第32話 シーカーの里へ①

 一方こちらはアルフィリース達。結局飛竜を使いダルカスの森の近くまで行くことになった。

 馬などを使ってフェンナを人目にさらすより余程良いのでは、とミランダが提案したのだ。幸いミリアザールが報酬に色をつけてくれたおかげで、金銭的には随分と余裕がある。五人で乗れる大型の竜も幸いなことに確保できたので、貸し竜屋が準備をしてくれているところだ。

 アルフィリースは祝勝会の席でのミリィの態度の変化をミランダにそれとなく問いただしたが、詳しくは教えてもらえなかった。どうやらアルネリア内ではそれなり以上に地位の高いシスターであり、有数の回復魔術の使い手であることはわかったのだが、ミランダが困ったような顔をして口ごもったので、アルフィリースもそれ以上の追及はできなかったのである。

 気を取り直したアルフィリースはその竜と早速コミュニケーションをとっている。というより、散々舐め回されていると言った方がいいかもしれない。もはや二度目にもなると慣れた面々には感動もないのだろうが、ニアとフェンナは目を丸くしてその光景を見ていた。


「そういえばニアってほとんど荷物ないね。戦う時はどうするのさ?」

「私は武器を使わん、素手でやる。まぁ戦場では手甲や、すね当てくらいは装備するがな。獣人は皆そんなものだ」

「素手って……危なくない?」

「武器の方が私には危ない。だいたい刃物は敵を斬れば欠ける、折れる。ましてや鎧を着た人間を二、三人も切れば、並の剣はダメになる。圧倒的な剣速を持って斬れば脂や血糊もつかないというが、そんな使い手は滅多にいまい」

「うーん、そうかも」


 アルベルトなら当てはまるかもしれないが、確かにあれほどの使い手はそうそういないだろうと、ミランダも納得する。


「でも、拳で相手を仕留めるのは難しいんじゃ?」

「いや、私は軍人だからな。戦争において、相手を一撃で仕留めることができればそれは良いが、むしろ重症にして、相手を戦闘不能に追い込む方が重要だ。明らかに死んだ者は見捨てられるが、瀕死の者は周囲の者が助けようとする。そうすれば一人を助けるのに五人の手を必要とする。そうすれば一撃で六人を撤退させるのと同じ効果を持つ」

「なるほど……」

「もっと言えば、戦場において一般の兵士はわざと切れ味の鈍い武器を使うこともあるだろう? 肥溜めの中に刃先を一日浸しておくと、即席の毒の剣の出来上がりだ。これで敵を傷つけるとほぼ確実に熱を出す。そうすれば敵陣に帰った後で、多くの者の手を煩わすだろう。我々が人間の軍隊によくやられた手だ。卑怯だが、理には適っている」

「そう言われればそうね……」


 ミランダも自分では経験豊富なつもりでいたが、良く考えれば自分は魔物相手の戦争に参加したことはあっても、人間同士の戦争には参加したことがほとんどない。ニアの話を聞いていると、人間同士の戦争の方が対魔物よりも残酷なのではないかと思えてきた。「う~ん、なるほど」とミランダが唸っていると、くいくいとフェンナがミランダの裾を引いてくる。


「あの~、アルフィリースさんを放っておいていいんですか……?」

「へ? そういえばアルフィどうなって……って、アルフィが半分くらい竜の口の中に収まってるんだけどー?」


 アルフィリースの上半身が竜の口の中にすっぽり収まり、小刻みな痙攣を繰り返していた。

 慌てて助けだすミランダ達。まさかの危機であった。


***


「もう、信じられない! 傷になったらどう責任とってくれるのよ!?」

「グ、グアッ!」

「ごまかそうったって、そうはいかないんだからね!」

「ググ……」


 そして既にダルカスに向かう空の上である。あの後アルフィを引っ張りだすのに一同はおおわらわだった。アルフィリースは酸欠で死にかけていたようで、綺麗なお城とお花畑が見えたと言っていた。

 竜にしてみればアルフィリースが気に入ったようで親愛の情を示す甘噛みだったのだろうが、大人数を乗せる馬五頭分大の竜の甘噛みである。犬や猫とはわけが違うのだ。それでもう竜に乗ってから二刻くらい、アルフィリースがぷりぷりと竜に文句を言っている、というわけだ。

 飼い慣らされた竜が人間に自ら好意を示すことなどあまりないはずなのだが、余程アルフィリースは竜と相性が良いようだ。そんなアルフィリースが不思議なのか、竜の背中に備え付けられた座席からフェンナがアルフィリースに声をかける。


「アルフィリースさん、竜と話せるんですか?」

「え? うん、言ってることはだいたいわかるよ。シーカーってわからないの? 人間とかより、よっぽど竜に近いと思うんだけど」

「森の属性を持つ樹竜とかならあるいは大丈夫かもしれませんが、アルフィリースさんは飛竜の言葉がわかるのですか?」


 フェンナが余計に不思議だといった顔をした。アルフィリースの方はさも当然のことのように話を続ける。


「飛竜の言葉がわかるようになったのは二日ほど前だよ? 以前私が住んでた山の近くに人間の言葉を話せる竜がいたから、その竜に竜言語を教えてもらったの。一応竜にも共通言語みたいなのがあるんだって。それがわかったら、後は種族による方言みたいなものだから、とりあえずコミュニケーションには困らないぞって言われたことはあるよ」

