第5話 暗躍
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雨音がまるで一定のリズムを保つメロディーの様に街中を包んでいる。屋根を打つ音、地面を打つ音、水溜まりに跳ねる音。色んな音が混じり合い、絶妙なハーモニーを奏でている。
女は窓から外を眺め、雨の降り続く街の景色を眺めている……様に見えた。しかし、先ほどより女の目は閉じたままで、一向に瞼を開こうとしない。
「ジネーヴラ、今日のメロディーは気に入ったかい?」
ジネーヴラと呼ばれた女の隣へ、軍服姿のもう一人の女が並び立ち、窓に当たっては落ちてゆく雨雫を見つめながら尋ねた。
「はい、マルティーナ。街中を打ちつける雨音と貴女の
窓の外へ顔を向けたままのジネーヴラのその言葉に軍服姿の女、マルティーナがふふっと微笑んだ。そして、窓の側から離れ猫脚の椅子へと座った。
「相変わらずの聴覚。まさか私の心音まで聞こえていたとは」
サイドテーブルに置いてあるグラスにワインを注いだマルティーナは、赤紫の液体をグラスの中でくるくると回すと、くいっと口へと流し込んだ。ワインの酸味と風味が口一杯に広がり、葡萄本来の香りが鼻から抜けていく。マルティーナは恍惚とした表情でグラスの中のワインを眺めている。
「申し訳ありません。生まれつき光りささぬこの眼の代わりに……」
顔を伏せ申し訳なさそうにジネーヴラはそう言うと、ひんやりと冷たい窓ガラスにそっと手を触れた。
「責めているのではないよ、ジネーヴラ。褒めているのさ。君のその類まれなる能力の高さをね」
肘置きに頬杖をつきながらワインを飲んでいたマルティーナがふふんっと笑った。
「だからこそ君は我が国で唯一自我を持てる能力者。そう、
両手を広げながら大げさなジェスチャーで喋るマルティーナに、ぺこりと頭を下げるジネーヴラ。そしてすぐに窓の方へと顔を向けた。
「それで、マルティーナ。貴女の本当の要件は何ですか?まさか、私の能力を褒めに来たわけではないでしょう」
窓の外は灰色で厚い雲が街中を飲み込もうとするかの様に覆い被さり、先程から降り続く雨は街からいつもの活気のある騒がしさを洗い流してしまっていた。薄暗く静かな室内に雨音だけが聞こえている。
窓の外に耳をすませるジネーヴラへちらりと視線を向けたマルティーナはふんっと笑うと、手に持っていたグラスをサイドボードに置いて椅子より立ち上がった。
「その通りだよ、ジネーヴラ。君に用があって呼んだんだ」
「任務ですか?」
「そうだ。我らがベルツと憎きクランとの国境付近にある市場を知っているだろ?」
横に並び尋ねてきたマルティーナの方には向かず、ジネーヴラはえぇと答える。それにマルティーナは頷くと話しを続けた。
「その市場で見慣れん服装をした二人の少女がごろつき相手に首を刎ねようとした騒動があった。どうやら、二人はあの島の住民の残党らしい。しかも、その二人は国境線を超えてクランへ密入国したと密偵から報告を受けた」
「……」
無言で話しを促すジネーヴラに、マルティーナも窓の外へと目を向けさらに話しを続ける。
「そして、先程クランとハインツの国境線にあるクランの山岳駐屯地が三人の少女に壊滅され、あの隻腕の
そこでやっとジネーヴラがマルティーナの方へと顔を向けた。にやりと笑うマルティーナは任務内容を伝えた。
「ジネーヴラ、今夜午後十一時にAランカーの狂戦士二名と共にクラン帝国へ潜入しシューベルという山村へ向かえ」
「分かりました、今夜午後十一時にシューベルですね。それで、Aランカーの二名は選出なされているのでしょうか?」
マルティーナは机の上の内線を取ると、どこかに連絡し始めた。そしてすぐに部屋の扉がノックされる。
「入れ」
扉の外へ声を掛けるマルティーナ。すると部屋の中へと三人の女が入ってきた。その内の一人は二十代後半、もう二人は十代半ばの少女である。
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