なあ1週間考えたが、彼女がメガネを外していたんだ。どうしたらいい?
大月クマ
愚痴は続くよいつまでも
『ああぁ~……僕はどうしたらいいだろう』
先ほどからため息まじりの愚痴ばかりをこぼす友人。うっとうしくて付き合いたくない。
友人は、この世の終わりとでもいいたげな顔をしている。
水晶通信だから、こちらの顔もあちらに映っているはずだ。「付き合いたくない」と、あからさまな顔をしているのが、彼にはお構いなしだ。
『彼女が、メガネを外してきたんだよ。あのチャーミングなメガネ顔が見られないなんて……』
話の発端は1週間ほど前だ。
この学園都市にどこかの国の熱病が蔓延した。風邪に似た症状であるが、かかると高熱と気管に炎症が発生するそうだ。かなりの致死率があるそうで、市長達は早々に市民に警戒を呼びかけた。薬師達が特効薬を開発しようと躍起になっているようだが、なかなか病気も治まらず、患者も増えるばかり。
ともかく、人から人への感染を防ぐために、外出禁止令が出された。
薬師学専門の生徒は駆り出されているようだが、一般的な錬金学を学んでいる僕ら学生達は一般市民と同じ。学園も休校になった。
僕には積み上げた書籍を端から読んでいく使命があるので、時間が潰せるが……僕らの世代にジッと部屋に閉じこもっているのは、我慢できないのが出てきて当然だろう。
まだ成人にもなっていないのだから……。
まあ外に出るのは御法度だし、それに例の熱病の件もあるから、出るに出られない。
ジレンマが溜まりはじめた頃だろう。
で、僕の友人は、水晶通信をしてきた。人と話をしたいのであろう。
僕は読書の邪魔で、布きれを水晶にかけていた。だが、朝から散々、人の名前を叫ばれては、相手にしなければ収まらないだろう。
『どうして、彼女はメガネを外したんだろう』
――そんなこと、知ったことではない。
コズモが言っているのは、薬師学科のナタリアという女性だ。休校になる前に見かけた彼女が、メガネを掛けていなかったと、この1週間悩んでいたというのだ。
――もっと別なことに悩めよ。
そのナタリアという女性は、どんな子かと見たことがあったが、僕らより1階級上なので、17か18歳。僕が見たところ、パッとしない……いや、垢抜けていない子だ。肩よりも少し長めの癖っ毛に、ソバカスの顔。何か気に入らないのか、いつも口をへの字に曲げている。そして、コズモが言っていたように、太い黒縁のメガネをかけていた。それに、服は黒か灰色の地味なものばかり。
彼の美的センスというか、好みを疑いたくなったものだ。
『ロモロ。聞いているか?』
「ああ……聞いている、聞いている」
『――聞いていないだろう』
――うん、聞いていない。
ナタリアに興味は無い。今興味があるのは、貯まっている書籍だ。
『ロモロ、ロモロ、ロモロ』
「うるさいなぁ……」
『一緒に考えてくれよ。ナタリアはメガネをかけていることこそが、完璧になんだ』
「勝手に人の趣味に口出しするなよ。大体、彼女に声をかけたことがあるのか?」
『そっ、それは……』
今まで、自分の彼女のようにコズモはいっている。だが、これまで話を聞かされていた限りでは、ほとんどというか、全く彼女に声さえかけたことがなかった。彼自身、シャイなのかほとんど女性に声をかけたことがない。
つまり、勝手に熱を上げているだけである。とは言っても、少々かわいそうか。
少しだけ、相手をしてあげるか……。
「彼女は薬学をやっているだろ?」
『ああ、優秀だって話だから、今回の熱病の治療薬開発に、真っ先に引っ張り出されたって話だ』
「じゃあ何か薬で目が良くなったとか、ないのか?」
『僕は、薬学はよく解らない……』
確かに僕らは、工学科だ。
薬学はカリキュラムにさわりだけ組み込まれている。専門的なことは解らないが、少しは頭を使えよ、コズモ……。
「メガネが要らなくなるような、薬があるんじゃないのか?」
『そんなのがあるのか!?』
「知らん!」
『知らないで、いっているのか?』
「でも、急にメガネを掛けなくなったってことは、要らなくなったってことだろ? つまり目が良くなったってことじゃないのか?」
『そんな便利な薬があるのか?』
「知らん!」
『知らないのかよ……いや、そんな便利な薬があるなら、みんな使っていないか?』
――急に頭が回り出したな、コズモ。
『もっと、別の理由があるんだ! そんな薬があるなら、メガネという素晴らしい美術品が、世の中から一掃されているはずなのに!』
ポンと彼の膝を叩く音が聞こえた。
何かひらめいたのだろうか?
『つまり、あの日、彼女がメガネを外していたのは、薬の所為ではなく、メガネに原因があるんだ!』
勝手に結論に達したようだ。1週間もかかって……。
まあ、そんな薬がホントにあるがどうか知らないが、あったとして一学生が作ることなんて無理だろうなぁ。もっと技術を持つ人。誰か……親しい人? ナタリアの雰囲気とかを考えると、交流は少ないような気がする。あったとしても、かなり親しい人……つまり、心を許す人であろうか?
だとしたら、コズモの恋心は……
『だとしたら……どうやって、声を掛けようか?』
「それは……」
僕は言葉に詰まった。下手に慰めるのはどうか……
『ナタリアから壊れたメガネを僕が直せれば……』
「ん? 彼女はメガネを掛けていなかったのだろ?」
『ああ、どうやら壊れていたようで、襟からぶら下がっていた』
「そう、そうか……」
――薬の話は忘れてくれ! 僕の考えすぎだ!
『で、どうやって彼女に声を掛けようか……。外出禁止令中だし……。いきなり、水晶通信なんかしたら……』
「知らん!」
『ロモロ、ロモロ、ロモロ、聞いているか?』
<了>
なあ1週間考えたが、彼女がメガネを外していたんだ。どうしたらいい? 大月クマ @smurakam1978
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