おうち時間=何かかが出来る時間

荒音 ジャック

おうち時間=何かかが出来る時間

 コロナが始まって感染から発症後……そして後遺症などの恐怖に怯えたが、代わりにコロナ休業のおかげで家で過ごす時間が増えて作品に集中できる日が増えた。

 休日が増えるというのは正直に言ってある意味嬉しかった。現行作品を進めるためには時間が必要だし、仕事の疲れをしっかりとれば誤字脱字が減って作業の進捗がとても良くなる。

 だが、現行作品が進んでいくうちに休日でも体を動かして息抜きをしたくなる。でも感染の危険がある以上……外で遊ぶことは出来ない。

 やりたいことが出来ないのにやらなければならないことばかりある……外に出て脳に刺激を与えるようなことに出会えない……イライラが溜まる。

 1年以上経って……気晴らしのつもりでSNSでイベント情報を見るたびに楽しそうなイベント情報が出てくる。テレビを点けても映画館に行けるわけでもないのに、面白そうな映画の予告ばかり流れる。

 現行作品の執筆をしようにもやる気が起きない日が増える……ゲームばかりやって一日を潰して大きな虚無感に苛まれてとても哀しくなる。

 だが、ある日の執筆中の時の事……作業がはかどらずにパソコンの前で頭を抱えていたら、ふと自分の好きな曲の中で落ち込んだり、気分が乗らない時に必ず聞く曲の歌詞で「俺たちは24時間あればなんだって出来る」と言うのを思い出した。

 そこで感じていた虚無感の正体に気づいてしまった……自分にとっては実に単純なモノだから気づけなかったのかもしれない。

 虚無感の正体はコロナのせいだけではなかった……最も自分を磨くうえで大切にしていた「今の自分に何が出来るか」を考えていなかったことだ。

 コロナ渦の中でも今の自分に出来ることはあるはずだ。そして……それをやることが出来る「おうち時間」がある。

 原稿がものすごく進む時は自分に取って楽しいことがあった後の時が多い。趣味のサバゲーに行った後とか特にそうだ。いろんな人たちと出会い、互いの装備のコンセプトなどで語り合う時は気分が高揚してつい話し込んでしまう時が多い。

 でも今は「おうち時間」がある代わりにそれをやることが出来ない。ならどうするべきか?

 いっそのこと原稿のやる気が起きずに無駄に1日を過ごすくらいなら視点を変えるついでに何か楽しいことを見つけてみようと思った。

 それからは色々と考えてみた……コロナ休業が終わって疲れている時でもYou tubeで色々と見る……面白いリアクションをするゲーム実況の動画を見れば、好きなVtuberの歌っている動画だって見るし、風呂に入っている時なんて好きな曲を熱唱している時だってある。

 You tuberにもインドア系で色々な人がいる。ゲーム実況者に歌い手にVtuberなど本当に様々だ。

 そんな人たちの視点は一体どんなモノなんだろう? 話では色々と聞くが自分だからこそ見れる視点はきっとある。

 実際に小説を書きながらYou tuberとして活動している人はいる……だけど俺は動画作成に関しては素人でやっても碌なモノは得られない可能性が高いし、時間だって普段の執筆活動より時間が掛かる。

 先程の歌詞と普段から自分が大切にしているもうひとつの事を思い出し、頭の中で自分に言い聞かせた。

「24時間あればなんだって出来る! やらずに後悔するぐらいならやって後悔しろ!」

 どれ程の「おうち時間」を使うことになるかは解らない。でも、これ以上なにもせずにその時間を無駄にしたことで後悔するぐらいならやるだけの事をやって終わった後に後悔したい。そのために「おうち時間」を使ってみよう!

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