オタクのお宅

維 黎

第1話

ところてん: ――彼女が欲しい


 カタカタとキーボードを打つ音と共に、画面左下のチャットログ欄に文字がつづられる。


テンドロビウム: ――ちょ、なに急に!? この忙しい時にッ!


 忙しいという割にはレスポンスの反応は即座だった。文面とは裏腹に余裕が感じ取れるのは、長年――といっても一年ほどだが――の付き合いからくるものだろうか。

 画面の大部分を占めるのは巨体の魔物――否。魔神と呼ばれる異形。

 下半身は何本ものウネウネとした触手がうねり、上半身には阿修羅像のような六本の腕があり、それぞれに剣や槍、杖や鎌などを手にしている。

 顔は三面ではなく一つだが、その表情は邪悪に満ちた悪鬼のかお

 炎の魔神アグニーヤ。

 このIDインスタンスダンジョン《煉獄の大地》の最終強敵ラスボスだ。


ところてん: 急にというか……。ほら、ここんところずっと部屋にいる 

       からさぁ。そんでもって起きている間、食事、トイレ、風

       呂、睡眠以外はほとんど《ソーマ》やってるし。なんかこ  

       う――人恋しくなる――


テンドロビウム: リア充は死ねばいい

 

 食い気味なレス。


ところてん: ――テンドロさ~ん、今日はご機嫌斜めかな? 


テンドロビウム: そんなことないけど……。ところっちが急に変なこと

         言い出すから


ところてん: あー、特に他意はないんだ、うん。とりあえずごめん   

       


テンドロビウム: ――別に謝るほどのことでもないけど


 しばらく無言になり画面――ゲームに集中する。


(他意は――ホントはあったりするんだけどね)


 心の中で想うだけで、ところてんはチャットにはしない。



 

 一年の大半を全国出張営業で飛び回り、大半はビジネスホテルやネカフェなどで日々を過ごしているので、自宅であるワンルームマンションに帰るのはトータルで二か月あるかないか。

 この説明だけを聞くとブラックな企業での社畜生活のように聞こえるが、ところてんにとっては案外快適だったりする。

 毎週のように日本中あちこち移動しているが、自由になる時間も多く、午前中は丸まる空いてるとか、夕方早い時間に一日の営業は終了といったことも多い。

 そして何より給料もそこそこ良い。休日だろうと空き時間だろうと、ほぼほぼネトゲをしているところてんにとっては支障はない職場だった。


 そんな生活から一転。

 世間は不要不急の外出自粛ムードとなり、外へ出るのはなかなかに肩身の狭い思いをするご時世。自宅でのリモートワーク。得意先、取引先へのあいさつ回りも画面越しで済ませるようになって久しい。もちろん、まったく出勤しないということもないが、ほとんど在宅で済ませてしまう。

 必然、以前よりも仕事量も給料も減り自宅で時間を持て余すこととなり、ネトゲに耽溺たんできしてしうまう。

 フルアクションMMORPGソード&マジック。通称ソーマと呼ばれるネットゲームに自粛生活以前からハマって五年ほどたつだろうか。


テンドロビウム: ところっち! 反応鈍いよッ!! 回転上げてこ!

         時間ギリギリかも!


ところてん: あ、うん、ごめん! 敵意集中ヘイトよろしく!!


 《煉獄の大地》は六人の仲間パーティ推奨の周回系IDだ。制限時間は60分。クリアすれば超超超低確率で激レア《神魔の武器》がドロップする。近接武器と遠隔武器が一つづず。

 この《神魔の武器》は各サーバーに近接五本、遠隔五本の計十本しか存在しない。

 ソーマではサーバー間移動は出来ないので、実質ゲーム世界に十人しか持てない武器となる。

 基本性能は能力解放で基本ステータスの能力値すべてが30秒の間、10倍になるという壊れ武器である。CTリキャストタイムは60秒。

 PVPたいじんせんでは使用できないが、PVEモンスターせんでは非常に強力で、強力過ぎるが故に所有期間は三か月間のみである。

 三か月が経過すると自動的に削除され《煉獄の大地》のドロップリストに再登録されたことが、システムメッセージや公式HPに告知される。

 数日前に近接武器、遠隔武器が一つずつドロップリストされたことが告知されたばかりだ。

 六人パーティーでも超難易度IDであり、五人でクリアすれば神扱いの《煉獄の大地》をところてんとテンドロビウムは


 ニ、三年ほど前にえげつないほどうまい双剣使いの剣闘士バトルファイターがいるという噂が立ち、実際に会ってパーティーを組んでみて噂が

 それが彼女――テンドロビウムだった。

 知り合って一年ほど。多少のプライベートな話もする仲にもなったので、体感からネカマではないと確信している。ちなみにVCボイスチャットは恥ずかしいのでしていないとのこと。


 画面越しではアグニーヤの触手攻撃がテンドロビウム一人に集中していた。その触手攻撃はじっと見ているだけで目がチカチカするような連続攻撃で、無理ゲ―と評される弾幕シューティングゲーム《雷光》の弾幕に引けを取らない攻撃だった。

 その攻撃を避けながら、時には双剣で捌いていくその技量はまさに神技。

 一度手元を映してもらったが、


(キーボードを動く指がマジで霞んで見えたものなぁ)


 高速で動く指は熟練のピアニストを彷彿とさせる。


テンドロビウム: ……ねぇ、ところっち。


 普通なら蘇生攻撃ゾンビアタックを繰り返して攻略する戦況で、チャットログが表示される。

 どんな反射神経と運動神経をしているんだと内心でため息をしつつ、ところてんは返事をする。


ところてん: ――ん? なに? テンドロさん


テンドロビウム: 彼女が出来たら――ソーマ休止しちゃうの?


