夢日記

現ヨナ

1:海老の群れ

今の季節には似合わない涼しい空気が辺りを包んでいる。

昼下がり。蝉の羽音が静寂の中にいるような五月蝿さで、やけに耳に障った。


半袖のセーラー服が2人、誰も居ない住宅街をひたすら突き進んでいる。コンクリートと革靴の爪先が擦れる音。


「 」


『 』


楽しそうな声色だけが、閑散とした道に響き渡る。空気の間を縫って進む甲高い音は、辺りに染み渡ってはすぐ打ち消され、元の静けさを取り戻す。


私と顔の知らない友人は仲良くおしゃべりを貪りながら、道路沿いの公園へ訪れた。天気が良いので、子供の姿はない。


入口の銀の防護柵をまたぎ、公園へと足を踏み入れる。


何気なく視線を移した先は公園の隅の隅、木陰の下。そこには、跳ねたり転がったりして遊んでいる海老の群れがあった。数メートル先で手のひら程の大きさの海老たちが舞う様子は、ここからでもはっきり見えた。


海老の真っ赤な体色は、遊具も花壇もないこの場所で何よりもしつこい光を放っているように見えた。カシャカシャと殻が砂とぶつかる音で耳が満たされ、妙にいらつく。



先に一歩前へ出たのは、例の友人だった。彼女は足元に転がった鉄パイプを拾いあげると、しかと握りしめ、海老の群れの方に迷いなく歩みを進めていく。


「やめなよ」


彼女の背中をただ見つめながら、やっと一言絞り出す。だが届かなかったようで、彼女の足が止まることも、鉄パイプを握る指が緩むこともなかった。


いや、正確には、彼女の足は私の言葉の後すぐに止まった。海老の群れの前で。



そこからは予感した通りだった。


海老たちに凶器が振り下ろされる度に、彼らの体は壊れていった。赤い殻が粉々に破裂して地面に散らばる。墨に似た液体が割れた体からチロチロと流れ、彼女の足元に大きな水溜まりを作った。


汗の滲んだ彼女の背中と薄らと盛り上がった利き腕の筋肉が、彼女の必死さを物語っていた。


「やめなよ」


再び漏れた言葉もだめだった。

鉄パイプが乱暴に空気を裂く音、地面に叩き付けられて散る砂塵の音。彼女が生み出したそれらと並んで、聞こえてくる海老の殻の乾いた叫び。夏の空気によく馴染むそれに心地良ささえ感じる。



彼女の手が止まる頃には、先程まで踊り狂っていた海老たちは皆、赤い破片に成り下がっていた。


彼女の真っ白な夏服。ぼやけた太陽光が白に反射して、瞳孔から後頭部までの一直線上が酷く痛んだ。

薄めた私の目にまず映ったのは、顔の見えない彼女の優しい笑顔だった。頭だけこちらに向けて、黒い血溜まりに用済みの凶器を置き捨てる。


『行こっか』


姿勢良く隣に立つ彼女がぽつっと呟く。


「うん」


彼女に投げかける言葉が何一つ浮かばない。一つだけ返事をし、彼女の催促に応えるように踵を返す。

赤の破片を横目に防護柵を乗り越え、私たちはまた、住宅街を歩き始めた。





海老の群れ

END

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