@ungo

たび

 手に持っていた上着を羽織りながら電車を降りる。外気はまだまだ冷える。リュックを背負い直してホームを歩いていき、切符を改札機に滑り込ませる。以前に一度だけ訪れたことがあるこの駅は、改修されて木目が美しく、それでいて現代的な、和風モダンとでもいうべき姿に変わっていた。美しく生まれ変わった駅に見惚れる一方で、どこか寂しさも感じる。自分の好きな姿のままあってほしいというエゴだろうか。

 電車で四、五時間の旅路だったため、腰が痛い。腰を伸ばしながら、初めての一人旅の感慨に浸ってみる。ノープランだったが、案外うまくいく気がしてきた。

 食べログで見つけた星4.5の店を目指しながら、街を見回す。多分に前回の思い出が美化されていたのか、思っていた街並みとは少し雰囲気が違い、平凡な商店街に見える。それでも歩を進めて街の中心地までくると、なんとなくノスタルジックな心地がしてきた。

 この街は、中心に川が流れており、その川を挟むようにして商店街が広がっていく構造になっている。川沿いは午前中には蚤の市が賑わっている。今はちょうど昼時で、テントを畳む店主も目立った。

 その姿を見て早々に、ここの観光は明日に回すと決めた僕は、市の入り口を素通りして足早に4.5の店に向かう。落ち着いた街並みの割に観光客で賑わう、いい土地だ。皆観光に浮き足立っているのか、明るい表情でおしゃべりをしながら歩いている。普段僕が通っているオフィス街とはまるで違う人たちだ。

 目当てのラーメン屋に着くと、幸い並ぶことなく入ることができた。

 食券を買って待つこと数分、うまそうなラーメンが運ばれてきた。湯気と共に食欲を掻き立てられる醤油のいい香りが鼻の奥に溜まる。

 大きな一口で麺を一気に啜る。旅の高揚感も相まって一際美味しく感じる。たまらず麺をかき込んでいくと、気づけば待った時間よりも早く、食べ終えていた。

 満足した心地で店を出て、どこに行こうかと川沿いをフラフラ歩いていると、古風な喫茶店を見つけた。普段は絶対に足を踏み入れられないような店だが、気が大きくなっていた僕は、遠慮なしに扉を引いて中に足を踏み入れた。

 中は落ち着いた色合いで、BGMの音も小さく、やはりどこか一見さんを拒んでくるようだ。奥には明らかに常連であろう老人が、背もたれに背を預けて新聞を開いている。空気に押し負けてはいけないと、大股で一歩前に進む。

「すみません」

 思ったよりも威圧的な声が出た。

「はぁい」

 気の抜けた声と共に出てきたのは、黒いフリルの前かけをつけた、落ち着いた感じのおばあさんだった。

「好きなとこにどうぞ」

 なんだ若造かという感じで、僕にあまり関心がないような声のトーンで席をすすめてくる。観光客はリピーターになっても利益は知れたものだから、接客もこんな感じなのだろうか。

 上着を脱ぎながら、ホットコーヒーを頼む。清潔とオンボロを兼ね備えた店内だ。背の低いテーブルにそれに合わせた椅子が、チープだが不思議とリラックスできる。席からは川自体は見えないが、堀と対岸の小綺麗な街並みが見える。悪くない席だ。

 向こう岸の景色を眺めていると、おばあさんがゆっくりと、右手にソーサーとカップ、左手にスティックシュガーとフレッシュの入った入れ物を持ってきた。

「人いないからゆっくりしていってね」

 そう言っておばあさんは奥に下がっていった。

 コーヒーに口をつける。あまり味はわからないが、悪くなかった。

 手元にコーヒーを持って、低い椅子に身を沈めながら外に目をやってつぶやく。

「この後はどうするか」

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