おうち時間の達人に問う

いちご

お家時間の達人に問う


「おい。聞いてんのか」


 画面にくぎ付けになってゲームしている私のヘッドホンが後ろへと外され剥き出しになった耳に低い声が流れ込む。

 激しい撃ち合いをしていた銃声と軽快な音楽が消えて否応なしに現実へと連れ戻された。


「聞いてるわけないでしょうが!私は世界中のPLと命のやり取りに忙しいんですけどぉ?」

「授業も受けに来ずゲーム三昧とはいい度胸だな。誰がお前の代返してると思ってんだ」

「圭佑(けいすけ)」


 誰がと聞かれたので目の前にいる男の鼻先にひとさし指を突き付ける。むぅっとした顔でその手を叩かれた。


「で?なんの用?」

「お前を連れて来いって教授命令。レポート提出遅れてるとさ」

「げ」


 寝食を捨ててネトゲに入れ込んでいる私にとって現実とは苦痛の連続。まさに地獄。レポートをやる暇などあるわけもないし、そもそもそんな課題があったことすら記憶にもない。


「この私を家から出そうなんてどこの悪魔よ」

「知らん。文句は教授に言え」

「そもそもなんであんたは私の部屋にいる?」

「おばさんが上げてくれたからだな」


 勝手にゲームを終了させた挙句パソコンを落とす圭佑をじろりと睨む。こいつは平気でこういうことをするのだ。


「くっそ!母親の癖に娘を売りやがったか。幼馴染でも親戚でもない、高校でたまたま同じクラスになっただけの男を普通家に入れるか!?」

「文句はおばさんに言え」

「……覚えてろよ」


 あの母親に異議申し立てをしたところで通るわけがないのは十九年間一緒に暮らして痛感している最も残念な事実である。


「いいからさっさと支度しろ。一限目が始まる」

「はぁ!?あんた私に太陽の光を浴びさせるつもりなの!?朝イチで!?」

「うるさい。できないなら俺がやってやろうか」

「なにをよ」

「支度。ほらバンザイ」

「ん?」


 言われたとおりに両手を上げたら毛玉だらけのトレーナーがあっという間に目の前を通り過ぎて行った。


「は?」


 なにが起きたのか理解するより早く次は春らしい若草色のニットがしゅっと上から下へ移動していた。まるでゲーム内で装備が入れ替わるかのような見事な手際の良さだ。


「マジか」

「ほら立て」

「マジか!?」


 さすがに下はまずいので丁寧にお断りして自分でデニムを穿く。その間にも圭佑は授業で使う教科書を全部そろえてリュックに入れていく。


 こいつどんだけ面倒見がいいんだ。


「ねぇ、行かなきゃダメかな」

「たりまえだろ」

「私学校に行くより引きこもってる方が向いていると思うんだよね」

「そうだな」

「でしょ?」


 高校だって出席日数ギリギリでなんとか卒業した私がゆるゆるの大学に真面目に通うわけがない。大学に進学したのだってもう少し遊んでいたいって理由だし。


「なので行かずにゲームしてます」

「アホか」

「なにおう」

「ゲームが悪いとは言わんが、他に楽しいことだってあるだろが」

「たとえば?」

「友だちと遊んだり、美味いもん食いに行ったり、買い物に行ったり、色々」

「あー!圭佑。あんたなにも分かってない。私はお家が好きなの。家で過ごす時間が一番好きなんですよ。外でやることに全然魅力を感じないわけですわ」


 私と違って友だちも多いし、アウトドアやらスポーツやらで体を動かすのが好きな圭佑ならそういうと思っていた。


 予想通りの答え。


「まあ私、お家時間の達人でありますから?」


 胸を張ってえっへんと偉そぶってみたけれど達人というには家にいる時間を満喫しているとは言い言い難たいんだけどね。食事も睡眠も入浴も楽しめてないんだから。リラックスしているというより脳内アドレナリンばっりばりマックスなわけだから常に興奮状態。


 まあ例にもれず今日もオールしてるので妙なテンションであるのは間違いない。


「ふぅん」

「なによ」

「お家時間の達人とやらに教えてもらおうかと思って」

「なにをよ」


 重いリュックを足元に置いて圭佑がぐっと身を寄せてきた。狭い部屋だから3歩も歩けばハグの距離だ。


「異性がふたりきりで部屋にいて楽しめること」

「は?」

「ほら早く教えろよ」

「それは」


 ごくりと唾液を飲んでゆっくりと深呼吸をする。


「そんなもん決まってる」

「へえ」

「ひとつしかないからね」


 見つめ合った視線がいつもより濃厚に交わっているのに気づいていたけど私はへらっとだらしなく笑う。


「対戦ゲームしかない。なんなら久しぶりに昔のハード出してリビングでやる?」

「…………お前らしいわ」


 くるりと背を向けて圭佑はまた三歩離れてリュックを掴む。それをこっちに差し出して「ゲームは今度だ。今日は学校」っていうから仕方がないなって諦めた。


 どちらにしても一限目には間に合わない。


 私に付き合ったせいで休むことになった授業の埋め合わせのために今日はおとなしく従おう。


「うわっ!眩しっ!目が!目がぁ!」

「うるさいから黙って歩け」

「だから、外へ出すな、と」

「じゃあ目、閉じてろ」


 閉じてちゃ歩けないじゃないかと文句を言う前に私の手は圭佑の手の中にあった。そのまま歩き出したので引かれるまま学校へと向かう私たちは他の人から見たらどんなふうに見えているんだろう。


 まあいっか。


 今日をやり過ごせばまた引きこもり生活が私を待っているのだ。


 だから大丈夫。

 きっと平気だ。


 ああ、もう。だから外へ出るのはイヤなんだ。

 生々しくて痛い。


 そして心地がいいから。


 圭佑め。


「覚えてろよ」


 毒づいた言葉に返事はない。

 私はなんだかなぁって浮ついた頭でただ楽しそうな圭佑の鼻歌が聞いていた。











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