異世界探偵アシュファー ビギニング

 ここはとある異世界。とあるバーでとある男が自慢話をしていた。男の隣には話好きなエルフのギャル。魅惑的な服を着て周囲の異性にフェロモンを振りまいていた。


「ねぇ、アシュファーさん。あなた、探偵なんでしょお?」

「ああ。そうだぜ?」

「でも何で探偵に? 冒険者の方が楽しいのに」

「フッ、良い機会だ。少し昔話をしようか」


 アシュファーと呼ばれたその男はグラスを傾け、ぐいっと胃袋に注ぎ込む。少し酔った彼は、昔を思い出すような遠い目をしながら話し始めた。



 それは約5年前、とある宿屋の食堂で事件は発生する。冒険者の男が手持ちのカードのチェックをしていると、お気に入りのカードがない事に気がついたのだ。


「な、ない。嘘だろおい!」


 そのカードはとてもレアなもので、カードデザインもさる事ながら、特殊な魔法の力が宿っていてすごい効果のあるやつだった。実用性もあるから高くも売れる。そのカードを持っていると知られたら、狙うヤツは山のように出てくるだろう。

 当然のように彼は取り乱し、現場は大騒ぎになっていた。


「なくさないよう大事にカードホルダーに入れていたんだぞ! 有り得ねえ!」


 男はすぐに怪しい人物をピックアップする。以前のカードチェック後に盗む事が可能だった人々だ。その対象範囲は宿屋の従業員全て。当然、彼に疑われた人々はみんな身の潔白を訴えた。

 男はずらりと並ぶ従業員達を眺めながら、顎に指を添える。


「全員怪しく見えるしな、どうしよう」


 いくら男が暇でも、授業員全てにアリバイを聞くのは大変しんどい。まずは数を絞ろうと思案を巡らせていると、彼の視界に占い師が飛び込んできた。男は占いを信じるタイプだ。すぐにその占い師に相談を持ちかける。

 占い師は男の話を要所要所でうなずきながら、黙って聞き入れていた。


「誰が怪しいと思う?」

「ふむ、任せんしゃい」


 占い師は占いに使うカードを床に広げてその一枚を取る。カードを見た彼女はふむふむとうなずいた。


「一番怪しいのはドアボーイだね」

「やっぱりそうか」


 男はその結果に納得する。疑われたドアボーイは驚いた顔をして必死にそれを否定した。


「え、ちょ、俺?」

「深夜にこっそり部屋の中に入ってカード盗んだんだろ!」

「やってないですよ!」


 その後、彼の持ち物検査を徹底的にするものの、カードは見当たらなかった。どれだけ疑ってもカードそのものが出てこないのだから仕方がない。男はその憤りを占い師にぶつける。


「占い、外してるじゃないか!」

「おかしいなぁ。もう一度見てみようか」


 占い師は首を傾げながらもう一度占いを始める。今度の結果に彼女はにやりと笑みを浮かべる。そうして、自信満々にそのカードを見せた。


「マッサージをした人って出たよ」

「えっ? 私?」


 当然、指名された女性従業員も目を丸くする。良いリアクションだ。これが真実なのか演技なのかはすぐには分からない。ただ、その可能性については男にも思い当たるフシがあった。


「そういや、マッサージの途中で気持ち良くなって眠ってたんだ。あの間に盗んだのか」

「いや、やってないですよ!」


 さっきのドアボーイの時と一緒でしっかりと調べるものの、彼女からもなくしたレアカードは出てこなかった。男はまた占い師につっかかり、彼女もまた別の人物を指名する。そんな感じで同じやり取りを何度も続けるものの、結局占いは全て外れてしまう結果となった。

 全ての努力が徒労に終わり、男は頭を抱える。


「くそ、一体カードはどこに行ってしまったんだ?」

「って言うか、単純にどこかに落としたとか?」

「ホルダーに入れていたんだぞ! 落とす訳がない!」


 絶望に打ちひしがれる冒険者。よっぽどショックだったのだろう。彼には周りの慰めの声は届かない。それを見かねた占い師が声をかける。さっき占いを全部外して、彼を疲れ果てさせた張本人がだ。

 彼女は優しく寄り添って、耳元で魅惑的な言葉を告げる。


「実は私も同じものを持ってます。格安で売ってさしあげましょう」


 何と、占い師もまた男がなくしたものと同じカードを持っていたのだ。彼女の見せたカードを目にした途端、彼の目の色が変わる。


「犯人お前かーっ!」

「いや、急に何を……。これは正真正銘私の……」

「俺のカードには仕掛けをしていたんだ」


 男はそのカードが自分のものである理由を主張する。しかし、占い師もその言葉を素直に受け入れはしなかった。


「それがこのカードだと?」

「ああ、俺には分かるね」

「そんなはずがないじゃないですか」

「それ、言い切れるか?」


 彼は占い師の顔をじっと見る。自信に満ちた眼差しだ。この展開になる事も見越していたのか、占い師も自信満々にドヤ顔になった。


「ええ、これは確実に私のカードです。魔法の印なんてありません」

「おや? 俺は仕掛けとしか言ってないのにどうして魔法の印だと?」


 男はにやりと笑みを浮かべ、占い師を追い詰める。彼女もすぐに自分のミスに気付き、顔を青ざめさせながら頭を抱えた。


「しまったぁーっ!」

「俺のカードは返してもらうぜ。それと、通報もしておく」


 こうして真犯人の占い師は逮捕された。動機は男から盗んだカードを高く売りつけるため。彼女は催眠術にも長けていて、男が1人になったところで術をかけてカードを手に入れていたのだ。占いを外しまくっていたのは、男を精神的に疲れ果てさせて正常な判断力をなくさせるためだったらしい。



「……と言う事があったんだよね」

「じゃあ、その冒険者があなたなのね!」


 エルフギャルは興奮して目を輝かせる。アシュファーはグラスをテーブルに置くと、意味ありげに彼女の顔を見つめた。


「いや、俺はたまたまその場に居合わせてただけ」

「赤の他人の話かーい!」

「いやでも、それを見て推理って面白いと思ったんだよ。ってあれ……?」


 彼が自分に酔いながら話をしている間に、エルフギャルは呆れて別の席に移動。ターゲットを変えて談笑していた。1人になったアシュファーはため息をつき、マスターにもう一杯頼むのだった。


 とある異世界のとあるバーには探偵がいる。彼の活躍の話はまたいつか――。

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