ベランダと駐輪場。

ちりとり

第1話 ど田舎者、上京への覚悟。

3月19日

今日は妻の24歳の誕生日。


お付き合したばかりの頃に行った思い出のあるイタリアンで乾杯。僕は運転役なのでノンアルコール。


プロポーズしたのはちょうど1年前だった。


あれから1年経つのか。早いなぁ。。


僕は妻の事が大好きです。

モテない僕を受け入れてくれた。

くだらない事でよく笑う。

仕事の愚痴はたまに言うけど一晩寝たら忘れちゃう。

本当に本当に大好きです。


しかし、僕は30歳にして葛藤していた。

妻は25歳までに子供が欲しい願望を持っている。


しかし、夫婦のお給料が合わせて28万円ほど。

それから色々引かれて生活費はふたりで18万円。


同県民でも知らない人が多い小さな港町。


今の生活費でも最低限はやりくりできる。しかし子供となると経済的に不安になる方が大きかった。



7月中旬。

時期にしては涼しかった。

海にキレイに太陽の光が反射されていて気持ちいいほどの青空だった。


朝、仕事の準備をしていた時に母親から着信があった。


「はい?どした?」

「えっうぇっ。。」


母親が電話越しで嗚咽している。

一体何があったんだろ??


母親が泣きながら言った。


「お父さん、船にいない。。うぇっうぅ。」


僕は意外と冷静だった。

とにかく状況を見てみないとわからない。


妻は僕の腕にしがみついてすすり泣いていた。


「とにかく落ち着こう。」

「、、、うん。」


仕事をお休みして漁師である父親の職場、港へと2人で向かった。


「お父さん大丈夫だって信じよう。。ね。」


アパートから港まで車で10分。

妻は正気でいようと必死。


港に着いた。


僕と妻が1番先に視線を向けたのは、僕の母親。

防波堤の先で、泣きじゃくって立ち上がれない母親。


僕はひとりで母の元に行った。

ただただ母の肩をさすりながら隣にいるだけ。

しかし、表面上は冷静を保っていたつもりだけど不安で不安でいっぱいだった。


父の兄弟や親戚、漁を終えた漁師仲間たちも集まっていた。


「タケオー‼︎」「タケオー‼︎」「返事せーい‼︎」


父の姉。僕にとってのおばちゃん。

おばちゃんも大泣きしながら、父の名を呼び叫んでいた。


遅れて、僕の妹も親戚の車で到着。

どうやら、腰を抜かしてしまい車を運転出来なかったらしい。


妻の姉も到着。

海に向かって「お父さーん!」と叫んでいた妻も姉を前に号泣していた。


「タケオー‼︎」

「どこ行ったんだタケオー‼︎」

「おめぇ、帰ってこいー‼︎」


しかし、海は返事をしてくれなかった。


僕が港に着いてからどれくらいだろう?

一隻の小船が遠くからこちらに向かってくる。


小船に2人乗っている。遠くからでもわかった。

もしかしてお父さん?


