アナゴ君とフグくんのおうち時間

明石竜 

第1話

「やぁ~、フグ君。今日も相変わらずあまり人が来ないねぇ~」

 2021年3月のある日のことである。

 昨年春の緊急事態宣言下では長期休館になり、同年6月以降は

入館人数制限と徹底した感染防止対策をとりながら再開した、とある水族館にて

展示されているアナゴ君は向かいの水槽にいるフグ君に話しかけた。

「あれからもう一年近く経つのにね。人間が新型コロナウイルス感染防止のための

緊急事態宣言っていうのを出してから。あれが解除されてからも9か月以上経つかな。

あの時ほどの緊迫感じゃないけど、最近また緊急事態宣言っていうのが出されて解除が延期、

延期ってなって未だ緊急事態再宣言下ってことも影響してるよね」

「遠足やら修学旅行やら、社会科見学やらツアー旅行やらで、平日でも毎日子ども達や家族連れ、

団体旅行客、カップル、なにより外国人観光客なんかが途切れることなく訪れていた日々が懐かしいよ」

「ボクもだよ、アナゴ君。早くそんな賑やかな日常が戻って来ることを願うよ」

「政府が不要不急の外出自粛をして、自分ちで過ごす”おうち時間”っていうのを推奨してるみたいだからねぇ~。

僕達を見に来てくれるのはとっても嬉しいんだけど、おうち時間に反する行為にもなるから、

複雑な気分になるよ」

「確かにね」

「僕達は飼育員さんのおかげで、コロナ前からずっとここでおうち時間を快適に過ごしてるけど、

人間はそうもいかないんだろうねぇ~」

「人間の方々にもおうち時間を楽しく過ごせる方法かぁ。ボクやアナゴ君のような

水族館の生き物たちを自宅で飼って、鑑賞することくらいしか思いつかないなぁ」

「いいアイディアだけど、生き物によっては難しいかもね。専門的な飼育員さんでさえ

日々大変な思いをしてるし。僕達を料理して、美味しく食べてもらうのもいいかも。

まあ、僕自身が人間の食材になるのは絶対嫌だけどね」

「ボクも同じ意見だよ。フグって人間の間では高級魚として有名な料亭にも出されるくらいの

ものらしいよ。アナゴ君も寿司や蒲焼、天ぷらなんかとしてボク達フグよりもお手軽な値段で

調理されて庶民の間でも日常的に美味しく食べられてるらしい」

「複雑な気分だな。フグ君の発言、毒気があるなぁ」

 アナゴ君は苦笑いする。

「まあ、ボクは毒持ちだからね。ボク一人で人を何人も殺せちゃうくらいの。

だからボクを調理するには専門の資格がいるみたいだよ」

「フグ君の調理の敷居が高いの、ちょっと羨ましい気もするよ」

 アナゴ君とフグ君、こんな風に人間とあまり会えなくなった寂しさを紛らわすように

他愛無い会話を日々弾ませるのだった。

(ただしその行為はたとえ人間に見られたとしても一切認識されない。)



(我ながらいい出来かも)

 2021年3月のある日、そんなお話を、磯野紫織という中学二年生の

女の子がおうち時間中に思いついた。

「紫織、創作もいいけど、ほどほどに。来年受験生なんだから、勉強もしっかり頑張らなきゃダメよ」

「はーいママ。一個上の先輩が行けなかった修学旅行、今年は行けるといいな」

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アナゴ君とフグくんのおうち時間 明石竜  @Akashiryu

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