悪魔に転生してました。

ぐっちょん

第1話、悪役っぽい令嬢編

 光に包まれた俺は魔法陣の上に立っていた。


 目の前に事典を片手に持った若い女性が顔面蒼白でへたり込んだまま俺を見上げている。


「……呼び出したのはお前か」

「あなたが……なの」


 若い女性は慌てて立ち上がったかと思うと、大きく胸を張って姿勢を正したかと思うと、先ほどの怯えを含んでいるように見えた表情が、俺の見間違いだったのかと錯覚してしまうほど、その表情が勝気なものへと変わっている。


 胸をそらし腰に両手をあてているから余計にそう感じるのだろうか。


「ふーん……」


 その女が俺を見上げながらも、頭の天辺から足の爪先まで食い入るように見ている。品定めでもしているかのように……


 実に不愉快だ。


 ――――

 ――


「ふあ、よく寝た。……うーむ。腹が減ったな。飯でも食べるかな、よっと!」


 俺は上体を起こし凝り固まった身体を軽く伸ばし、テーブルに向かって魔法を唱えた。


「我は所望する」


 するとあら不思議。テーブルの上に俺が望んだとおりの、溶け始め香り漂うバターがのった、ほっかほかのトーストに、シリアル、ミルク、果物がたっぷりと入った甘さ控えめのヨーグルト。

 そして、飲み物にはホットコーヒーが現れた。


 これは所望魔法というらしい。ただ自分の望みを思い浮かべて唱えればいいだけの、簡単で超便利な魔法だ。


「うん、いい香りだ」


 これが今日の朝食。俺は満足の笑みを浮かべると、ひとりテーブルの席に着いて手を合わせた。


「いただきます!」


 ――――

 ――


「ふぅ。食ったぁ食った。さて、今日は何をしようかな」


 と言ってはみたものの、今の俺には特にすることなんて何もない。とりあえず部屋の中を見渡してみる。


「お、そう言えばあの漫画、読みかけだったな……読むか」


 俺はその漫画を手に取るとベッドをソファー代わりに腰掛けた。


 俺の部屋には大量の漫画、小説、ゲームなどが散乱している。テーブルの片隅には未開封のお菓子やジュースまで備え置いてある。


 これも所望魔法で出した。魔法って便利だ。


「しかし、この部屋で……いや、この空間で生活してもう五年か……ん?」


 ふと、漫画に読んでいた俺の視界に姿見鏡に映る自分の姿が目に入った。


 ジャージ姿の冴えない男(青年)。中肉中背で頭は黒髪のボサボサ。


「うーむ……」


 久しぶりに見たが、転生しても日本にいた頃と全く変わらないこの容貌。二十代半の見慣れた顔だ。


「まあ、慣れだな。見慣れると……気にもならないな……」


 少し違うとすれば、俺のひたいには二本の小さな角が生え、背中にコウモリのそれに似た翼。

 そして、俺は身体を捻り視線を腰の下へと落とす。


「……はぁ」


 そこには、昔、読んだ漫画に出てくるような悪魔のような黒いシッポが生えている。このシッポは俺の意思で自由に動かせるけど、物を掴んだりとか、カッコいいとは言い難い。


「……貧相だな」


 どうせなら少しはイケメン補正があってもいいと思うんだけどな……


「所望魔法が使えるからな、そこまで贅沢は言えないか……」


 俺は読みかけの漫画に視線を向けた。


 ――――

 ――


 そう俺は転生して悪魔、デビルヒューマン族というものになった、らしい。


 俺、人型の悪魔だってさ。しかも不老スキルのおまけ付き。他にもスキルを保有しているけど寿命が長く老けることのない悪魔には、不要なスキルっぽいがちゃんと使い道はある。


