変化する世界

霜月かつろう

第1話

 久しぶりに実家に帰ってこられるようになったのは世間の目がそれなりに和らいだからと判断したからだし、そうとも言ってられない理由が生まれたからなのだがいざ帰ると決めようものなら妙な緊張感が生まれてしまってこんなにそわそわした状態で生まれた家の玄関をくぐることになろうとは思いもしなかった。

 大学卒業と共に就職したのは去年の春。その時に家を出た時には世界がこんな風になるなんて思いもしなかった。いや、世界は変わる予感はあったのだ。何しろ社会人一年目。少なくとも自分自身の人生はここから変化するのだと、幸代ゆきよはそう思っていのだ。

 それがこんな形で変化するのだとは思わなくて肩透かしを食らった気分だ。周りは例年と違うことばかりで新人の様子がどうとか以前に気にすることが多くてやりがいもやれることも一年の間でそんなに増えることはなかった気がする。その上、こんどの四月からはテレワークを促進されとてもじゃないけれど一人暮らしでは環境を整えることがなく、幸代が出たままになっている部屋がある実家へと帰ってきたのだ。

 ふう。そう息を吐きだして一歩を踏み出して家の玄関を開けた。

「おかえり」

 そこには一年間見れなかった母の顔があって少しだけだけど泣きそうになるのを、頑張って隠す。

「ただいま」

 そう返す言葉の返事は奥へと促すいつも通りの母の姿。その後ろ姿を見ながらああ、帰ってきたのだと実感する。

「そこにあるのが、部屋を掃除してできたものだから捨てられないのあったら先にいってな。明日のごみの日に出しちゃうから」

 そう父はリビングに入るなり大きな段ボールを指さしてそう言い放つ。小さく返事を返すと、とりあえずと自室へ向かう。そこは記憶の中にある部屋に比べていくらかがらんとした印象になった部屋があった。一人暮らしで買った家具を持って帰ってくるのだ。物を減らさなくてはならないと先に多きものを片付けてくれていたみたいで感謝することしかできない自分はまだ親に甘えているのだと幸代は肩を落とす。なにも変われてないじゃなかい。ここを出た時のまんまだ。

 ふと部屋の片隅に置いてあったドレッサーがなくなっていることに気が付く。あれには大事なものがしまってあったはずなのだ。荷物をその場に放り出すとリビングへ戻る。

「ねえ。ドレッサーの中に入ってたものは!?」

 慌てた様子の幸代の姿にふたりは何事かと目をまん丸くしている。

「あ、ああ。多分その段ボールの中だ」

 大きい段ボールの中身を順番に取り出してく。使ってた化粧品が多い、集めていたキーホルダーなんかも入れられている。なぜだが缶切りまで出てきた。これはもしかしたらついでにその辺にあったのを捨てようとしていただけなのかもしれない。

 少しだけ懐かしさがこみ上げてくるがそうじゃない。探しているのはもっと違うものだ。もっと大切な思い出が詰まっているあれだ。

「もしかして昔使ってた携帯さがしてるの?」

 母がたまらず声をかけてきた。なにか覚えがあるというのか。確かに探しているのはそれだ小学生の頃から数年間使っていた今は見ることのない折り畳み式の携帯電話。そこには昔の思い出が詰まっている。メール一文一文。画素数の少ない写真。それを見たり読んだりする機会はないのだけれど、手元に残しておきたいその機械は捨てられたくはなかった。

「あれだったら、ちゃんと残してあるわよ」

 そう声をかけてきた母に心底ほっとする。

「びっくりした。ドレッサーごと捨てられたのかと思った」

 そう言っていたら安心したのか自然と笑いがこみ上げてくる。なんでこんなに焦っていたのか幸代本人にもよくわからなくなってきている。自然に笑えるなんてすごい久しぶりだと思い、これまで不思議な生活を送り続けていたのだと実感する。一人きりで過ごすいわいるおうち時間というやつは映画を見たり、音楽を聴いたりそんなことばかり。誰かと話す気かも減り、疲れ始めていたのかもしれない。そうでなければ実家に帰るなんて選択を選ばなかったのかもと思うと複雑な気持ちになる。

 これからは両親と過ごすおうち時間になるのか。たった一年だけれどそこから離れていた。それが恋しくなるには短い時間だったのか、それとも長時間だったのか。よくわからない世界になってしまったけれど、今はそういう時間を作れたことに感謝しよう。そう思ってみたりした。

 まずは折り畳み式携帯の中にある思い出話から初めて見るのもいいかもしれない。それも何かの縁だ。

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