喫茶 名画座

光河克実

第1話 ワイルドバンチ

(1)

 会社へ行くつもりで電車に乗ったが気が変わった。次の駅で降りちまおう。会社にはなんて言う?まぁ、いいや。後でゆっくり考えよう。

駅に止まり俺は満員の車内から外に飛び出した。体が自由になり開放的な気分になった。降りた客の流れに乗ってホームを歩き、改札に繋がる階段を昇る。初めて降りた駅なので、新鮮な景色だった。改札口を抜け、東口と西口のどちらにかに行こうか一瞬迷ったが、適当に右側、東口を選んだ。大きな広場に出ると待ち合わせに丁度いいような時計台があり、その先に大型商業施設に繋がる通路があった。まだ時間が早いので開いてはいない。広場の左右に階段があり、今度は左を選んで降りる。下はターミナルになっていて循環バスの停留所とタクシー乗り場があった。

駅を背にぶらぶらと歩く。しばらくスーパーやコンビニなどが並んだ賑やかな町並みが続いた。どこにでもある風景だ。多くの人が、駅を目指しており俺の横を通り過ぎていく。俺だけが違っている気がして、それはそれで高揚した。


 暫く歩いていると風景が変わった。住宅やマンション、アパート等この周辺の住民の生活圏に行きついた。

公園を見つけたので、そこに入りベンチで一息ついた。久しぶりに青空を見た気がした。少しボーッとして時間をつぶす。スマホを見ると九時近かった。

会社に電話をした。

「すみません。会社に向かっていたんですが急に実家からLINEが入りまして、どうも母が倒れて意識がないようなんです。今、病院に向かっていまして。

ええ。私、特に急ぎの仕事はありませんし、引き継ぐこともありませんから。今日は有給取らせてください。」

嘘の言い訳の電話を切った後、自分の言ったことを嚙み締めた。今、俺が携わっている仕事に重要性はなく、俺がいなくても会社にとって何の問題もない。認めたくないがこれだけは嘘ではない。実際そうなのだ。なぜなら俺は営業の第一線から外され営業事務の補助という閑職に廻されたのだから。


(2)

 ブラブラとあてもなく歩き回っているうちに町並みが賑やかになってきた。どうやら近くに駅があるらしい。おそらく私鉄沿線に出たのだ。日が高くなっており昼が近いと感じた。スマホの時計を見ると12時を過ぎている。随分と歩き回ったものだ。さほど食欲はなかったが休みたかったし、落ち着いてコーヒーだけは飲みたいと思ったので喫茶店を捜した。すると程なく商店街の一角に古めかしい佇まいの店を見つけた。おそらくは昭和の頃から営業していただろうと思われる。学生時代によく入り浸った懐かしい店。そんな感じだ。店の名は“軽食喫茶 名画座”。入口の前にこれまた年季の入ったコーラの瓶が描かれた立て看板があり本日のランチメニューがチョークで書かれている。

ナポリタンセット800円 サラダ、コーヒー付というメニューに心惹かれた。この手の喫茶店のナポリタンスパゲッティなんてここ数十年食ったことがない。それこそ学生時代の思い出のメニューだ。

(おや?)と思った。店に入ろうとした時に、おそらくはかつてメニューの食品サンプルが飾られていただろうショーケースの中に映画のスチール写真と古めかしい映画のチラシが貼られている。そして“本日上映 ワイルドバンチ”と書かれたPOPが貼られていた。よく見るとチラシにも「ワイルドバンチ 監督サム・ペキンパー」の文字。スチール写真にもウィリアム・ホールデンやアーネスト・ボーグナインの勇姿が映っており明らかに映画「ワイルドバンチ」

のものだった。観たことはないが、古い西部劇映画だということは知っている。

(“名画座”って本当の映画館じゃないよな?)恐る恐るドアを開けるとカランと音がした。薄暗い店内はウナギの寝床のように細長く奥に続いている。少し歩くと急に視界が広がり店内が見渡せた。カウンターとその前に席が4つ。低いテーブルが3つほどあり、その周りをボックスシートが囲んでいる。バーかスナックの様な作りだ。変わっているのは奥の壁にスクリーンが貼られており、プロジェクターが天井に設置されている事だ。

「いらっしゃいませ。」

カウンターの中にいる初老の男性が挨拶をした。マスターらしかった。席はほとんど埋まっていた。マスターと同年代の人達のなかにチラホラ若い人も見受けられた。見ず知らずの人と相席になりたくないと思い、カウンターの空いている席に腰を下ろした。

「こちらオシボリとメニューです。」

「どうも。」

「あの、今から映画やるんですか?“ワイルドバンチ”?」

「ええ。13時からなんで後20分ぐらいですね。」

「映画の料金って別に払うんですか?」

「いえ。映画はお店が勝手に映しているだけで見ようが見まいがお客さんの自由。お代は頂きません。飲食代だけです。」

あぁ。なるほど。別に配給会社等々に許可を得ているわけではないのか。上映目的じゃないってことね。ハイハイ。でも皆、観に来ているんだよね。そう納得してナポリタンセットとハイネケンビールを注文した。隣の席の男がビールの小瓶をラッパ飲みしているのがやけに美味そうに見えたのだ。