 一瞬、攻撃の手を止めてから安置あんちに退避しつつ返信する。キャラ操作しながらチャットを打つなんて神業、ところてんには無理な話だった。


ところてん: いや、たぶん止めないというか。一緒にソーマを遊んでく 

       れる彼女がいいなぁ……なんて


テンドロビウム: ソーマってマイナーとは思わないけど、私の周りにソーマやってる人っていないし。結構難しいんじゃないかな?


ところてん: だよねぇ


(順番としてはリアルで彼女作ってから、ソーマに誘うって形が現実的だけど、今までも彼女が出来る雰囲気なかったのに、政府公認の引きこもり生活を送っている今だと《煉獄の大地》並みに難易度が高いかも)


とろこてん: テンドロさんは、彼氏ほしくないの?


 ところてんは内心ドキドキしながら訊いてみる。

 以前に彼氏はいないということは聞いていたけど、実際には彼氏が欲しいのかどうかが気になるところだ。


テンドロビウム: 私も一緒にソーマをしてくれる彼氏なら欲しい……か

         な


 チャットログを見てところてんは意外に思う。


(リア充は死ねとか言ってたし。てっきり興味ないのかと)


テンドロビウム: でも、さっきも言ったけどまわりにソーマをしている

         人っていないから。フレンドでも近くに住んでいそう 

         な人もいないし


 ネットゲームに限らず、動画配信などでも個人情報、特に住所などを知らせるのは論外なことではあるが、都道府県くらいは気にしないという人も結構な数がいるのは確かだ。

 ちなみにところてんもテンドロビウムも、お互いどこに住んでいるかは知らない。


ところてん: 僕のフレンドに隣の県の人はいるけど男だし。テンドロさ

       んが近くにいればなぁ……なんて言ってみたりw


 草を生やして『冗談ですよ~』アピールをしつつ、結構本気も交じっていたりして、またしてもドキドキするところてん。

 ネットやネットゲームに疎い人には信じがたいことかもしれないが、画面越しで文字だけの会話であっても、相手に対して恋愛感情とも言って良い好意が生まれるのは、さして珍しいことではない。


 ところてんのチャットに対してテンドロビウムのレスは返ってこなかったが、彼女が操るキャラクターの挙動が乱れアグニーヤの攻撃を何発か喰らってしまう。


ところてん: テンドロさん!


 ところてんは慌ててフォローに入り回復呪文をかけようとする。


テンドロビウム: 大丈夫! それより、あと一撃!!


 瞬時に理解したところてんは、回復呪文をキャンセルし攻撃魔法に切り替えた。

 頭部急所攻撃ヘッドショット

 攻撃は命中し、アグニーヤが天を仰ぐように停止すると、クリスタルが砕けるような破裂音を発してキラキラと結晶化して霧散していく。そして、アグニーヤがいた場所には赤みがかった金の宝箱と、青みがかった銀の宝箱が現れている。


 超超超低確率――巷では一万回に一回くらいじゃないかという皮肉を運営に込めた『煉獄の大地に頑張って挑万回いどまんかい』という言葉が定着していた。

 それが今、目の前にある。

 神魔の武器。

 ところてんは初めてその宝箱を見た。その瞬間――


「「出たぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」」


 という自分の叫び声と同時に、隣の部屋から女性の叫び声も耳にする。


「――!?」


 何だか奇妙な偶然に驚いて、ところてんはテンドロビウムに報告する。


ところてん: 今、ちょっと嬉しすぎて「出たぁ」って叫んだら、何だか

       知らないけど同じタイミングで隣の部屋からも「出たぁ」

       って聞こえてw ハモっちゃったんだけど! すっごい偶 

       然!!w


 形容しがたい興奮に包まれながら、ところてんはテンドロビウムのレスを待っていたがすぐには返信が来なかった。

 数分が経過した頃。


テンドロビウム: ……私の隣の部屋からも「出たぁ」って聞こえてきた       

         んだけど(汗


ところてん: え? 何それ? どういうこと? え? もしかして……


 テンドロビウムからのレスはなかった。

 ところてんはしばらく隣の部屋との壁を見つめていたが。

 おもむろに立ち上がり、ゆっくりとした足取りで玄関へと向かい、慎重にドアノブを回す。

 少しだけドアを開けて部屋の外の廊下へと顔を出してみる。


 すると、隣の部屋のドアがガチャリと開いて――



                   ――了――

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