今日も綺麗な月を眺める

さとね

100日目

 カコン、とツナ缶を開ける。

 最近、爪の手入れができてないな。爪やすり、どこかにあればいいけど。


 今日は私が夕飯の担当だ。せっかくだし工夫をしてみようと思って気合を入れたら、準備をしている間に窓から差し込んでいた夕陽が月明かりに変わっていた。

 でも、消費した時間に見合うご馳走はできたと思う。


「ただいまぁ」

「おかえり、ルナ」


 よれよれの制服を着たくたくたの親友、佐山ルナが帰ってきた。

 ガチャガチャと念入りに部屋の扉を施錠すると、ルナは肩に掛けていたバットケースを棚に立てかけてドサッと腰を落とす。


「ぷはぁ。疲れたぁ」

「お疲れ様。どうだった?」

「なんにも……って思ったけど、これだけ見つけた」


 ルナがバックから取り出したのはトランプだった。


「おお! トランプ!」

「この家にこもってから娯楽がないからさ、こういうのもありかなって」

「ありあり! 超あり! 早くやろう!」

「その前に飯が食いたい。準備は?」


 私はドヤ顔でサムズアップ。


「完璧」


 私は準備していた料理をルナに差し出した。

 料理名はズバリ、「愛情たっぷりツナマヨ丼」!


「お、おい。マヨ……だと?」

「マヨです。私、気合でマヨ、準備しちゃいました」

「お、おまっ、おまえ……!」


 ルナは飛び跳ねて私の胸に飛び込んできた。


「最高だ、心の友よ! まさかマヨを作り上げるなんて!」

「ふっふふ~ん! 感謝は食べてからいいなさいな」


 どうしても口角が上がってしまうので、気持ち悪い笑顔のまま私は催促する。

 ルナとこの家で暮らしてから約三ヶ月。

 よい食事なんてほとんどなかったから、ルナは涙目で私の作ったどんぶりを食べていた。

 こんなに喜んでくれるなら、またどうにか作ってあげたいな。


「ご馳走さまぁ。ありがとな、向日葵」

「ルナは外で頑張ってくれてるんだから、私はおうちで頑張らないとだからね!」


 細い腕をまくって無い力こぶを作ってみせる。

 ルナが柔らかいぞ、なんてつついてくるから、思わずヘッドロックしてしまった。


「いたたた! ぎぶぎぶ!」

「護衛術だけは身についてるから、筋肉はいらないの、わかった?」

「なら最初から空手みたいな構えしとけばいーじゃん……」

「それもそうかな。次はそうする」

「おい、また締める気か?」


 ふっと真顔になったルナを無視して、私はテーブルに手を伸ばした。

 ルナが持ってきてくれたトランプを手早く開封する。


「うわ、本当に新品だ」

「偶然一個だけ残ってたんだよ。ラッキーだった」


 ルナはにかっと笑った。

 左頬にできるえくぼが、大人びた風貌のルナがまだ私と同い年の高校生なのだと教えてくれる。


「なにやる?」

「なんでもやろうよ。時間ならたくさんあるし」

「それもそうだね。眠くなるまでやろうか」


 私達はとりあえず覚えている限りの二人遊びをやりつくした。

 意外とババ抜きも盛り上がったし、ルナは表情がコロコロ変わるので私はババ抜きだけは一度も負けなかった。

 一通り遊んで、私もルナも疲れの波が押し寄せ、それに呑まれて二人で床に転がる。


「楽しかったなぁ」

「明日もやろっか」

「いいね。次は向日葵にババ引かせるから」

「ふっふふ~ん。やれるもんならやってみな」


 負ける気はないので、負けたらもう一度マヨを作る約束をした。

 明日の夕飯はマヨ以外の献立を考えなくてはならない。


「材料、足りるかな」

「まあ、なんとかなるだろ。物資自体はほぼ毎日来てるし」


 耳を澄ませば、遠くでぱたたたた、とヘリの音が聞こえる。

 マンションの十五階の隅部屋だから、どこにヘリがいてどこに物資が投下されているのかはすぐに分かった。

 私は壁に貼り付けてある地図に丸印をつける。

 もうすぐ丸印も百を超えそうだった。


「ライト、ちかちかすれば拾ってくれるかなぁ」

「電池が勿体ないよ。感染してるかもしれない私たちに近づくわけがない」

「だよねー。はぁ、ケーキ食べたい」


 つい一年前はコロナとかいうウイルスで怖がっていたのが嘘みたいだ。

 あれだけの感染予防の意識があってもこの爆発的感染があったのだ。ウイルスの解析が終わるまではこうやって物資を下ろすことしかしてくれないだろう。


「今、どれくらいの人が生き残ってるんだろう」

「分からないけど、今日外を見てきた限り、意外といると思う。私が着いたときには物資は何も残ってなかったし」

「ゾンビが食べちゃったってことはないよね」

「あいつらだとしたら相当行儀よく食事してるな。ナイフとフォークを使って物資とか漁ってるのかも」

「あははっ。それだったらウケる」


 そうやって笑ってみても、数秒後にはため息が零れる。

 いつになったら、この家にこもって助けを待つ生活は終わるのだろうか。

 ようやくルナが新しい娯楽を持ってきてくれたので今日は楽しかった。

 気分がいいので、私はベランダに出て外の空気を吸う。


「ん~、これくらいの気温のまま一年過ぎてくれ~」

「分かる。シャワーもロクに浴びれてないから、これ以上熱くなったらJKとしての威厳ゼロ」


 ルナは私の隣でぐったりとベランダの柵にもたれかかっていた。

 と、ルナが何かに気づいて指を差す。


「あ、見てみて、向日葵」

「なに?」

「おっさんゾンビが全裸で徘徊してる」

「ほんと、最悪。見ちゃった」


 さすがに悪質なので軽く頭を叩いてやった。

 ルナは「ちょ、ごめんて」って、ペロッと舌を出して謝ってくる。


「次はそのベロぶった切るから」

「じゃあ口閉じて謝る」

「おいコラ」


 もう一度叩く。

 これ以上はルナのペースなので、軽く無視してやった。

 風とヘリの音だけが小さく聞こえる。

 活気があったはずの町は、夜である以上に静寂で満ちていた。


「変わっちゃったね、世界」

「ニュース見れてないけど、多分そこかしこで同じようなことは起きてるっぽい」

「どうなるんだろう、私達」

「わかんない。でも、そこらの奴らよりは楽しく生きれてるんじゃない?」

「それは間違いないね。ルナと遊ぶの、超楽しいから」

「私も向日葵と遊ぶの楽しいよ」


 互いに笑って、今度は夜空を見上げた。

 下は見ない。見たくないものが多すぎるから。

 空には血も死体もゾンビもない。

 変わらず、星と月が煌めくだけだ。


 そっと、横を見る。

 どこか懐かしそうに夜空を見上げるルナの口元には優しさがあった。


「明日も生きよう。二人で」

「そうだね。できれば、いつも通り、楽しんで」


 大切な親友の微笑みとえくぼ。

 窓から覗くまんまるのお月様。


 その二つだけは、こんな壊れた世界でも変わらず綺麗だった。

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