魔導博士の失敗

 場所はとある異世界の一軒家。その家では白衣の男がおうち時間を満喫していた。その部屋の窓にカクヨムでお馴染みのトリがやってきて窓ガラスをつつく。その音に反応して、室内で夢中になって何かを研究していた彼は窓を開けた。

 男が声を発する前にトリが叫ぶ。


「ピンチホ! 早く実験に戻るホ!」

「あ、いや……」

「責任者が逃げてどうするんだホ! 早く暴走を止めるホ!」


 どうやら男は何らかの実験か何かで大きなミスをやらかし、家に逃げてきていたようだ。トリは彼を呼び戻しに来ていたのだ。男が逃げ出した事で分かる通り、そのミスはもう取り返しがつかない程のとんでもないものなのだろう。

 彼は仕事場に戻るように迫るトリに向かって、自嘲気味につぶやく。


「もう終わりだよ。みんなで死ねばいいじゃんか」

「アホホー!」


 男の態度に切れたトリは、彼に向かって渾身の力でキツツキのように連続でつつき始める。男は贖罪のつもりなのか、この攻撃をノーガードで受け続けた。


「このままだと博士だけが生き残る事になるホ。ずっと死なずに後悔するばかりで精神が壊れてしまうホ」

「え? マジで?」


 トリの話によると、最初に実験を始めた彼だけが、失敗の影響を受けないらしい。それどころか、失敗の影響で死ねない体になって、世界を滅ぼした罪を永遠に背負う羽目になってしまうのだとか。


「これは博士が逃げた後で判明した事実だホ。博士はそれが望みなのかホ?」

「そ、それはちょっとキツいな」


 男、いや、博士はこの話を知って動揺する。その心の揺れを察したトリはここでさらにもうひと押し。


「後悔する前に、ギリギリまであがくホ」

「……しゃーねーな」


 こうして博士はまた逃げた実験施設に戻る事になる。急いで駆けつけると、そこには研究員が誰ひとり残っていなかった。施設内には実験の失敗で膨張を続けて今にも爆発寸前の魔導システムが、ギリギリでそれを抑え込んでいる。


「早く何とかするホ!」

「分かってる! でも出来なくても文句は言うなよ!」


 一度はあきらめた事で分かる通り、もう一度やる気を出してもこの暴走を食い止める方法がそんな簡単に思いつくはずもなく――。博士は思いつく限りの事を試すものの、システムの暴走を止める事が出来なかった。


「やっぱりだめだああ」


 タイムリミットの近付く中、彼は絶望してぐにゃりとその意識を歪ませていく。トリも逃げずに彼を見守った。


「頑張れ頑張れホ!」

「うわあああああ!」


 極限状態になった博士は、ここでゾーンに入り込んだ。時間の流れが遅くなった世界で、彼の頭に中に様々な情報が流れ込んでくる。博士は無意識の内に今まで辿り着けなかった領域に達し、システムの制御盤を超高速で操作し続けた。


 結局システムは膨張するエネルギーを抑えきれずに爆発。しかしその影響は実験施設の完全消滅レベルで抑え込む事が出来た。博士の再調整は成功したのだ。


「ふう。何とかなった」


 施設は消滅したものの、博士は実験管理者権限でまるっきりの無傷だった。誰の命も奪っていないので不老不死にもならずに済んでいた。

 数分後、完全に安全になった事を確認して途中から危険回避で離脱していたトリが彼のもとに戻ってくる。


「博士ならやってくれると信じていたホ!」

「はは、おうち時間で暇潰しにやっていた別の研究が役に立って何とかなったよ」


 博士は何とかなった理由をそう説明してその場にぺたりと座り込む。こうして世界は救われたのだった。

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