涙が枯れそうな母親も、少しは正気に戻った。


2人乗った小舟が近づいてくる。

近づく。近づく。


小船には実際、3人乗っていた。


漁師さん2人と、

頭に小さい傷が見あり、全身青ざめて身動ひとつしない父親。


僕も母も妻もおばちゃんも、一目でわかったと思う。


父タケオは61歳でこの世から去った。

溺死だった。


翌日の地元新聞は、

「50年のベテラン漁師がなぜ?」と父の死を報じていた。


それからは、葬儀で大忙し。

惜しむ暇すらなかった。


葬儀がひと段落して間もなく、会社の先輩夫婦と3人で食事をした。

先輩夫婦も3ヶ月前に息子さんが22歳の若さで急死している。

なので僕に気をかけてくれたんだと思う。


「葬儀忙しかったでしょう?」

「もうさ、悲しむ暇を与えないためだって思ったよ。」


息子さんの49日が過ぎて間もない時期だったけど、笑顔でそんな話をしてくれた。


そこで旦那さんの方から僕の気持ちを大きく揺さぶるお話しが。


「僕らさ、もう田舎から出ることにしたんだよ。海外で暮らす事に決めたんだ。」


「息子がさ、オヤジ、好きなことやれって背中を押してくれたような気がしてさ。」


その日の夜、ずーっとパソコンを見ていた。


このままでいいんだろうか。

このままでいいんだろうか。

妻やまだ見ぬ子供を幸せにできるんだろうか。


ひたすらGoogleで医療系の資格を検索していた。

経済的にちょっとでも余裕を持てて、家庭を運営できる資格。


学費と自分の学力や平均給与を考えて、リハビリ系の資格に行きついた。

この資格なら近くの病院でも雇ってくれる。


しかし、資格を取るのであれば3年間学校に通わないといけない。

アパートから通える位置に学校はなく、資格を取るためには田舎から離れないといけない。


しかし、妻は子供を切に欲しがっている。

貧乏でも幸せに暮らせると思っているに違いない。


僕も妻と一緒にいたい。

しかし妻は家族と仲が良く、田舎から離れる気はない。


そして妻に打ち明けた。

弱気なのは誰が見てもわかるトーンで。

「俺さ、学生になろうと思ってるんだ」


返事はわかってる。

「バカじゃないの!」の一言で片付けられるに決まっている。


しかし、僕の予想はカスりもしなかった。


「すごい決断だよ!めっちゃ応援する!」


えっ?えっ?えっ?

賛成して、、、くれるんですか?


きょとんとしながら、妻に問う。

「3年間は子供は出来ないよ?大丈夫?」


「そう決めたんでしょ?背中押すしかないもん!」

更に、

「お父さん亡くなる前も、ずっと悩んでいたでしょ?」

バレてたか。。一緒にいたら話さなくてもわかるもので。


そして正直に言った。

「俺、今のお金じゃこの先無理だと思う。っていうか無理!」

「無責任なのはわかってる!働きながら学生になる!」


3年間待たせるのは申し訳ない。

しかし妻とは一緒にいたい。実に無責任。


後は妻がどう思うのだろうか。

すぐ近くで暮らす姉の甥と姪を我が子のようにかわいがっている妻がどう思うのか。



仕事が忙しい日以外は毎日実家にお線香をあげに行ってた。


母は、仏壇に向かって「今年もサンマはダメだってよ」と父にお話をかけている。

そんな母の姿を見てなんとも言えない僕がいる。


30過ぎて家庭を持って学生になる。

母は理解して、、くれないだろうな。。


49日の少し前に母親に打ち明けた。


「俺さ、資格取りにリハビリの学校行こうって決めたんだ。」


バカか!

母からよく言われた言葉。そう言われるのは覚悟している。


「お前が決めたんだから、好きにすればいい。」


アレ?

叱られる覚悟してたんですが。。

母もすんなり賛成してくれた。

正直驚きでしかなかった。



進学すると決めたのは8月の頭。

妻と母に告げたのはお盆前。

入試は10月2週目。

とにかく時間がなかった。


学校は田舎からなるべく近いところを探していた。

しかし、学費が高い。

学費が格安な学校を発見。

学校は田舎からは遠い大都会東京。

超がつくほどの田舎者には想像すら出来なかった東京の専門学校に決めた。



「合格したら東京に行く事に決めたよ。」

と妻に告げた。


さすがに妻も驚いていた。

「えー!東京?大丈夫?」


「とりあえず合格するかどうかだよ。」


残された時間は50日。

時間がない。仕事が終わってからは、参考書と小論文と睨めっこ。


ひたすら入試の事を考えていたのは確かだけど、

妻はどうするんだろ?


予想に反して背中を押してくれた。

でも田舎を離れたくない。

東京って聞いて驚いていた。


仮に合格できたら、東京について来てくれるのだろうか?


妻にも夢がある。

子供が欲しい。

しかし、25歳までには叶えてあげる事は出来なかった。


10月、入試のため東京に向かった。

東京で暮らしている同級生から「Suicaに3千円はチャージしなよ」と事前にメールがあった。

しかしその時はSuicaの存在すら知らなかった。


何とか、試験会場近くのホテルに到着。

電車って、疲れる。。


翌日、試験を迎えた。


高校新卒の人や、定年後であろう人、同年代。

試験会場には想像以上に色んな年代の受験生がいた。


そして試験と面接が終わった。

試験は難しかった。

手応えゼロ。お終い。


田舎に戻り、妻からギャハハと笑われた。

「本当に本番に弱いタイプだよね」

ごもっともです。。


合否の結果まで待つしかない。

しかし、僕は諦めていた。この田舎で骨を埋めようと考えていた。


試験から1週間後の朝、試験結果の通知がポストに入っていた。


結果は夜に妻と一緒に見よう。

残念会だから一緒にお酒でも呑みながら結果を見よう。


合否の通知は車に入れたまま。仕事へ。


そして夜になった。


僕は缶ビール。

妻は大好きなスティッチのグラスでハイボール。

乾杯して間もなく合否の通知を開いた。


不合格なのはわかってる。

でも開けてみないとわからない。かすかな期待。


スティッチのハサミで封を切り、結果を見た。


「合格」

ん?ん?ん‼︎‼︎?

