散歩の途中で見つけたものは一体何だったんだろう

 3月の長閑な昼下がり、休日に暇を持て余していた俺は家の周りをブラブラと散歩していた。このいつもの散歩コースには溜池がある。俺はその大きな水たまりを眺めるのが好きだった。今日もその景色を楽しみに足を動かす。

 池は今日も変わらない表情を俺に見せてくれていた。一点の特別を除いて。


「ん?」


 見慣れた池に見慣れない何かが浮かんでいる。気になった俺はその確認に向かった。恐る恐る首を伸ばすと、視界に飛び込んできたのはぷかあと浮かぶ見た事のない生き物。どうやら死んでいるらしい。体の中にガスでも溜まっているのか、そいつはパンパンに膨らんでいた。大きさは全長が50センチくらいで人型。後、頭が異様に大きい。


「もしかして、これって宇宙人の死体?」


 見ていると気味が悪くなったので、俺はすぐにその場を離脱する。この日はそれ以外は何事もなく過ぎていった。あれは本当に宇宙人だったのだろうか……。

 次の日から、俺の周りではおかしな事が起こり始める。誰かに見られている気が常にしていたり、1人になった途端に頻繁にラップ音が聞こえてきたり、買った覚えのないボロボロの人形が突然出現したり、何もしていないのにPCが壊れたりと、異常現象は枚挙にいとまがない。


 全てはあの宇宙人を目にしてからだ。流石に気味が悪くなった俺はその手の事例に強い知り合い、平井の元を尋ねる。嘘かホントか霊感があると豪語している男だ。


「なぁ、ちょっと相談していいか」

「おお、一体何の相談だ?」


 いつも飄々としている平井は俺の話を黙って聞いて、話し終わった途端にいつもしている糸目をカッと見開いた。


「怖っ!」

「いや、お前が怖がるのかよ! 何とかしてくれよ!」

「残念だけど、俺にはどうする事も出来んよ。1人で解決してくれ」


 せっかく恥を忍んでカミングアウトしたと言うのに、役に立たん男だ。失望した俺は玄関に向かって歩き出す。その時、平井が俺の肩を掴む。


「気休めだけど、お守り持ってけ。健闘を祈る」

「ああ、ありがと」


 手渡されたのはどこにでもある交通安全のお守り。まぁ安産祈願でなくて良かったと思うべきなのだろう。俺は手を振って彼の家を後にする。外に出ようと玄関のドアから一歩踏み出した途端、いきなり知らない景色が視界に広がった。


「え?」


 俺の感覚が正常なら、どうやら異世界に転移してしまったらしい。焦って振り返ると、さっきまでそこにいたはずの家がどこにもない。完全に野原だった。頭は理解を拒否するものの、受け入れないと進めない。俺はすぐにさっき渡されたお守りを思い出す。


「元の世界に戻してくれーッ」


 お守りを空高くに掲げて願い事を口走る。これで元の世界に戻れたなら世話がなかった。そう、何の変化も起こさなかったのだ。20秒ほどの沈黙の時間を経て、俺はお守りをポケットにしまう。


「……歩くか」


 じっとしていても何も始まらないと思った俺は歩き出した。目の前は平和そうな野原が広がるばかりだけれど、歩けば、先に進めば、何かがあるかも知れない。俺は先の景色に希望を見出して歩いていく。

 しばらく歩いていると、何かに切られたような痛みを腕に感じた。


「痛っ」


 痛む部分を確認するとマジで傷を負っていた。これは、俗に言うカマイタチと言う現象だろうか。周囲を見渡すものの、おかしなものは何も見当たらない。と言うか、この世界そのものがおかしいんだけど。

 物理的な傷まで負ってしまい、俺は膝を落として祈りのポーズをする。


「神様! どうか私を助けてください!」


 困った時の神頼みとはよく言ったものだ。普段から信仰心のない人間が急に祈ったって何かが起こるはずもなく、奇跡は起こりようがなかった。悪魔にも願ってみたが、結果は一緒。どうやらこの苦難は自分でどうにかするしかないらしい。


 絶望した俺は起き上がると、改めて歩き始める。ある程度進んだところで、人影らしき影が目に飛び込んできた。俺が見つけたのとほぼ同時にその影も俺を発見したらしく、勢いよくこっちに向かって走ってきた。


「ん?」


 不安な時に見つかった同胞だ。普段なら嬉しくなるはず。なのに、オレの心は逆に危険信号を発していた。そこで、向かってくる人影をよく観察する。どんどん近付いてきているはずなのに、相手の顔がよく見えない。真っ黒だ。影そのものと言っていいい。人の形をした影は音も立てずに走ってくる。


