13
首から上のない男の死体。その傍らには何が起こったのかわからないまま、にやついた笑みを浮かべたまま絶命した頭部が転がっている。
「……!!」
毛だらけの男の周りでへらへらとしていた山賊共の顔から笑みが消え声を失ったまま、無残に転がる死体を見つめていた。
「貴様らっ!!」
やっと我に返った山賊の一人が、九尾達へと震えながらも怒鳴りつける。しかし、それが全くの虚勢であることは、男達の体ががたがたと震えていることからすぐに分かった。
「ほほほ……震えておりますなぁ……そないに怖がらんでもええのに……」
「
桔梗と牡丹の二人がつぅっと男達へと歩み寄る。歩み寄る分だけ下がる山賊達。そんな様子を見ていた九尾がふわぁっと欠伸をしている。
「なんやぁ……いかついんは見た目だけかいな?」
小さな童女にまで馬鹿にされた山賊達はさすがに堪忍袋の緒が切れたのか、顔を真っ赤にさせている。一番奥にいた山賊の一人が手に持つ旧式鉄砲で九尾へと照準を定めた。
いくら剣術の腕が良くても、ここまでは来れないだろう……旧式鉄砲を構える男はふふんっと鼻で笑うと、引き金に指をかける。
九尾の眉間に狙いを定める。
……おや?いるのは九尾一人だけである。つい先程まで傍に寄り添い立っていた目隠し少女達の姿が見当たらない。
「そないにてんごしぃひんといて……な」
「やいと据えなあきまへんなぁ」
旧式鉄砲を持つ男の後ろにいつの間にか、桔梗と牡丹の二人が立っている。男の背筋にぞわりと冷たいものが走る。小刻みに揺れる銃身。恐怖で震え照準が合わせられなくなっていた。
「ほんま、かなんなぁ……」
「かなんかなん」
口とは裏腹に全く困った様子のない二人の顔には、にたりとした笑みが浮かんでいる。
今すぐ鉄砲を放り投げて逃げ出したい……
男はそう思っていた。しかし、逃げられないのだ。頭から鉄の棒を差し込まれた様に体が固まり動かなくなってしまっているのである。声さえ出すことが出来ない。
まるで巣穴から出てくる蟻の大軍の様に、次から次へと汗が噴き出しては、地面へと伝い落ちる。男の呼吸が浅く、そして早くなっていく。
「なぁ牡丹はん?」
「なんやぁ……桔梗はん?」
「いちにぃのぉさぁんっ!! でいきますか?それとも、いっせぇのぉせっ!! でいきますか?」
「そやなぁ……最初のでいきましょか?」
「決まりや決まり……ほな、いきましょか」
この期に及んで、何を決めているのか?それは今すぐ必要な事なのか……男には全く理解ができなかった。ごくりと生唾を飲み込んだ。
「いぃち、にぃのぉ……さんっ!!」
桔梗のタイミングを図る掛け声が辺りへと響いたその瞬間、男の首と胴体が真っ二つに斬られた。桔梗が牡丹へと、聞いていたのは、男を斬るタイミングであったのだ。
血飛沫をあげ飛び散る首と胴。それを呆然と見ている山賊達がじりじりと後ろへと下がっていく。その中の一人が踵を返し逃げ出そうとした時である。
脳天から一直線に真下へと真っ二つにされた。ぱたりと斬られた体が左右へ分かれ倒れていく。
「仲間殺られたんちゃうんか?どこ行こうとしとんねん?」
倒れた死体の先に太刀を手に持つ童女が、憎々しげに真っ二つにされた男を見下ろして吐き捨てる様に呟いている。
「ぬしら、逃げれるん思うなや……」
見るものを凍てつかせる様な、血のように紅いその左眼。その瞳で見つめられている山賊達は、全身がわなわなと震え、大量の汗が至る所から噴き出している。
前には九尾。後ろには桔梗と牡丹。
前身も後退も出来ない山賊達は、一人しかいない幼い姿の九尾の方へと一斉に襲いかかった。
「あきまへん……九尾姫、えらい強いんどすぇ」
「なんぼ数多いからとて……あきまへんて」
手伝う気はないと言わんばかりに、桔梗と牡丹の二人は刀を鞘へ納めた。
口々に言葉になっていない雄叫びを上げながら九尾へと襲いかかる山賊達に、九尾はふんっと鼻で笑うと太刀と脇差を持ち、するりと山賊達の間を駆け抜けていく。
小さな九尾が持つ二振りの刀がふわりと山賊達の体を撫でる様に斬って行く。まるで一陣の風が駆け抜けていく様であった。
そんな九尾の動きに翻弄される山賊達。
気がつけば、一人の山賊を残し、首を刎ねられた死体が山となり積み上がっていた。
「……」
立っていることもままならず、へたりと腰を抜かして地べたへ座り込んでいる山賊に刀を鞘に納め、身体中を返り血で染めた九尾が近付いていく。
「一つ聞いてええか?」
山賊がかたかたと首を縦に振る。そんな山賊を楽しそうに笑いながら見ている九尾。
「なんやぁぬしは。壊れた玩具みたいな動きしてんなぁ、おもろいわ。あのな、お主らなクランの人間け?それともハインツの人間け?」
「ハ……ハインツです」
「そか、ハインツけ。そかそか……クランの人間やないんやな。それならええわ、見逃したる」
「……!!」
その言葉を聞いた山賊の顔が一瞬明るくなった……と思ったその瞬間、山賊の背後からしゅっと空気を切り裂く音が聞こえたかと思うと、ぽとりと山賊の首が地面へと落ちていった。
「なんやぁ牡丹。嘘つきになってもうたわ」
ぷぅっと頬を膨らまし睨みつける九尾に、牡丹は刀を鞘へと納めながらぺこりと頭を下げた。
「あきまへんへ……姫様。ここまでやってもうたら、最後までやり通さな……ハインツと要らんいざこざが残るやも知れまへん」
「ほんまやで、姫様」
牡丹だけではなく桔梗にまで言われ、膨らました頬を元に戻した九尾は、転がっている山賊の首をこつんと蹴ると、分かった分かったと拗ねたように言った。
「まぁ、姫様。そうへんねしおこさへんと、遠足の続きを楽しみましょ」
「そやそや、先に進みましょ」
二人にそう言われた九尾は、差し出された手を握ると、また三人並んで山道を歩き始めるのであった。
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