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「駐屯地には約百名の兵士。そして、ルイーサ監察官率いるリオニーを含む部隊がいると思われる」
イヴァンナ監察官と合流したユリア監察官が駐屯地へと向かいながら話している。森の中はとても静かで、二人の話し声以外、全ての音が消えてしまっているかのようである。
「さすがにそれでは、いくら963でも勝ち目ありませんね。」
「あぁ、ルイーサ達が来ているかどうかは未だ不明だが、軍事的都市から近い駐屯地に、全く増援をよこさない事は考えられない。それに、普通の兵士を寄越しても、この山岳地帯というエリアでは身を隠しながらの攻撃が出来る我々の有利さと、兵力が分散されてしまうクラン帝国側にとって不利である事には変わらないからな。たちまち壊滅される事は分かるはずだ。そうなると、やはり狂戦士部隊を寄越すしか考えられん」
しばらく進んでいると1103と963の足がぴたりと止まる。二体とも何かを感じたようである。それを見たユリア監察官達も足を止め、周りの様子を伺った。
駐屯地まで後一キロ程地点である。
鳥の囀りさえ聞こえてこない静かな森の中に、ぱきりという小枝の折れた音がした。普通の人間なら全く気づかないくらい小さな音だったが、訓練と実戦を嫌というほど重ねた歴戦の強者である監察官二人と、常人の域を超えた感覚を持つ狂戦士達の耳には、それがはっきりと聞こえてきた。
ユリア監察官が963に目で合図を送る。それを受けた963は物音一つ立てずに森の中へと消えていく。同じようにイヴァンナ監察官も1103へと指示を出すと監察官二人はこくりと頷きあい、その場を離れた。
それぞれ、森の四方へと分散した監察官達と狂戦士達。静かな森の中に溶け込み、目だけで探そうとしても見つからない。彼女らを探し出すなら、五感を研ぎ澄ませるか、能力者達のように特殊な感覚を持ちえないと無理である。
イヴァンナ監察官のすぐ側を、二人の兵士が銃を構えながらゆっくりと歩いていく。手を伸ばせばその首筋へそろりとナイフの刃を滑らせる事が可能な距離である。しかし、そのような距離にあっても、二人の兵士達はイヴァンナの存在に気がついていない。
兵士達が通り過ぎ、完全に背中を向けた時、イヴァンナが小指程の小さな刃物を腰のポーチより取り出すと兵士達へと放った。それらは兵士の延髄辺りに深々と刺さると、血の一滴も出ずにその場に崩れ落ちていく。イヴァンナが投げたのは、忍者が持つ苦無の様なものである。非常に重たい金属で作られており、小さくてもずぶりと体深くまで突き刺さる。ハインツの特殊部隊がよく使用する武器の一つである。
死んだ二人の兵士を薮の中へと隠したイヴァンナは、また、すうっと森の中へと消えていく。
その頃、ユリア監察官も三組程の二人組の兵士を片付けており、じわりじわりと駐屯地へと近づいっている。駐屯地へ近づくにつれ、1103や963に殺された兵士達であろう、首のない死体や、胴から真っ二つにされた死体が目に付いてくる。
ユリア監察官が、さらに先へと進もうとしたその時、ぞわりとした感覚が全身を襲った。振り向くことさえもできない。全身に鳥肌が立つ。心拍数が急激に上がっていくのがわかる。
「振り向いてはならぬ。このままで聞くのだ」
まだ若いと思われる女の声が、ユリア監察官へ静かに囁いてきた。黙って頷くユリア監察官。屈辱であった。たくさんの戦線で激戦の中を戦い抜いてきた自負がある。こんなにも簡単に後ろを取られたことは、実戦ではもちろんであるが訓練でさえ一度もなかった。
「ふへっふへっふへっ」
背後の女が笑う。下品な笑い方であった。緊張で呼吸が浅く早くなっている。つうっと汗が脇から流れ落ちていく。
「良いか、我らはハインツと事を構えるつもりはない。ぬしと向こうにいるもう一人の監察官は、ここで大人しく待機して貰えぬか?あと、二体の狂戦士達へ撤収するように伝えるのだ」
訳が分からなかった。女の話しでは、イヴァンナ監察官も時分と同じ状況であると思われる。待機して1103と963を撤収させろだと?クラン帝国に敵対するベルツ連邦やラルクラ王国の手の者だろうか?色んな憶測が、ユリア監察官の頭の中を駆け抜けていく。
「まぁ、ぬしらに選択肢はないんだが、こちらとて穏便に事を済ませたいのでな」
確かに、女からは恐怖に近い言い知れぬものを感じるが、殺気を感じることは無い。ユリア監察官はこくりと頷くと、狂戦士にしか聞こえない特殊な笛を吹いた。
「そう、それで良いのだ」
笛が鳴りやみ、963が戻って来るのが分かると、女の気配がすっと消えていった。
女から開放されたユリア監察官は、ぶはぁっと大きく息を吐き出した。情けない事に、とても生きた心地がしなかった。
がさがさと薮を掻き分けてくる物音がする。向こうから、イヴァンナ監察官がユリア監察官の側へとやって来るのが見えた。
イヴァンナの顔が少し青ざめているのが分かる。やはり、イヴァンナの元にも先程の仲間が来ていたのだ。
イヴァンナ監察官がユリア監察官の隣へと座る。少しすると、1103と963が戻ってきた。
「ユリア監察官、あなたのところにも?」
無言で頷くユリア監察官。強く握っている拳がぶるぶると震えているのが分かる。軍人としては恥なのである。背後を取られ、相手の要求を一方的に受け入れてしまった事が。
「何者だ……」
そう呟いたユリア監察官は悔しそうに駐屯地の方をじっと睨んでいた。
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