第2話 DeathDoll
ふんふんふふふんふんふん……
ふんふんふふふん……
「誰だ!!
ふんふんふふふふんふんふんふん……
ふふふふふんふんふん……
西の小国とその隣国との国境にある山岳地帯で、隣国の兵を束ねる髭面の兵長の怒号が辺りに響く。しかし、そんな事などお構いなしに、どこからともなく、どこか寂し気な鼻歌が聞こえてくる。
ふふふふ……
ふふふふふん……
「兵長……この歌は……」
兵長の側で鼻歌を誰が歌っているのかを悟った一人の兵士が辺りを見渡す。そんな兵士の目の前に、ふわりと現れた一人の少女。
綺麗な長い亜麻色の髪を二つ結びにして、生気のない大きな瞳で、その兵士と兵長の顔を見ている。
ふふふふ……
ふふふふふん……
「……」
少女はその身に余る大きな鎌を両腕に抱える様に持ち、今度は兵士と兵長の全身を見ていた。
兵士がぱくぱくと金魚の様に口を動かしている。その少女が何者なのか、そして、これから起こり得る事が分かったのだ。
「
「お母さん、私の名前は何?」
「あなたに名前はないのよ。あるとすればCodeNo.1103ね」
「CodeNo.1103?」
「そう、あなた達能力者には名前が与えられない代わりに、番号が付けられるの。あなたは、1103番目に産まれた能力者なのよ」
「でも、お母さんは私をヒトミと呼ぶ」
「そうよ。1103だからヒトミ。ただの語呂合わせなんだけどね。番号で呼ぶよりは良いかなって」
まるで母が娘にベッドの中で読み聞かせを行うように、静かな声で語りかけている。CodeNo.1103はそんな育成監察官をじっと見つめていたが、すっと瞼を閉じると、お母さん、おやすみなさいと言い、安らかな寝息をたて始めた。
彼女は安らかに眠るCodeNo.1103の頭を優しく撫でると、寂し気な表情を浮かべている。
『この子とは、もうすぐお別れね……』
ふんふんふふふんふんふん……
ふんふんふふふん……
いつもの鼻歌が彼女の口から漏れる。そんな育成監察官の手をぎゅっと握りしめながら眠るCodeNo.1103。
これから幼女の身に降りかかる過酷な運命を迎えなければならない事を知らずにいる天使の様な寝顔をしたCodeNo.1103を見ていると、彼女は胸の奥にちくりとした痛みを覚えた。
『私も歳を取ったものだわ』
幾人もの能力者を育て上げて来た中で、この様な思いを持った事は今までなかった彼女は、もう一度CodeNo.1103の頭を撫でると、握られている小さな手をそっと離し、しばらく愛娘を見るような眼差しで幼女を見つめ、そしてベッドから離れた。
「お母さん、駆除完了です」
返り血を浴びながらも、何の表情も出さずに立っている。そして、それを見届けた戦場監察官が少女へと近寄ってきた。
「お疲れ様です、CodeNo.1103。次の場所へと移動しましょう」
能力者には戦場監察官が必ずついてくる。
逃亡しないように見張るのでなく、戦果を確かめる事と次の指示を与える事が戦場監察官の仕事なのである。
狂戦士としての能力者は逃亡する事はまずない。能力者達は任務に対して、自分達の処遇に対しての不満などという感情すらなく、黙々と命令に従うだけだからだ。
そして、指示を伝えなければいけないのは、知的レベルなら普通の者達よりも圧倒的に能力者の方が高いはずなのだが、幼い頃より自分で考えて行動するという事を絶対にしないように育てられているからである。
完全な指示待ち症候群なのである。
殺れと言われるから殺る。
本当にそれだけなのである。
それが、狂戦士と言われる所以だ。
「わかりました」
戦場監察官は渓流へと少女を連れて行くと、既に黒い錆びた鉄色に変色しかかっている返り血を綺麗に落としてやり、替えの服に着替えさせると次の目的地へと向かった。
その道中に監察官は少女へ次の指示を伝える。次の任務地は、山岳地帯から少し離れたとある山林。少女の様な大鎌を扱うタイプには、少し不利な場所と言える。だが彼女らには、そのような事は関係なく、行けと言われたら行くだけなのだ。
しかし、それだけではなく次の任務は、先程の様に普通の人間が相手ではなく、同じ能力者、他国の狂戦士達である。複数人いる事が確認されたが、その偵察に行った部隊から、その後の連絡はない。全滅させられたと思われた。
狂戦士には狂戦士をと言う事で、少女に駆除命令が出されたのである。能力者の中でも飛び抜けた実力を持つ少女。それでも万が一の事を想定した上層部は、他の狂戦士二名を派遣し、途中の村で落ち合う事となっている。
ふんふんふふふんふんふん……
ふんふんふふふん……
しばらくの間、馬に乗り並んで山を下っていると、少女がいつものように鼻歌を口ずさみ始めた。監察官は少女と出会った時から、その歌が何の歌か気になっていた。
「CodeNo.1103、いつも歌っているその歌は?」
「お母さんが私にいつも聞かせてくれてた」
「お母さん?」
「そうお母さん。育成監察官のアンジェラ」
ふんふんふんふんふふふふふん……
ふんふんふんふんふふふふふん……
鼻歌を口ずさむ少女を見ている監察官は、あの日、軍関係者の一員としてアンジェラの最後をその目で見ていた。
『そんなお母さんと呼ぶアンジェラの首を躊躇せずに刎ねた……さすがは、
ぶるりと身震いした監察官は手網をぎゅっと握りしめ、少女へ目的地の村が見えてきた事を伝えた。
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