第1話 誕生

 人から産まれたからと言って、人として生を受けた事にはならない。ただ、それは人の形をしているだけであり人ではないのだ。


 人としての最低限の権利さえもなく、能力が低ければ奴隷として使役される道具となるか、高ければ狂戦士として戦う道具となるかの二択だけである。


 それに男女の差別はもちろん無い。平等に能力に応じて、必ず奴隷か狂戦士かのどちらかに選ばれる。


 しかし、平等に分けられると言っても男女の能力差は著しく男型は能力の低い者がほとんどで、奴隷か狂戦士となっても単体での戦闘は難しく集団としての使用が多い。逆に、女型は能力の高い者がほとんどで、単体もしくは少数部隊での使用が多い。


 しかも、その人の形をした能力者達は二十歳の誕生日を迎えると、その生を終えてしまう。そういう事もあり、出来るだけ能力が高く幼い子供のうちから戦線に出て、少しでも長く使できる事が望まれている。


 その能力者達がいつどこで産まれて来るのか、どうやったら能力の高い者達を産みだし大量にできるのか、この世界の科学水準では分からないのだ。


 だが、この世界にはその研究に没頭する者達がいる。そして、各国がこぞって大金を積み優秀な研究者を集めている。なぜなら、能力の高い者達を大量に生産できれば、他国に比べ軍事的にも優位にたてる事が間違いないのだから。


 その研究者の中に、高い志しを持つ一人の若い男がいた。その男が提案しそれを西の小さな国が試験的に実施した。


 後後の世に、その国の穢れた歴史として名を残した隔離政策である。


 能力者を多く出した家系を調べ、その一族達を一ヶ所に集め生活させ子を作らせた。しかし、狭いコミュニティの中でのその生活には限界があり、初めは従兄弟まで認められていた交配が次第にエスカレートし、挙句の果てには、血の繋がった家族まで暗黙の了解として認められてしまっていた。


 倫理から外れた外道とも思われるその政策を行わなければならない程に、西の小国は危うい立場に晒されているのだ。大した資源もなく、近隣の大国から領土拡大の為の侵略と占領の歴史を繰り返し、その都度、それをなんとか乗り切ってきた。


 そんな小国は藁にもすがる思いなのである。


 なにがなんでも、軍事的優位に立ちたい。そんな思いと、その小国には人型の能力者たちが産まれやすい国でもあった。


 確かに、その政策で能力者達は以前より多く産まれてきたが、近親相姦を繰り返していくたびに、その血は濃ゆくなり、新たな問題等も出てきた頃だった。


 そこに、かってないほどの高い能力を持った女型が産まれた。 


 とても健康な女型であり、産まれてすぐの能力測定では信じられない数値を計測。すぐに親元から離され、能力者を一人前の狂戦士へと育てる育成監察官の元へと連れられて行かれた。


 その女型は他の能力者達と違う点があった。


 いくら能力者達とは言え、母体から産まれ出た時には普通の赤子と同じように産声を上げるものだ。しかし、その女型は全く産声も上げる事なく、ただ眠っていた。


 取り上げた助産師は、初め見たときは死んでいるかと思ったらしい。しかし、小さな胸が微かに上下に動くのを確認すると、ほっと胸を撫で下ろしたが、逆に言い知れぬ怖さも感じたという。


 担当の育成監察官の元で育てられた女型は、他の能力者達と比べ、恐るべき成長の早さを見せつけた。他の能力者達も普通の子供と比べても成長は早いのだが、それをも上回る早さであり、担当の育成監察官が舌を巻くほどであった。


 学習能力、身体的能力、そして何よりも、狂戦士としての人を殺すための能力が、同じ年頃の能力者達を圧倒していた。


 五歳になる頃には、自分の背丈よりも大きな鎌を自在に扱い、六歳になる頃には育成監察官と試験的に戦場に出ていた。


 試験的に出た女型の幼女の働きは、経験豊富な歴戦の強者である育成監察官も恐怖を感じた程であった。


 淡々と殺していく。


 まるでその大鎌を使い牧草を刈り取るように、他国の兵士達の首を、胴体を刈っていくのだ。


 狂戦士の役目を十分に発揮できている。能力としては申し分ない。そして、幼女は戦闘中に必ず鼻歌を歌う。どこか寂し気な歌を。


 ふんふんふふふんふんふん……

 ふんふんふふふん……


 その歌は担当である育成監察官が、幼女が小さな頃より寝かしつける時などによく聞かせていたものだ。


 そして、七歳の誕生日を迎えた。


 本来であれば、普通の能力者なら十歳で担当の育成監察官から離れて戦場へと参戦するのだが、その少女は他よりも三年早く戦線へと向かう事となった。


 少女と担当の育成監察官が向かい合っている。


 歴戦の強者である育成監察官、対峙する少女。それを、軍関係者達が黙って見つめている。少女が、女型が戦場で即戦力としてどれだけ使用できるか見極めるためである。


 小さな身体。


 細い腕。


 あどけなさが残る顔。


 亜麻色の綺麗な長い髪。


 何の感情も見えない虚ろな瞳。


 見守る軍関係者達は報告書で上がってきた戦果が、本当にこの少女が行ったものかと半信半疑な目で見ている。


 見かけだけは普通の七歳児なのである。


「さあ、私を殺してみせなさい」


 育成監察官はそう言うと、すらりと剣を抜いた。そして、少女へと剣を構え、斬りかかろうと踏み込んだ瞬間、彼女の胴体からぽとりと首が床へ落ちていく。


 見学していた軍関係者達が言葉を失った。


 いくら相手が能力者とは言え、育成監察官も歴戦の強者。それが、一太刀もあびせる暇もなく、いやその場から動く暇もなく首を刎ねられたのだ。


 しばらく胴体は剣を構えたままの格好で、その斬り口から噴水の様に血が吹き出し、少女はその血を頭から全身に浴びていた。


 そして、ゆっくりと育成監察官の胴体が床へ倒れた。


 血は繋がっていないが、七年の間、母娘おやこの様に暮らし、育ててくれた担当の育成監察官の首を、いとも簡単に、何の躊躇いもなしに刎ねた。


 情などは持ち合わせない。


 狂戦士としての資質は十分であった。しかし、軍関係者達はその姿に鳥肌が立つ。


 ふんふんふふふんふんふん……

 ふんふんふふふん……


 ふんふんふふふふんふんふんふん……

 ふふふふふんふんふん……


 その様子を、少女は鼻歌を歌いながら虚ろな瞳で眺めていた。ここに、これから近隣諸国を恐怖へと誘うCodeNo.1103、多くの戦場で兵士たちから恐れられ死神少女DeathDollと呼ばれる狂戦士が誕生した瞬間である。

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