第4話 ちみっことワンコくん
この学園は全寮制である。
当然アタシも寮に入っている。貴族が通うだけあって全ての部屋が個室なのはありがたい。裕福な貴族や高位貴族は使用人を連れて来ることも許されているが、ウチはそれほど裕福でもなく、かといって貧乏でもないごく普通の子爵家なので使用人はなくアタシ一人だ。
貴族子女の中には、甘やかされて育ったので身の回りの世話を自分一人で出来ない者も多いみたいだが、アタシは前世の記憶持ちということもあり何の問題もない。
朝、寮から出て学園へ向かう途中、エリオットに出会った。どうやらアタシを待ち構えていたらしい。
「ミナ・バートレット嬢、その...昨日は申し訳ないことをした...この通りだ、許して貰えないだろうか...」
まぁアタシも前世含めればアラフォーになる訳で、若者の過ちの一つや二つくらいは許してあげられる度量はあるけどさ。元教育者としては簡単に許すって訳にゃいかないよね~ だからまあ自戒を促す意味でもこのくらいは言っておかないとね~
「謝罪は受け入れます...が、私の他にも迷惑を掛けた方が居るでしょう。アルベルト殿下とシャロン様、それとイライザ先生にもちゃんと謝罪して下さいね」
「も、もちろんだとも。必ず謝罪に伺うと約束する...その、本当に申し訳なかった」
そのあと、少しエリオットと話した。どうやらアタシがイライザ先生の授業でスラスラ答えた問題が彼には解けなかったそうで。それが彼のプライドを刺激してアタシに対し劣等感を抱くようになったらしい。そして学力テストで更に差を見せつけられ、思い余ってあんな蛮行に走ってしまったと。
う~ん...これに関しては転生チートの部分もあるから彼にはちょっと気の毒かなって思っちゃうよね。ただアタシとしても手を抜くってことはしたくない。彼にも失礼にあたるだろうし。これから切磋琢磨していくってことでいいよね。あ、イライザ先生ってのは例の変態女教師ね。
エリオットと別れたあとでアタシはふと気付いた。こうして攻略対象者達と順調に邂逅しているということは、まだ出会っていないシルベスターとも恐らく絡むことになるのだろう。
アタシの立ち位置は未だ不明のままだが、なんだかゲームの強制力のようなものを感じる。どんな役割を与えられるのか、何を求められているのか、これから戦々恐々としながら過ごすことになるのかと思うと、ちょっとだけ憂鬱になった。
◆◆◆
「ミナちゃん、聞いた? 今日から始まる魔法実習、2クラス合同でやるみたいだよ?」
「へ~ どこと一緒なの?」
「え~とねぇ、F組だってさ」
あぁ、早速来たか~ きっとこれがシルベスターとの遭遇イベントだよね~
ここは、15~17歳までの3年間通う学園で、前世の日本で言えば高校に当たる。更に学びたい者には大学に当たる4年制の学院もある。
ウチらの学年はA~Fまでの6クラスあって、1クラスが20人程。A~CとD~Fは棟が分かれてて連絡通路で行き来するようになってる。アタシらはA組でバカップルがB組。そして恐らくシルベスターはF組。今まで見掛けなかったのは棟が違ったからか。
ちなみにこれまでの約一ヶ月は魔法を使う為の座学に費やされた。アタシも含めてだけど、魔力はあっても魔法を扱うことに慣れていないから、扱う上での危険性とかを知っておくことは必須なんだよね。
それと精霊との相性。これが魔法を扱う上で最も大事。精霊との相性が良ければ魔力が低くても強力な魔法を行使できる。逆にいくら魔力が高くても精霊との相性が悪ければ大した魔法しか行使できない。
精霊は属性によって種類が異なる。火の属性だったらサラマンダー、水の属性だったらウィンディーネ、アタシは土の属性だからノームになる。相性チェックでアタシの相性は可もなく不可もなくだった。どうやら転生チートは発揮されなかったらしい。
◆◆◆
魔法の実習に使用される演習場は古代のコロッセオみたいな場所だった。誰も居ない観客席が周りを囲み、すり鉢状になった底の所にアタシ達は集合した。
アタシはFクラスの生徒達を注視する。やっぱり居たっ! 見てすぐ分かった。亜麻色の髪に男性にしては小柄な体格。小動物系の外見には前世のアタシも癒された内の一人だ。
ゲームの中でアタシのイチオシだったワンコ系キャラのシルベスター・ホプキンスが佇んでいた。
「それでは只今より魔法の実習を開始する。まずは属性ごとに分かれてくれ」
実習担当の教師が指示する。アタシ達はそれぞれの属性に色分けされた旗の前に並んだ。ちなみに土属性は茶色だった。アタシを含めて5人と一番少ない。
同じ属性同士で纏めるには意味がある。事故を防ぐためだ。相性の悪い属性同士(例えば火と水)だと攻撃を防御したつもりでも、それを突き破ってしまい怪我を負わせたり、最悪命を落とすこともある。
「分かれたらそれぞれ2人でペアを組むように」
と言われてアタシ達は戸惑った。1人余ってしまう。すると1人だけどこにも並んでいなかったシルベスターがこう言った。
「先生、ボクはどこでもOKなんで余った人が居る所に入りましょうか?」
「あぁ、君は四属性持ちだったな。そうしてくれると助かる」
そう、さすが魔道騎士団長の息子というべきか、彼はこの年齢で既に四属性全て扱える天才と呼ばれているんだよね。そんな彼が向かった先は当然、余った1人が居る土属性になる訳で。
「ボクはシルベスター・ホプキンス。よろしくね~ 君、ボクとペア組もうよ」
「あ、はい。よろしくお願いします。ミナ・バートレットです」
「ふ~ん、君がミナ・バートレット? ハハッ噂には聞いてたけど本当にお子ちゃまなんだな~ 怪我しない内にお家帰った方がいいんじゃな~い? 泣いちゃっても知らないよ~?」
なんかいきなり初対面で毒吐かれてんですけど!? なんで!?