 これは悪魔なら誰でも使えるデビルスキャンという汎用スキルを使って分かったことだ。ゲームみたいなステータス画面のようなモノを見てね。


 でも、そのステータスに俺の名前はなく、代わりにナンバー29号960番とあった。


 名前などを含めた細かなことは覚えていないけど、前世の俺は、日本でサラリーマンをしていた、と思う。はっきりとした記憶ではないが、何となくそう感じる。


 だって、その曖昧な前世の記憶がなければ、いくら使い勝手のいい所望魔法があっても、何も望むことができなかったはずだ。それ以外はロクな記憶がないのだから。


「ぷふっ……この漫画、おもしれぇ……くくく」


 誰にも邪魔されず、好きなことをして過ごす毎日がすごく楽しい。


「くく、くくく……くははは……はは……はは……あ、はぁ……」


 だが、ふとした時に思うのだ。この生活は引きこもりと変わらないのではと……これも忙しい毎日を過ごしていた前世の記憶があるせいだろうけど、俺は、スローライフを送りたいが別に引きこもりたいわけじゃい。


 だから切望する。この生活にちょっとした変化が欲しいと……


 ん? 何が言いたいのか分からない? いや、その、つまり。俺は人肌が恋しいのだ。


 悪魔になったって恋しいものは恋しい。いや、悪魔になったからこそ貪欲になったともいえる。


「あー温もりは……欲しいよなぁ……おっぱい。おっぱいがいいな。柔らかいおっぱいが……」


 何せ、今の俺は、誰かが召喚してくれるまで、ここから出られない。


 便利な俺の魔法でも、この空間に……というか、自我のある生物は魔法で出せないのだ。


「くぅ、所望できるのなら、こんな思いもしないでいいのに……」


 ついでにいえば、俺は悪魔年齢イコール彼女がいない。

 あ、勘違いしないでほしいが、前世では彼女はいたと思うんだ。その記憶がちゃんとあるから決して強がりではない、はずだ。


「はぁ……しかし……ここが悪魔大事典の中だっていうんだから、すごいよな」


 そうなんだ。今、俺のいるこの空間は悪魔大事典の中で、これがまた狭い空間なんだ。畳六畳くらい? 

 補助魔法の収納が使えなかったら物で溢れていたところだ。今でも部屋中がすごいし。少し片付けないといけないのは分かっているんだけど、物がなければないで殺風景にもなるんだ、この部屋。


「悪魔大事典か……」


 この悪魔大事典の世界は、悪魔界とは、また別の異次元空間になるんだけど、悪魔族が成人となる18歳で入ることになる。


 その理由も二つほどある。


 一つは、人界にいる人族から召喚されて契約履行する。これが一人前の悪魔だと認めてもらえる成人儀式のため。


 もう一つは、人界と悪魔界を往き来するための転移回路を拓くため。

 転移回路を拓くとは、召喚され一度契約履行すれば、悪魔界と人界とを往き来できるパスが繋がる。自由に転移できるようになるってことだ。


 こうして悪魔は人界に紛れて、悪魔たちの生活に欠かせない感情値を奪っていくんだ。悪魔だって結構大変なんだよね。


 ちなみに契約履行とは、召喚者の願いを契約という形で締結して叶えてやること。


 そして、叶えた願いの対価を人族から貰う。その対価は召喚された悪魔が決めるんだけど。


 悪魔たちは人族たちが契約したいと思わせるように囁き、魔法や、知恵、力を駆使して、人族の願いを叶えてやり対価を得るが、悪魔だからね、自分の都合のいいようにできる範囲で契約させちゃうんだ。


「まぁ、俺ならどんな願いも所望魔法一発で叶えてやるんだけどね」


 この魔法は、俺の固有魔法って欄にあるくらいだから、多分俺しか使えない。だから他の悪魔たちにも教えてない。というか教えるつもりもない。利用されるだけでいいことなんてないだろうし、面倒くさい。