4回は見直した。

やっぱり「合格」だった。


ただただビックリしている僕。

「受かってる!すごーい!」と妻が言う。



翌日、実家で母と仏壇にいる父にも報告した。


そこで母から核心的なことを聞かれる。


「あんたひとりじゃないんだからさ、これからどうするの?」

「まぁ、妻と話し合うよ」


正直、東京に連れて行くつもり。

3年間待たせるけど一緒にいたい。

妻を幸せにしたい。



お付き合いしている時は、

何でも話し合える仲でいよう!とよく言っていたものだ。


しかし、今後どうするのか。

何でも話し合えるはずがどう切り出すか悩んでいる。。


でも僕の意思は決まっている。

妻を東京に連れて行く‼︎


夜の海沿いをドライブしながら、妻と今後について真剣に話した。


待たせるのは申し訳ないと前置きして、正直な気持ちを伝えた。

「東京についてきて欲しい。」


「東京。。かぁ。。」と妻が言う。


「学校と仕事で大変になるけど向こうで一緒に暮らそう!」


「ちょっと待ってよ!私だって自分の人生あるんだから」

妻の本音が少しわかった。でも答えに迷っているのか、答えが出ているのか。。


僕はこんな場合、ネガティブに考えてしまう傾向がある。お別れするのかな。。


翌日、妻は姉のところに長居していた。

姉と話し合ってるのかな?


そして連絡が。

「今日お姉ちゃんのところに泊まるね!甥が熱出しちゃってさ」


翌日の晩、

お互い仕事を終えて帰宅。


妻が普段よりもお化粧が濃い。


「これからどっか出かけるの?」

「ううん」と首を振る妻。


5秒ほどではあるが、沈黙になった。

10分くらいに感じた。


妻から切り出した。

「昨日、大泣きしちゃったよ!」


そして、これまで我慢していた妻から正直な気持ちを告げられる。


「一緒に行きたいよ!めっちゃ応援してるし!」

「でも自分の人生があるからさ!」

「やっぱり子供がほしいんだよ!25歳過ぎて3年待つとか無理だよ。。。うぇーぇーん!」

妻は号泣していた。


僕はか細い声で「ごめん」としか言えなかった。。


これまで自分のことしか考えていなかったと改めて実感した。


妻は共に上京する事を拒否した。



2日後に姉を交えてお話しする事になった。


妻の姉がアパートに来る。

これまで何回も来ているんだけど、今回に限っては心臓がバクバクしている。


そして3人で話し合った。


話は早かった。


妻からうつむきながら告げられた。

「別れた方がいい」


妻の姉からも、

「本当にごめんなさい。妹はずっと悩んでいたからさ」


結婚して1年半。

離婚するなんて考えてもいなかった。


そこからは早かった。

1週間も経たずに離婚届を提出した。

書類はほとんど僕が書いた。


さすがに母から叱られた。

「お前と一緒にいてくれる人なんて他にいねーぞ!」


11月の半ば、マンションを引き払い、お互い実家に戻った。


妻、、元妻とはそれ以降も仲は悪くはなかった。


マメに連絡取り合ってるし、

挑戦する僕を応援してくれてるし、

一緒にご飯を食べに行くことも。


そして僕が進む道が一本化された。


4月にひとりで上京して学生になる!

今以上の自分になる!

後悔はある。。

でも前を向く!


年を跨ぎ、2月。

アパート探しに2日だけ東京へ。

高い。。狭い。。わかってはいたけど。


そして学校の近くの家賃62,000円のワンルームに決めた。


元妻から「高すぎない?」って言われたけど、

東京はそんなもんなんで。。


そして4月。

30超えて旅立つ日。朝に墓に入った父に線香をあげて、母の運転で駅に向かった。


駅の前は混み合うので、近くで路駐してそこで車を降りた。

「行ってくるわ。」と母に告げる。


駅に入ってチケットの手続きをして、改札に向かおうとした時、

元妻が笑顔で立っていた。

ビックリした!

見送りに来てくれていた。


「頑張ってね!応援してるからね!」

後、これ!

とカバンからスティッチの封筒を渡された。

何なんだろ?東京に着いてから開けてみよう。


じゃあね!と笑顔で大きく手を振って、元妻とお別れした。


電車の中では、幸せになってくれってずっと思っていた。


今日から東京での暮らしが始まる。

親戚がいるものの、友人と言える人はいない。

不安ではあったが、期待もある。


そして、東京にて、一生忘れないであろう、恋愛に出くわす事にこの時は1ミリも考えていなかった。



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