苦手だった女の子が義妹になりました。
黒猫(ながしょー)
第1話
春が少し過ぎた頃。
俺、白石裕太(高校二年生。十七歳)は自室のベッドで惰眠をとっていた。
日本では新型コロナウイルスが本格的に猛威を振るい、新規感染者数も日々増え続けていく中で政府は緊急事態宣言を発動させ、学校はそれに伴って臨時休校。
子どもからしてみれば、休みはとても嬉しい限りなのだが、世の中の情勢を鑑みると、素直にやったーと喜べない。
何はともあれ、休みである以上、俺ができることと言えば、家で待機していることくらい。こんな大変な時期に外で遊ぼうという気にもなれないし、自宅でのんびりゲームをするに限る。
――その前にまだ睡眠でも貪っておこうかな……。
そう思ったのも束の間。
いきなり自室のドアが開け放たれるなり、大きな足音をたててこちらに近づいてくる。
「ほら! もう朝だよっ!」
「……うーん。まだ目覚まし鳴ってない……」
「何言ってんの! もう六時半じゃない!」
「……まだ六時半の間違いじゃないの……?」
俺はそう言って、布団を深くかぶる。
――朝からうるさいやつだなぁ……。
「こらっ! だーかーら、起きなさいって!」
「あ、ちょっ、布団!」
かぶっていた布団を全部剥ぎ取られ、俺は仕方なく身を起こす。
ベッドの傍には腕を組みながら踏ん反りかえっている美少女が一人……。
「さっさと起きなさいよねっ! 子どもじゃないんだから……」
この……クソ女め……。
白石愛香……見た目はショートボブに丸っこい目をしていて、端正な顔立ちをした美少女なのだが、コイツと俺は血が繋がっていない。言わば義兄妹だ。
先月、母さんが再婚したことによって、家族が増えた。新しい父さんができたということはもちろんなのだが、同時に妹までできるとは思ってもいなかった。俺としては家が賑やかになって当時は大変嬉しかったのだが、妹となった相手を知った瞬間、その喜びは絶望へと変わっていく……。
愛香とは犬猿の仲とでも言うのだろうか? 学校では何かあるたびに俺に突っかかってきては、ケンカをするくらいに仲が悪い。周りの奴らは「また夫婦喧嘩かよ〜」と言って、からかってきたりしてくるが、本当に大迷惑だ。愛香自身が風紀委員ということもあって、規律に対して厳しいのはわかるが、それにしても俺にばかりあたりが強いんじゃないのか? 俺が一体何をしたんだよ……と、悩んでいる間に義兄妹となってしまったからこの先を考えるだけで思いやられてしまうというか……。
「ほらっ! さっさと着替えて、顔を洗ってきなさい!」
「わかったから……てか、お前、俺のなんなの? 母さんじゃあるまいし……」
「お前じゃありません! 私には愛香っていうちゃんとした名前があるんですから!」
「はいはい……」
「はいは一回」
クッソ! 本当にムカつくなコイツ……。
俺は煮えたぎる怒りをなんとか心の内に押し込め、言われるがまま着替えを始める。
「んな?! な、ななななんでいきなり脱ぎだすのよっ!」
「だって、着替えろって……」
「普通は私が出ていった後でするでしょ!? あーもういい!」
そう言うと、愛香は俺の部屋から出て行った。
――やっと退散してくれたか……。
先ほどは「私が出て行った後〜」とか口にしていたが、俺が部屋から出て行けって言っても出て行かないんだよなぁ……。二度寝するとかこうたら口実をつけるもんだから、毎回のようにこうでもしないとなかなか部屋から出て行ってくれない。むしろ、何かしら俺の裸見たさでいつまでも居座っているのではないかと疑いたくなるほどだ。まぁ、さすがにそれはないとは思うけどさ。
俺はちゃっちゃかと着替えを済ませた後、自室を出た。二度寝をしたいという気持ちはなくはないが、先ほどのやりとりで完全に目が冴えてしまったから仕方がない……。
午前七時前。
今日もまた長い一日が始まる。
外は気持ちがいいほどに快晴なのになぁ……。
☆
朝食を摂り終えた後、俺たちは家事に追われていた。
いつもは母さんがやってくれるのだが、昨日から会社の方が忙しいようでほとんど家事に手がつけられていない。そのためか、洗濯物は溢れ、キッチンの流し台には汚れた食器類が溢れかえっていた。
この後は特に何もすることもないため、愛香と手分けして俺が食器洗いで愛香が洗濯に勤しんでいるわけなのだが……
「きゃあああああ!」
ちょうど洗い物を終えた頃、脱衣所から愛香の悲鳴が響いてきた。
俺は何事かと思い、覗きに行ってみると……
「何してんの……?」
ドラム式洗濯機から大量の泡が漏れ出し、付近には泡まみれになった愛香が呆然になりながらもぺたんと座り込んでいた。
「何がどうなったら……」
俺は呆れ半分になりながらもとりあえず洗濯機の電源をオフにする。
「私にもわからないわよ……。ただ普通に――」
「普通に使用しててこうなるわけないだろ。大方、洗剤の量を間違えたかなんかだとは思うけどさ」
俺は雑巾を持ってくると、水浸しになった床を拭いていく。ついでに持ってきたバスタオルを愛香に手渡した。
「あ、ありがと……」
「ひとまずここを片付けたら一回風呂にでも入ってこいよ。風邪でも引かれたら面倒だからよ」
「う、うん……」
その後の選択はもちろんだが、俺がやった。また愛香にやらせて、床を泡まみれにされたらたまったもんじゃないからな。
ていうか、服が濡れてブラが透けていることを言った方がいいのだろうか……いや、これは考えるまでもなく、言わない方がいいな。でないと、理不尽にも殴られる可能性が高いし……。
☆
それから刻々と時間が過ぎ、早くも正午を迎えた。
俺はキッチンに立ちながら、手早くオムライスを作っている。
そんな様子を愛香は意外そうにもさらに目を丸くし、ずっとリビングの方から見つめていた。
「な、なんだよ……」
あまりにも居心地の悪さからつい声をかけてしまう。
愛香はダイニングテーブルの席から立つと、キッチンの方に入ってきて、俺の横でピタリと立ち止まった。
「へぇ〜……案外美味しそうに出来てる……」
――喧嘩売ってんのか?