程なくしてビールがきたのでラッパ飲みする。ズーっと歩きっぱなしで喉がカラカラだったので染み入る美味さだった。会社をさぼっているというのも美味さの要因だろう。

「こちらセットのサラダです。」

「どうも。それにしても昼間から盛況ですね。皆さん、常連さんですか?」

「ええ。近所の映画好きが集まってきていますね。」

「皆さん、もう仕事はリタイヤされた方でしょうね。」

「と、思います。後は休日か自営業で時間の都合のつく方とか。・・・」

「ふ~ん。自宅でDVDや配信で映画を観られる時代にあえて名画座スタイルとは面白いですね。」

「まぁ、映画好きが集まって上映後に感想を語り合ったりしてね。そこが楽しいんですよ。」

「なるほど。私も学生時代は友人と結構、名画座で二本立て、三本立てとか観に行ったし、その後、喫茶店でいろいろ話した事ありましたよ。懐かしいなぁ。」

「私もです。今、この様な店をやっているのも、その頃の影響でしょう。」

そう言って白髪の紳士は笑い出来上がったナポリタンをカウンターに置いた。


(3)

(これこれ、まさに青春の味だね。鉄板のステーキ皿というのがまたいいんだ。)

予想通りのナポリタンの味を堪能しつつビールを追加注文していると店内が暗くなりビーッと音が鳴った。上映の合図も昭和の名画座らしい。客の話し声が小さくなり、俺もできるだけ音を立てないように注意しながら食べ終えた。


 ドラマは今観ても充分迫力があった。凄惨な暴力描写が“売り”のサム・ペキンパーらしくのっけからマシンガンによる住民皆殺しで圧倒される。

「人間誰しも暴力性、野性といったものを持っているんだ。理性でそれを抑えているだけさ。スポーツや酒だけじゃ発散できまい?だったら、この俺が観客の抑制された本能を開放してやろうじゃないか。」

ペキンパーがそう言っているような気がした。酷いと思いながらも興奮して目を離せない自分がいた。しかし、この映画はそれだけではない。これは時代について行けなくなった西部の男たちの詩だ。挽歌だ。時代にあらがうように巨大な敵に向かっていく男たち。古臭い言い方をすれば“男のロマン”というやつだ。そして凄絶な戦い。呆然とするラスト。


 エンドマークと共に拍手が起き、俺も手を叩いた。

「どうです?面白かったでしょう。」

マスターが話しかけてきた。

「ええ。良かったです。ペキンパーというと残酷なイメージで敬遠していましたが食わず嫌いでした。」

すると横の男も話に加わってきた。

「今観るとウィリアム・ホールデンが主役でいいね。」

「リー・マーヴンが出れなくて変わったらしいけど、ホールデンは既に落ち目でね。時代について行けなくなりつつあったから丁度良かったんですよ。」

とマスターが言うと男もうなずいた。

「そういう裏話、面白いですね。」

「そう。ここに来るとマスターをはじめ、映画に詳しい人がいるから、いろいろ聞けて楽しいわけよ」。

と男が笑った。その後、いろいろな人が話に加わり映画談義に花が咲いた。

「そういえば、ペキンパーが来日した時に川谷拓三が酔っ払ってからんだらしいですよ。“深作欣二と勝負せぇ!”とか言って。」

「ムチャクチャですね。」

「あの頃の映画人って逸話が多いです。」

「でも、ペキンパーと深作欣二はどちらも凄いね。」

「今はタランティーノも入ります。」

「今度その三人の監督の特集をプログラムにしようかな。」

とマスターが最後に言った。

「いいですね。それ。」

「絶対、観に行きます。」


 楽しいひと時を過ごし俺は店を出た。すでに日が落ちかけており、その夕景が「ワイルドバンチ」を観た余韻をさらに醸成させた。

(そうだ。そうなのだ。俺は間違っていない。いくら、お得意先からの依頼とはいえ、これ以上、下請けを犠牲にできない。うちが身銭を切るか、はっきりお断りするかだ。明日、もう一度上司に掛け合ってやる。その上司でらちが明かなきゃそのまた上司、なんなら社長に文句を言ってやる。会社を辞めるのはそれからだ。)

そう思い俺は駅に向かった。たぶん俺の背中には死地に向かう男の哀愁が漂っていたに違いない。


                             THE END


「ワイルドバンチ」1969年アメリカ 

製作 フィル・フェルドマン

監督 サム・ペキンパー

出演 ウィリアム・ホールデン

   ロバート・ライアン

   アーネスト・ボーグナイン

   エドモンド・オブライエン

   ウォーレン・オーツ

   ベン・ジヨンソン


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