 それに俺には家族だと思える存在はこの悪魔界にいない。


 悪魔は悪魔城にあるブラックホールみたいなところからどんどん涌き出てくる。仕組なんて知らない。俺もそうだったから。


 他にも悪魔が増える要因は色々とあるらしいが、俺の記憶の中にはない。別に興味もないけど。


 ただ、気が付いたときには、ブラックホールの前で、この悪魔の姿になっていた。


 その後は、状況を理解すら間もなく、あれよあれよと悪魔育成機関という睡眠施設に放り込まれていた。


 そうして俺は、十八年もの間、悪魔教育という名の睡眠学習を受けたのだ。


 起きた時には少しぼーっとしたが、それで基本的な知識が身についていたのも事実だ。ほら、スキルとかステータスのこととか色々とね。


 まあ、その目覚めてぼーっとしている間に、この悪魔大事典の異次元空間に放り込まれていたんだけど。


「あれ、よく考えたら家族どころか知り合いの悪魔さえいない……彼女いなくて当たり前じゃんっ!?」


 今さら気づいた衝撃的な事実。


「……ま、いいけど……」


 それで今いる悪魔大事典の仕組みとしては、複写版が人界にばら蒔かれ、望んだ者の手元に届くようになっているらしく、誰にでも手にするチャンスがあるらしい。


「チャンスねぇ……」


 睡眠学習ではこれ以上の知識はないようだ。


 バリッ!


 片手に持っていた漫画を置いた俺は、テーブルにあったスナック菓子の封を切り、お菓子を頬張る。


「食後だけど、つい食べたくなるんだよな。モチップ」


 サクッとしたあとにモチモチッとした食感。なんとも不思議。でも食べ始めると止まらない。


「うーん。止まらないわ……」


 それで話は戻るが俺は今、悪魔大事典第29号の960ページの空間に住んでいる。

 当然、マンションのような共有スペースなんてものはないから、ページ間の移動はできない。


 だから俺は、他のページの悪魔たちの顔なんて知らないし、見たくもないのでこれはこれで都合がいい。


 それで、事典内の悪魔が召喚されると、そのページは白紙になるらしいが、戻ってくれば再び自分のページが表示されているらしい、


 けど、この悪魔大事典第29号は、この五年間ですでに130ページほどが白紙になったままだ。


 ん、この狭い空間にいてなぜ分かるのかって? ほら、天井にカウンターが表示されているんだ。ご丁寧に成人の儀式が済んでいない者の数まで。


 元々あった簡易ベッドに横になると嫌でも目に入る。チカチカしているから寝るときはアイマスク必須になるし、うれしくないサービスだ。刺激されて、焦る悪魔もいるんじゃないだろうか。


 こんなの、なけりゃよかったのにな。俺はその隣のすでに消滅した悪魔の数を見る。


「消滅した悪魔は、今日も三のままか……」


 これは何もないこの空間に発狂して自滅した悪魔の数だ。気の短い悪魔でもいたのだろう。まあ、俺には所望魔法があるのでいくらでも待てるんだけど、人肌は恋しい……ん?


「なんだ?」


 俺の部屋全体がチカチカ発光してる。


「これって……おいおい、嘘だろ!」


 突然、部屋全体が真っ暗になったかと思うと、トンネルを抜けるみたいに、奥の方から光がどんどん迫ってくる。間違いない。


「召喚されたぁぁ! ちょっと待って。俺、今ジャージだから! 嫌ぁぁぁっ!」



 ――――デビルスキャン――――

 所属: 悪魔大事典第29号 

 格 : ランクG

 悪魔: ナンバー960

 名前: ――

 性別: 男性型

 年齢: 23歳 

 種族: デビルヒューマン族


 固有魔法: 所望魔法 

 所持魔法: 悪魔法 攻撃魔法 防御魔法 

      補助魔法 回復魔法 移動魔法

      生活魔法


 固有スキル: 不老 変身 威圧 体術 信用

       物理攻撃無効 魔法攻撃無効

 所持スキル: デビル系汎用スキル

 所持値  : 0カナ

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