お父ちゃんの休みの前の夜

サヨナキドリ

あたしと綾

「あんまり夜更かししたらあかんよ〜」


 ふすまの向こうから、夕食の片付けをするお母さんの声が聞こえる。あたしは布団の上で、妹の綾と向かい合って座っていた。


「聞いた?明日お父ちゃん、丸一日休みやねんて」


 綾はくりくりとした目を輝かせながらうなずく。お父さんは仕事で世界中を飛び回っているそうで、1日中家に居る日なんて一年に何日もない。


「楽しみやね。いっぱい遊んでもらわんといかんな」


 そう言いながら、あたしは自由帳を広げた。お姉さんとして、計画性があるところを見せなくてはいけないのだ。


「まずな、お父ちゃんに本を読んでもらわんとあかんやろ」


 言いながら、あたしは自由帳に本の絵を描く。お父さんの部屋には、壁の本棚にたくさんの本がぎっしりと並んでいるのだ。


「それからな、トランプ。お父ちゃん、ババ抜きやない、いろんな遊び方を知ってるねんで」


 カードの絵を描き加えるあたしを綾がきらきらした目で見上げる。


「あとなあとな、ケーキ。お父ちゃん、ケーキ作るのうまいんよ。ほっぺた落ちてまうかもな」


 その言葉に綾がほっぺを押さえる。


「気が早いなぁ。それから——」


 思いつくままに、お父さんとしたいことを自由帳に書いていく。書いても書いても、後からあとから出てくる。


「いっぱいあるなぁ」


 見開き全部がびっしりと埋まった自由帳を見て、あたしは言った。


「1日じゃ足りんなぁ。お父ちゃん、ずっとやすみならいいのになぁ」


 まぶたが重くなっていく。いつのまにか、いつもよりずっと遅い時間になっていたみたいだ。


「楽しみやね——」


 綾の頭を撫でながら、身体から力が抜けていくのを感じた。



 いつのまにか眠っていたあたしは、何かの匂いに目を開けた。決していい匂いではないのだけれど、懐かしいような、切ないようなそんな匂い。まぶたをこすると、目の前には、ずっと待っていたお父さんがいた。


「おはようさん」


 その言葉に、あたしは照れたような笑みを浮かべる。一緒に寝ていた綾ももぞもぞと起き出した。暖かい土曜日の日差し。ふと目をやった枕元の目覚まし時計は、正午を少しすぎたところを指していた。驚きに眠気が吹き飛ぶ。


「なんで!なんで起こしてくれなかったん!」

「すまんなぁ。あんまり楽しそうに寝てたさかい」


 激怒する私にお父さんは困ったように眉を寄せる。


「言い訳なんか聴きたない!もう半分も終わってもうてるやんか!お父ちゃんとしたいことようさんあったのに!これじゃ何もできひん!」


 あたしは地団駄を踏みながら、戸惑ったように見上げる綾の方に振り返った。


「何ぼーっとしてんねん!綾は怒らんのかいな!」


 あたしがそう言うと、綾は申し訳なさそうに俯いて言った。


「あのなお姉ちゃん。ウチな、お父ちゃんにして欲しいことあってん」

「なんや?して欲しいことって」


 綾は少し躊躇いながらも答えた。


「ウチな——お父ちゃんに、腕まくらしてもらいたかってん」


 その言葉に、どうしようもなく荒ぶっていた胸の中が静かになっていくのを感じた。目を擦って、困り顔のお父さんの方を向く。


「お父ちゃん、ずっと腕まくらしてくれてたん?」

「ああ、帰ってからはな」


 その答えに、あたしは大きなため息をついた。


「そんなら、特別に許したるわ」

「おおきにな。……じゃあ、腕まくらの続きでもするか」

「しゃあないね。綾がしたいって言うとるけん。あ、その前に」


 あたしの言葉にお父さんが首を傾げる。あたしは言った。


「ヒゲは剃って。チクチクして痛いのイヤや」

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お父ちゃんの休みの前の夜 サヨナキドリ @sayonaki

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