「それじゃペアを組んだ者同士で交互に攻撃と防御の魔法を撃ち合うように。ただしくれぐれも怪我の無いように相手の力量を把握しながら行うこと。では始めっ!」
戸惑うアタシを他所に教師の指示は続く。それにシルベスターが応える。
「じゃ始めようか。まずボクから攻撃するね」
その言葉と同時にいきなり地面に地割れが走る。アタシの元に真っ直ぐ進んで来る。アタシは慌てて防御の為の土壁を構築した。地割れが土壁にぶつかる。クッ! キツイ! でも何とか耐えた。
「へぇ~ なかなかやるじゃん。でも次はどうかな~?」
そう言って嫌らしく嗤ったシルベスターが次の攻撃に移る。今度は土の中から大人の太腿くらいありそうな植物の根が襲って来る。それも何本も。アタシは土壁を更に強化して対抗しようとしたけど、根は土壁の高さを越えて迫って来る。
どうしよう! そうだ! ドームみたいに周りを全て土壁で覆えば! 咄嗟に頭に浮かんだのは、前世のTVで見た雪国のかまくらだった。集中して! イメージして!
気付くとアタシを中心に半円形のドームが完成していた。頭の上まですっぽり覆っている。よし、上手くいった! これで全方向からの攻撃に対処できる。アタシがホッと胸を撫で下ろしていると、焦ったようなシルベスターの声が聞こえて来た。
「クソッ! なんだよこれ! ボクの攻撃が効かないなんて有り得ないだろ!」
シルベスターは何度も攻撃を仕掛けて来るが、アタシの土壁を破れず苛立っているようだ。アタシも余裕がある訳じゃない。必死で耐えてる。魔力が持つかな...
「クソックソッ! お前目障りなんだよっ! 学年首席ってだけでもムカつくのに、更に癒し系だとかどこまであざといんだよっ! ボクより注目されてチヤホヤされていい気になるなよっ!」
なんだそれっ!? 嫉妬か? 理不尽か? お子ちゃまはどっちだよっ!? って突っ込みたいけどアタシにも余裕が無い。こんなのがアタシのイチオシだったと思うと腹立たしくなるが、今はそれ所じゃない。なんとかこの攻撃を耐え切らないと...って思ってたら、攻撃が止んだ?
「もういいっ! これで吹き飛ばしてやるっ! ボクを怒らせたことを後悔するんだなっ!」
はぁ? なんじゃそれっ!? 火属性の上級魔法!? そんなの撃って殺す気かっ!? コイツこんな危ない奴だった!? あぁ、ヤバいヤバいヤバいぃぃぃっ!
「止めろっ!」
「うわぁぁぁっ!」
エリオット!? 水魔法で相殺してくれた!? ってか逆に押し込んだ!? シルベスターずぶ濡れになってるよ! 凄いな!
「バートレット嬢、大丈夫か? 怪我はないか?」
「あ、うん、大丈夫。助けてくれてありがとう」
いや~ ホント死ぬかと思ったよ~
「だ、誰だお前っ! よくもボクをこんな目にっ!」
「女性に危害を加えようとする者に名乗る名などないな」
か、カッコイイ~ 前世でのイチオシはエリオットにするべきだったかな!
「な、なにを~!?」
「シルベスター・ホプキンス! 貴様何をやってる!」
「せ、先生!? あのこれはですね...」
「問答無用っ! こっちに来いっ! みんな、今日の授業はここまでとする。それぞれの教室に戻れ。貴様は俺と一緒に来るんだっ!」
「ひぇぇぇっ!」
シルベスターはドナドナされて行きましたとさ...
「災難だったな...」
「全くね...ところでさ、あんなにタイミング良く助けに来てくれたのはどうして?」
「評判の悪い奴だったからな。自分には魔法の才能があるからと鼻にかけて。そんな奴がバートレット嬢をペアに指名した時、なにか嫌な予感がしたから注意してたんだ」
「そうだったんだね...ホントにありがとう」
「バートレット嬢には借りがあるからな」
「...ミナでいいよ」
「...分かった、ミナ。僕のことはエリオットと」
「うん、エリオット」
後日聞いた所によると、シルベスターは一ヶ月の停学処分と懲罰の為の奉仕活動を課せられたそうな。
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