を伝えたかった。

だが、私は吐き気で喋れなかった。

声を出そうとすると、それと共に吐き気が襲いかかり、今にも吐きそうになる。

とてもじゃないけど喋れなかった。

しかも担任は男。

生理だなんてことは言えなかった。

「とりあえず保健室に行こう」

そう言ってくれたおかげで、

私は教室から出ることが出来た。


私の教室は4F、保健室は1F。

階段が一番しんどかった。

目の前がぐるぐるまわり、真っ直ぐ歩けなかったのだ。

そんな状態で階段を降り続けた私は

2Fの踊り場で倒れてしまった。

目の前はチカチカし砂嵐のようになっていてよく見えなかった。

頭がグアングアンし、全身に力が入らなかった。

脳がパニックを起こし、混乱していた。

ODしてもここまで体調不良になることはないのに、と謎の思考が頭によぎった。


意識朦朧としている時、

「そら!!」と名前を呼ばれた。

だが反応出来なかった。

すぐ担任が私を持ち上げお姫様抱っこをし、

「かっっる!!もっと食え!!!」

必死そうに私を保健室に運ぶ担任は

既に意識を失いかけている私にそう言った。


目が覚めた時には、保健室のベッドだった。

目の前には誰もいなかった。

どうやら気を失ったらしい。

後悔で涙が溢れた。


私が倒れたのは授業中だった。

他の生徒もいるのに、私に付きっきりで

授業を放ってしまったのだ。

あぁ、どうしよう。もう後戻りできない。

そんな時、給食終わりのチャイムがなった。

2時間も寝てたんだ、と思った瞬間、

担任が勢いよくドアを開けて私の元にやってきた。


「そら!」

「は、はい」

「良かった、起きたんだな。今はどう?」

「だい…」


大丈夫、と答える寸前だった時、

頭痛でまた意識を失いそうになった。


「い"っ…」

「あぶなっ」


そういい、片手で私を受け止めてくれた。


「あっぶねぇ間に合った。

お前ほんとに大丈夫か…?」


そういい私を見つめてきたあの時の目は

今でも忘れられない。

男子生徒といつもふざけているような担任が

それとは裏腹に、凄く優しい目で私の事を

見つめてきたのだ。

もう倒れないようにと、

私の腰周りに手を添えて。

凄くドキッとした。

優しい目付き、姿勢、添える手。

全てが愛おしく感じた。


「あ、…もしそうだとしたら嫁と周期被ってるな…。もしかしてあの日だったりする?」


頭痛で頭が回らなかったため、

すぐには"あの日"が何かわからなかった。

だが、"周期"というワードが気がかりだった。

その瞬間やっと理解でした。

担任は見事に察してくれたのだった。


「なんだよ、そうならそうってハッキリ

言ってくれればよかったのに。

って、俺男だもんな。言いづらいか。

よーし、職員室にコーヒーあるから

牛乳と混ぜて美味いやつ作ってきてやる!」


そういい保健室を出て5分後、

暖かいコーヒー牛乳を持ってきてくれた。


「お前給食食べれ無さそうだし、これ飲めよ。落ち着いてからでいいからさ。」


そう言い持ってきてくれたコーヒー牛乳は

すごく甘かった。

苦かったらいけないからと砂糖を入れてくれたらしい。

甘すぎたコーヒー牛乳を飲んだあと

なんだか不思議な気持ちになった。

今は学校にいるはずなのに

私は今コーヒー牛乳を飲んでいて

目の前には優しく微笑んでいる担任がいて。

すごく幸せだった。

こんなにも幸せな時間はいつぶりだろうか。


「えへへ笑」

「なに笑ってんだよ笑」

「優しい男の人って本当にいたんだなって」

「え?」

「私お父さんがいないから、男の人が怖かったんです。

でも先生はすごく優しくしてくれて、

男の人も優しいんだなぁって。」

「…お前、片親だったよな?」

「…? はい」

「腕見せろ、右腕」


右腕で良かった、と思ったのもつかの間。

自分では気づけていなかったアザが沢山あった。

後々聞いた話だが、

私が男の人を異常に怖がって避けて居ることに、担任は気づいてくれていたのだ。

近くで手を少しあげるだけで

頭を守るように手を構えている私の事が

心配でたまらなかったという。

私が思っている以上に、担任は私を見ていてくれたのだった。


「そうだよなぁ、お前、最初は俺のことも避けてたもんなぁ?」

「…?」

「お前、母親に日常的に殴られてるから

大人が怖くて仕方ないんだろ。

いつ何をしてくるか分からない大人が。

それで片親で父親がいないから、

余計男の接し方がわかんないんだろ。

だから横通る度に一歩引いてんだろ?

男は女より力が強いから、

余計何をしてくるか分からない、って。」

「…あはは笑」

「あははじゃねえ、これが証拠だろ」

「…」


思わず目を逸らしてしまった。

母親を悪役にしたくなかった。

私は父親と母親が離婚してからというもの、

毎日虐待を受けていた。

首を絞められたこともある。

だけど私は、そんな母も好きだった。

片親で弟も居るのにここまで育ててくれた

偉大な母を、どうしても嫌いになれなかった。


「ちが」

「違くないよな?」


すぐさま私の言葉をかき消しそう言う彼の目は、先程の優しい目とは裏腹に

真剣でどこか悲しそうな目をしていた。

この目つきも

普段の様子からは考えられなかった。


「…はい」

「まじで嘘下手、目泳ぎまくってるからな」


そういい、担任は紙に何かを書き始める。

その紙には、電話番号が書かれていた。


「なんかあったら、この番号に電話しろ。

勿論お前のスマホでいい。

いつでも助けに行くから。」

「…ありがとうございます」

「っ…はは笑」

「?」

「いや、なんでもないよ」

「ええ〜笑」

「笑笑 いやぁー正直に言うと、

俺の嫁に似てんなーって思ってさ。

性格がすごい似てんの。俺が惚れた女に。

嘘が下手で、嘘つくと目泳いで必死で。

ずーっとニコニコ笑ってて。

だけどアホで天然でさ笑

嫁に性格似てる生徒がいるとは思って

なかったよ笑」

「アホ天然って笑笑」

「なんだよ怒んなよ笑」

「笑笑」


いつの間にか、甘すぎるコーヒー牛乳を飲みながら先生と笑っていたら

生理痛はスーッと引いた気がした。


この長い一日を終えて、

私は担任だけを信用することが出来るようになった。

男の人だけど、心の底から信用できた。

この日を境に、

私は担任に叶わぬ恋をした。

完璧じゃない、あの人に。

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