呪印の女剣士
はーみっと
第1話 ~プロローグ~
「急げ、エフェラルセ。審議会に遅れるぞ!」
「待ってくださいよ、ツェーゲ先輩。そんなに急がなくても! ああ、資料が落ちる!」
丸眼鏡のエフェラルセ司書が手に持った長いスカートの裾に
「急ぐ必要があるのだ。今日から待ちに待った大論争が始まる。世界中が注目し、先の対戦の間接的な引き金となったかの魔王アルフィリースに関する定義と、資料の編纂がなされるのだ。この論争に参加する権利を勝ち取っただけでも、我が人生に価値ありよ! 貴様も大学を卒業したてでこの事業に関われる幸運を精霊に感謝しろよ?」
「私は机の上で勉強していたら、ただ一番で卒業したってだけで、誰も来ない図書館で司書をしてのんびり過ごすつもりだったのですが」
「その割には、随分と斬新な卒業論文だったじゃないか。確か、『魔術構成論理と交友関係から読み解く、只人たる英雄の視点』だったか? 今までにない視点で魔王アルフィリースを語っていて、斬新だったな。
「はぁ、恐縮です。先輩は確か、『魔王派』なんですよね?」
エフェラルセの丸眼鏡がきらりと光るが、ラーコンは意に介さずに足早のまま進んでいく。
「だとしたらなんだ?」
「いえ、確認しておきたかっただけです。私の考えでは、アルフィリースは普通の人間だと思っているので、審議会で我々の意見が対立したら大変じゃないですか?」
「ふん、普通の人間が何百年にもわたり、何百万もの人間を戦争に追いやり続けるかよ! ヘスペリデスの丘の墓標を見たか? 人間、エルフ、シーカー、蛮族、竜種、獣人などの
「『攻略戦』のことをおっしゃっているのでしたら、望んで参加した人の方が多いでしょうし、彼女の死後のことまで彼女の責任にするのはどうかと思いますよ。確かにアルフィリースの出現前後で世界はがらりと様相を変えましたが――そのあたりを話し合うのが今回の審議会ってことなのでしょうね」
「その通りだ」
改めて鼻息荒く応えるツェーゲ。階段を一段飛ばしで下りながら、速足で歩くのにエフェラルセは慌ててついていく。論戦には諸侯や貴族、さらには軍属などからも数多く来賓があり、また一般聴衆も参加可能であるから、警備は厳重になっている。一定の間隔で立つ警備兵が、順々にツェーゲとエフェラルセに敬礼をする。
「我々は栄えある役目、『
「寛大な心遣い、痛み入ります。しかし我々の意見の統一はしなくてもよろしいので?」
「構わん。吟遊詩人ギルドより、学者連合より、どんな亜人や王国の代表よりもアルフィリースに関して我々の情報量に勝るところはありえんさ。我々の発言が会議の顛末を決めると言っても過言ではない。我々の役目は独特の視点を提供すること。意見の統一ではない」
「なるほど……先輩、今更ながら緊張してきちゃいました」
「ふん、当たり前だ。世界中の諸侯が集結しているのだ。貴様、そんな寝起きのような恰好で大丈夫なのか? もう少し身なりに気を遣ったらどうだ。眼鏡もずれているし、三つ編みもほどけそうだぞ?」
「直前まで調べものをしていましたからね……まぁ私は会議で目立つのが仕事ではありませんし」
「なんだ、着飾ったら凄いなどとぬかすのではないだろうな?」
「先輩をころっと惚れさせる自信はあります」
エフェラルセの眼鏡が妖しく光ったので、ツェーゲは思わず笑ってしまった。
「それだけの冗談が会議前に言えるようなら、問題なかろう」
「いやー、割と自信あるんですけどねぇ?」
「では楽しみにしておいてやる。ちなみに私は妻帯者だがな。まずは目の前の会議だ、開門!」
首を傾げるエフェラルセを横目に、ツェーゲが手を上げると、議会の重々しい扉が開く。そこに居並ぶ世界中から集まった諸侯、学者、聴衆がこれから一人の人物の人生について語り合うのだ。
ある伝記では冷酷な烈女と称され、吟遊詩人は情け深く慈愛に満ちつつも勇猛な英雄と謳【うた】い、さる地方では偉大な王あるいは魔王と呼ばれ、各種専門書では賢者と讃【たた】えられる。語り伝える者達によって、多様な側面を見せる魔術士でもある女剣士。そして死後千年以上経ったも、世界に影響を与え続ける人物。
そう、世界を破滅させたといわれる、呪印の女剣士アルフィリースの人生について。
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