爆発、芸術でいぇーい!
関谷光太郎
爆発、芸術でいぇーい!
男は創る。
その目は日本刀の如き凄みを帯び、溢れるイマジネーションを指先に託す。
「口べたの自分にとって、これが唯一のコミュニケーション手段です」
盛っては削り、削っては盛る。
滴る汗が作業台を濡らしたが、男はお構いなしで創作に没頭した。
その陰で、家族の想いもまた激しい。
持ち込まれたプラスチックパネルで、いくつものブロックに仕切られた作業場は万全の感染対策が取られていた。
そのパネル越しに、私たち取材班は家族の真実の声を聞いた。
「このご時世ですから、家にいることが多くなるのは仕方がないですけど」
インタビュアの私が同性ということもあってか、男の妻は心なしか砕けた口調だった。
「家にいるだけならともかく、こんなことを始められてもねえっていう感じで。まあ、世間さまから注目されているのは悪いとは言いませんけど、家族としては……ねえ」
その言葉にうなづく娘さんにもマイクを向けた。
「 お父さんのことはどう思う?」
中学生の多感な年頃だ。はにかみながらカメラを気にする様子を見せた。
「大丈夫だよ。思ったことを言って」
突然、作業部屋に奇声が轟いた。
「はぁ〜わちゃちゃちゃちゃ!」
創作物へぶつけるような男の叫びだった。
私は慌てて男に尋ねる
「い、今のはいったい?」
「魂の注入と申しましょうか。わたしの生命力を作品に封じ込めるという作業です。すべての創造物には生まれてくるべき必然性があり、世界と繋がる魂が確実に存在する。わたしの叫びはその魂に働きかけて生命のビッグバンを引き起こす起爆剤となるのです!」
喋るじゃない! どこが口べたなのよ。
私は眉間に
「ねえ、どうかな? お父さんのことどう思う?」
「どひゃー、どどどど、どきゃばきゃん!」
「あの、ちょっと!」
「今、魂が爆発しました。そう、芸術は爆発だ!」
黙って創ってろ!
「さ、今のうちよ。あなたの気持ちを聞かせて」
娘さんが口を開く。
「おひょ〜びろ〜ん、シャバダバダ!」
「ちょっとうるさいんですけど先生!」
しまった。大事な取材対象になんてことを!
だが私の怒りの反応は、男の心を鎮める効果を発揮した。大人しく作業を始めながらも娘の発言を気にした彼が、耳をダンボにしているのがわかった。
はは〜ん。あの奇声はわざとか。娘の反応を知るのが怖いんだ。でも、言葉次第では相当に傷つく可能性もあるってことよね。
私はしばし躊躇した。
新型コロナウイルスにより一変した私たちの生活。無用な外出を控え、家にいることの多くなった状況の功罪はケースバイケースだ。
今回、私が取材対象とした家族は、コロナ禍でリモートワークの多くなった父親が、持て余す家での時間を有意義にしようとあげ始めた配信動画が、大変な話題となっているというケースだ。
若き日にのめり込んだ『造形』という趣味を活かして、製作の過程だけでなくジオラマを使用してのショートムービーや、視聴者から送られてきたデザイン画を造形するなど精力的な活動で話題を生んでいる。
表面上は、コロナ禍の状況をうまくプラスに転換しているように見える。しかし、それに関わる家族の思いはどうなのか。
「もう一度、訊くね」
私は慎重に切り出した。
「お父さんのこと、どう思う?」
作業する男の手が止まった。その耳はダンボを超えてキングコングの手のひらに拡大している。
「……キモイ」
「え?」
「キモイ!」
作業場が凍りついた
男は耳を一気に
私は半分覚悟していたものの、『キモイ』の言葉には少なからず意表を突かれてしまい、次の言葉を失った。
「でもね」
娘は言った。
「でもね、みんなを笑顔にしているお父さんは、偉いと思う。わたしにはこんな才能はないから、本当に羨ましいんだ」
ぷるぷる震えだした男が、
「よーし完成したぞ!」
男の前に、粘土で整形された作品が輝きを放つ。
「あ、やっぱりちょっと訂正!」
慌てて娘さんが叫んだ。
「ほかのものは許せるけど、これ創るのだけは勘弁して欲しい!」
男が両手で掲げた創作物は、全高三十センチほどの美少女フィギュアだった。
「魔法少女ムチプリンちゃん!」
「お父さん、キモイ!」
ムチムチボディにヒラヒラのミニスカートのフィギュアを手に、男は誇らしげに胸を張った。
やっぱり、ずっと家にいる功罪はケースバイケースだ。
私は改めて思った。
爆発、芸術でいぇーい! 関谷光太郎 @Yorozuya01
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