それくらいで?

高山小石

それくらいで?

 家に籠もるよう世界的に言われるようになった。

 ニュースでは「ストレスが」「学業が」「経済が」と大騒ぎだ。


 でも、そんなの、10年前からその状態にある私にとっては「なにをいまさら」って思ってしまう。


 むしろ、みんなが外に出られなくなって、出られない人の気持ちがわかって良かったんじゃない? とすら考えてしまう。

 ああ、でもそんな簡単にわからないだろうから、もっと長引けばいいのに、とさえ。


 「どうして家から出られないんだ」なんて、さも心配しているフリして聞かないでほしい。思い当たるような出来事を話せば、「それくらいで」ってこたえるくせに。


 みんなが家で過ごさなくてはならない状況になってからは、今までできてた当たり前のことができなくなったと嘆いているけれど、そんな当たり前、私にはとっくの昔からなかったよ。


 だから今回のことは、みんなが言う「それくらい」なことが積み重なってカタチになったんじゃないのって夢想してしまう。


 私みたいに、どうしようもない状況にいる人たちの想いが、カタチをもったんじゃないのかなぁって。もやもやした黒い気持ちがカタチをとったらこんな風になるのかなって。


 だって、どうしようもない状況にいる人たちは表に出ないだけで無数にいる。

 飢餓に苦しむ人や、圧政にあえぐ人に比べたら、私なんかは全然たいしたことないし、恵まれているよって言われるけどね。

 それを言われたところで、しんどさが減るわけでもないのに。それと比べて自分はマシだって思えってことなのかな。


 目に入っていても、他人のどうしようもない状況を無視できる人たちや、「それくらいで」って思う人たちは、自分達の日常を取り戻すためなら、どうしようもない状況の人たちの特効薬を開発してくれるのかな?

 それとも、全然あさってな方法をとるのかな?

 今まで通り、なんにもしないのかな?

 お得意の「愛があればすべて救われる」って言うのかな?

 

 今こそ、愛ですべてを救ってみせてよ。


 なにがあっても「お前が悪いから相手がそうなるんだ」って言葉を、そっくりそのまま実行してよ。


 物語ならどんな状況もハッピーエンドにできる。

 なら、どれだけ頑張っても変えられない日常を何年も続けて、打ちのめされて、絶望して、それでもまだ尊い愛を叫んでみせてよ。


 もちろん、できる人はいると思うけど、できない人だっているんだよ。

 

 愛を信じられなくなった人は、こっち側になる。

 こっち側になったら、黒いもやもやを作る方になってしまう。

 

 そんなときこそ、ぜひ実行してみせてよ。

 自分が疲れ切っている時でも、黒く染まった相手を癒やすのが、みんなが言う「それくらい」に負けない人たちなんでしょう?


 どれだけ気を配っても、全然変化がなくても、続けるのが本当の愛なんでしょう?

 返ってこない愛を注ぎ続けない自分が悪いんでしょう?

 

 10年後までこの状況が続いて、みんなが愛をもって生活できていたら、私も愛を信じられるかもしれない。


 でも、もう、私が見たいのは、そんな世界じゃないんだよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

それくらいで? 高山小石 @takayama_koishi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