16
「だから言うたのじゃ。邪魔するなと……」
立ち上がることさえもままならない、ユリアと963を見下ろす二つの影。
一人の手には刀が抜かれ、ユリアの首筋にぴたりとあてられている。少しでも動けば表皮を切り、肉を断ち、頸動脈まで達するだろう。
「くくくっ、形勢逆転じゃぁっ!!」
紫陽花が1103へ刀を振り下す。しかし、もう一人の女、朝顔がそれを止めた。
「なぜ、止める!!」
ぎりぎりと刀を押し付ける紫陽花に、涼しい顔をして受け止める朝顔。
「馬鹿者めが。これからの計画を台無しにするつもりか、主は」
「しかし、こやつらは!!」
「黙れ阿呆が。我に口答えは許さぬぞ……」
朝顔の静かな口調の中にある氷の様に冷たい殺気の様なものを感じとった紫陽花は、押し付けていた刀を引くと、すっと鞘に納めた。
「ハインツとまで事を構える気か」
ユリアに刀を向けていた夕顔もそれを鞘に納め1103の方へ近づくと、その小さな体を上から下までじろりと舐めるように見た。
「ふへっふへっふへっ、本当に幼子じゃのう、あな恐ろしや、恐ろしや」
下品な笑い声をたてそう言うと、ユリアの方へと戻り見下ろしながら話しかけた。
「ふへっ、命拾いしたのう。幼子が来ぬなら主ら今頃死んでおったわ。我らも紫陽花を失うのは痛手じゃ。それに今はハインツと事を起こすつもりは毛頭ない。
しかし……しかしじゃ、次に邪魔すれば……分かっておるのぉ?我ら総掛かりで主らを殺す。ふへっふへっふへっ」
夕顔はそう言うと、朝顔、紫陽花の二人と共に森の中へと姿を消した。
森の中に静寂が戻った。微かな風の音と生い茂る葉の擦れ合う音だけしか聞こえない。木々のあいだから優しい木漏れ日が三人の頭上へと降り注ぐ。
ふんふんふふふんふんふん……
ふんふんふふふん……
ふんふんふんふふふんふんふんふん……
ふふふふふんふんふん……
ユリアは1103の口ずさむ寂しげなメロディーが、今は心地よく感じている。深い眠りに誘ってくれるそんな気がした。今は眠ろう。幼い少女だった963と寄り添い寝ていた頃の様に。ユリアは963をそっと抱きしめると目を閉じた。
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