「うわああああ!」


 影の塊が近付いてくるのが怖くなった俺は、一目散に逃げ出した。必死になって逃げていると、前方に村らしきものを発見する。俺は渡りに船とばかりにその村に逃げ込んだ。

 しかし、異常な世界にある村がまともな村であるはずもなく――。


「静かすぎる。誰もいない……?」


 助けを求めて入り込んだ村には誰ひとりいなかった。人どころか、犬や猫、鳥達も見当たらない。それはまるで映画か何かで作ったセットのようだ。

 さっきまで追いかけていた影が見えなくなっていたのもあって、俺はこの死んだ村を見て回る事にする。


「こう言う廃村ってホラーな物語の定番だよなぁ……」


 好奇心に任せて見ていると、目に入る建物にかなりの高確率で御札が貼ってあった。当然ながら御札に書かれた文字は読めないものの、よく見る文字ではない事だけは分かる。目の前に広がるのはよくある古き良き日本の風景そのものなのに、文字が日本語でないだけでどうしてこんなに不安になってしまうのだろう。


「ここはパラレルワールドの日本……?」


 この理由の分からない状況に頭を抱えていると、ぬうっと黒い塊が地面から伸びてくる。さっき追いかけてきていたのとは別個体だ。多分。突然の出現に驚いて足がすくんでいると、その塊がブワッとその体を膨張させて襲いかかってきた。


「うわああああっ!」


 この状況に対して何の対抗手段も持っていない俺は、咄嗟に腕で顔をガードしつつしゃがみ込む。それに意味ないんてないのだろうなとも思いつつ。

 アメーバの影は容赦なく覆いかぶさってくる。この時点で、俺は死を覚悟した。


「?!」


 すぐに消化されると思っていたら、その塊に向かって上空から無数のカラスが突撃をかまし始める。どこからともなく現れた黒い救世主は、一瞬でこの塊を食べ尽くしてしまった。

 俺は、その様子を若干引きながら目に焼き付ける。


「助かっ……」


 最後まで言い終わらない内に言葉は途切れてしまった。何故なら、カラスの次のターゲットが俺だったからだ。じろりと一斉に顔を向けられたところで、やっと足が動いた。


「ぎゃーっ!」


 逃げ出すのが一瞬遅かったら俺の体はこのカラス達についばまれていた事だろう。無数の黒い殺し屋の初撃をギリでかわした俺は、一目散に逃げ出した。

 必死になって逃げていると、視界の端に鳥居を発見する。


「あそこだ!」


 俺の直感がそう叫ぶ。その内なる声に従って、進行ルートを改めて設定し直した。カラスも迫ってくるものの、何とか俺は神域内に転がり込む。そうしてポケットからさっき役立たなかったものを取り出し、思いっきり投げつけた。


「カァァァァァ!」


 神社ならお守りも効果を発揮するだろうと思っての行動だったものの、見事にその勘は当たり、お守りが結界を作ってくれた。その結界をカラスは破れない。こうして、黒い殺し屋共はあきらめて空に帰っていった。


「平井、サンキューな」


 帰っていくカラスを見つめながら、ここにいない友の親切心に感謝する。危機が去ったので神社を出ようとすると、突然足が動かなくなった。今度は神社から出られなくなってしまったようだ。

 しかも、謎の強い気配を背後から感じる。それは振り返ってはならないものだと、俺の勘が告げていた。


 嫌な汗を流しながら、体の向きをなるべく変えないようにして慎重に出口を探す。そんなものはないのかも知れない。でも、ないとも断言出来ない。恐怖に怯えながらの、地道で地味な作業は続いた。


 この神社の神域はかなり広く、鎮守の森まである。嫌な気配に威圧されながら森を歩き回っていると、今度こそ知っている景色が目に飛び込んでくる。それは見慣れた地元の風景だ。

 そこに向かって歩いていくと、何故か素直に鎮守の森を出る事が出来た。


「た、助かったあ……」


 見覚えのある景色を目にして緊張の糸が切れた俺は、その場にぺたりと座り込む。それから、少し警戒しながら街の景色の中に紛れ込んでいった。人も多く、それぞれが普通に歩いているし、どこにも不自然な部分は見当たらない。

 でも、ここここは本当に俺の知っている元の世界なのだろうか。言い知れない不安だけが心の中で渦巻いて、それが晴れる事はずっとなかった。

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