俺のこめかみに青筋が立ってしまったことは言うまでもないが、小さく深呼吸をして、心を落ち着かせる。
「でも、問題は味よね〜。見た目が良くても中身が悪いっていうのもあるし……」
「それ、ある意味ブーメランだな」
「え?」
愛香は瞬時に俺の方に視線を向ける。
「……いや、なんでもない」
愛香自身のことを言っている……とは到底口に出せない。
愛香は歯切れの悪そうな表情をするも「そう」と言って、なんとか引き下がってくれた。
やはりコイツとは馴れ合えない。学校の件もそうだし、もともと気が合わないのかもしれない。
「ねぇ、裕太くん。一つ聞いてもいい?」
「あ?」
「裕太くんって家事が出来るってことはそれなりに家のことを手伝ってきたわけでしょ?」
「……まぁな」
「じゃあ、なんで学校でのあなたは素行が悪いの?」
俺はその質問に思わず、愛香の方を見てしまう。
愛香は至って、バカにしているわけでもなく至極真面目な表情をしていた。
「……別に素行が悪いわけじゃ……」
「髪は寝癖がついていたし、遅刻ギリギリで登校してくるし、授業中は居眠りばかりだし……これらがあっても素行が悪くないと言い張るの?」
「それは……」
俺は言葉に詰まってしまう。
たしかに愛香の言う通りだ。俺よりさらに素行が悪い奴らはいるにせよ、周りからみれば、俺自身もその一人なのかもしれない。
「本当は何か事情があったんじゃないの?」
愛香の真っ直ぐで透き通った瞳が俺を逃すまいと捉える。
「はぁ……わかったよ。別に隠すことでもないからな」
特別な事情……と言うわけではない。ただ……
「バイトをしてたんだよ。家計を支えるためにな」
母さんが再婚する前。俺の家計は決して裕福と呼べるものではなかった。
それこそ、火の車と言うのだろうか? 家計は毎月のようにギリギリで俺がバイトしてやっと生活に少しゆとりができるくらい。決して、母さんが無駄遣いしているというわけではなく、給料が少ないというのもあるが、俺の学費という最大の出費があるからだ。
今は新しい父さんのおかげもあり、俺はバイトを辞め、学業に専念できるようになったが、まぁ前とあまり変わっていないのは事実かもな。
「そう、だったんだね……。私、何も知らなかったのに毎日のように裕太くんに怒鳴りつけてたわ。ごめんなさい」
「……謝ることじゃないだろ? 大体、風紀委員は学校の規律を正す役目なんだから」
「それもそうだけど……」
愛香の表情が曇っていく。おそらく気にしているのだろう。
「もう前のことなんだからいいじゃん。それに俺たち家族になったわけだし、昔のことは互いに水に流そ。な?」
俺は愛香の頭をポンと撫でてやると、優しく微笑んでくれた。
「うん……」
親が再婚して約一ヶ月。
それまではギクシャクとした関係が続いていたけど、今日になってやっと雪解けのように改善し、分かり合えたような気がする。
まだ愛香とは分かり合えていない部分は多いけれども、今後の生活の中でさまざまな面を知っていきたい……。あれほどまでに苦手だったのに不思議とそう思えた。
「よしっ。出来た。じゃあ、一緒に食べるか」
「うん!」
それから半年後。
俺たちは両親に隠れて、恋人関係になるのだが、その話はまた今度……。
苦手だった女の子が義妹になりました。 黒猫(ながしょー) @nagashou717
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