「それは初耳です。と、いうより人間の言葉を話すなら、相当に立派な竜では?」

「あー……言ってもいいかな? 名前はグウェンドルフだよ」

「し、真竜グウェンドルフ……」


その名前を聞いて、美少女が台無しなるほどフェンナがぽかーんとしたあと気絶しかけていた。事情を呑み込めないミランダがフェンナの袖を引く。


「ねぇ、それってすごい竜なのかい?」

「すごいもなにも、エルフの中ですら伝説に謳われるような竜です。存在しているとは伝えられていましたが、まさかその行動を耳にすることができるとは」

「そんなにすごかったの?」

「ええ、魔術の使い方をエルフに教えた竜とさえ言われます。元々魔術は竜が固有に使うものだったそうですから」


 その言葉にアルフィリースが反応した。書物でも確かにそうのような記載を見たことはあるが、自分でもそこまですごい竜と接していたとは思っていなかったらしい。


「う~ん。いっつも『グウェンおじちゃん』、あるいは呼び捨てにしていたから……よく頭の上に乗って遊んでたし。まずかったかな?」

「ふう……恐れ多くて、私にはとてもそのような真似はできません」


 気のせいか、アルフィリースはフェンナに尊敬の眼差しで見られているような印象を受けた。


「そういえばアルフィの小手って最初に見た時から傷一つないけど、まさかその竜にもらったとか言わないよね?」

「え、もらったよ? お守り代わりだって。師匠に加工、細工はしてもらってるけど」


 今度は全員のあいた口が塞がらない。そして全員でひそひそ話を始めた。


「(リサさ、あれって売ったらどのくらいすると思う?)」

「(通常の飛竜の爪や鱗の加工でも一万五千ペントくらいします。武器を一本仕上げるとなれば飼い竜の素材でも最低五万からかかります。ですがそれほどの竜なら間違いなく伝説の防具級の加護があるでしょうから、鑑定がついたら下手したら小さな町をまるごと一個買えるかもしれません。リサならまず売ろうとすら思いませんが)」

「(私に譲って欲しいくらいだ。上位竜ですら百年は欠けも錆びもしないと言われる防具だぞ? 魔術耐性を持つとも言われるし。そもそも真竜の爪や鱗を加工できるとは、その師匠とは何者だ?)」

「(というか、持ってるだけでも相当な加護があると思いますけど)」


 全員が陰でひそひそと話すのをそっちのけに、まだアルフィリースは竜の背中を叩きなら文句を言っている。


「(アタシはすごい子と友達になったんだろうか?)」


 ミランダが腕組みをして考え込むのも、無理はなかった。


***


 今回はさすがに一日で行けるような距離ではないので、一行は途中で野宿をした。町に泊らなかったのは、これほど大きな竜を休ませる設備が町の中に滅多にないのと、やはりフェンナを気使ってのことだった。フェンナは申し訳なさそうにしていたが、別に一日程度の野宿に文句を言うような面々ではない。リサに至っては野宿など経験が無いらしく、興奮して珍しく饒舌になっていた。

 寝る前にニアに素手で稽古をつけてもらおうとアルフィリースやミランダは挑んでみたが、一歩踏み込もうとすると体が宙に飛んでいた。ニアいわく、初動が一番仕掛けやすいのだそうだ。


「だからというわけではないのだが、人間達がネコ族と呼ぶ我々は初動、瞬発力に優れた種属でな。特に二十歩までの動きならどの種にもひけをとらん。だから刀や武器を構えればそれだけ無駄が大きくなり、私達の長所が生かされないんだよ。わかるか?」

「確かに。それだけ目の前で速く動かれたら対応できないかも」

「まぁ逆に持久戦は苦手だし、腕力は人間のそれと大差ないがな。そこは技術で補うことにしている」

「そっか、ちなみにニアってグルーザルドでは隊長とかなの?」

「いいや、ただの平隊員だ」


 この強さで平隊員なら、どうやって人間は獣人と戦争をしていたのか。獣人と戦争するような時代に生まれなくて、心底よかったと思うアルフィリース達であった。


「フェンナは何か武芸ができるの?」

「私は主に土系統の魔術使いですが、私の魔術はちょっと特殊なので。武器でしたら弓ができます。武芸と呼べる腕前かどうかわかりませんが」

「じゃあこれ射ってみてよ」


 不意にミランダがククスの実をぽいっと空中に投げる。瞬間、フェンナは地面に置いていた弓矢を手に取り射かける。見事にククスの実を空中で射抜いた。


「充分すごいよね……」

「いえ、私は戦士ではありませんので……弓も人間の物ですし、精度がまだまだです。五十歩以内で誤差が指二本分も発生してしまいます」


 それは十分達人と、世間一般では言っても良いだろう。


「シーカーの弓を使えば百歩で誤差指一本分まではいけると思うのですが、私ではその程度です」

「いやいや。普通弓って、五十歩くらいしか殺傷能力ないはずだよ」

「シーカーの弓ですと、男性が射れば百二十歩までは殺傷能力が保てます。当てるだけなら二百歩は大丈夫ですが。以前誰が一番上手いか集落で比べた時に、二百歩先の的に当て続けて、一度でも外れたら失格にするルールでやったのですが、一刻経過して五人が当て続けたので、皆飽きて辞めてしまいました」

「ちなみに的の大きさは?」

「最初はククスの実から始めて、あまりにも皆外さないので、最後は親指の先くらいの木の実になりました」

「……シーカーともケンカできないわね、これは」


 アルフィリースの感想も尤もである。

 そして尽きない話をしながら夜は更けていく。リサがネコじゃらしでニアをからかっていたが、アルフィリースは放ってくことにした。まさか翌日、二人とも寝不足になるほど熱中したとは想像だにしなかったが。


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