第197話 リハビリ散歩の筈が

 そんな訳で翌日。


「フミノは行かないの?」


「今日は陸地を攻める」


「わかった。それじゃ行ってくるね」


 私は出港するリディナとセレスを見送る。

 これから私は歩く予定だ。昨日決めた通り、リハビリの第一歩として。


 しかしその前に準備運動をしておこう。ストレッチをして、うろ覚えのラジオ体操をして。あとはバービートレーニング10回3セット。

 やばい、疲れた。一度休憩。


 半時間30分くらい休憩してからようやく歩き出す。砂浜は歩きにくいが、その上の少し固まったところなら歩きやすい。草が生えているけれどその部分はよけて……


 おっと、よく見るとこれは食べられる草だ。ツルナとか浜ホウレンソウとか日本で呼ばれていたものと似ている奴。

 まだ柔らかい部分は摘んでアイテムボックスに入れておこう。新鮮な野菜の代用になる。


 よく見ると他にもそれなりに食べられる野草がある。うん、この辺もいただこう。勿論絶滅しない程度に、だけれど。


 なかなか楽しい。つい日本の、歩き回る歌を鼻歌で歌ってしまう。もっともこれは夜に歩き回る歌だけれども。


 そういえば夜にあちこちを歩き回って酒を飲みまくる女子の小説もあったな。確かペンギンを出す女性の話と同じ作家で。

 歩き回るのは夜が定番なのだろうか、日本の創作上では。


 なんてスティヴァレでは他に誰もわからないような事を考えながら散歩を楽しむ。いや、厳密にはこれは散歩ではなくリハビリ。しかし楽しく出来るならその方がいい。


 さて、浜辺近くを収穫しながら歩いていくと岩場に出る。

 当然ここでも採取できるものは多い。ならば採らないという選択肢はない。ガンガン採取させて貰おう。


 ただ今は春になったばかりで濡れると寒い。しかしガシガシ剥がしたいあの獲物はどうやら海面下。

 それでも私には採らないという選択肢は無い。だからこの方法で。


「召喚! シェリーちゃん!」


 勿論実際は召喚ではない。アイテムボックスから出しただけ。でもまあ、気分という奴だ。


 シェリーちゃんは鉄製で重い。だから潜水なんてしなくとも普通に海面下を探れる。


 鉄製だから海水で錆びる。しかし使い終わったらアイテムボックス内で徹底的に洗浄すればいい。だからきっと問題ない。


「シェリーちゃん、K装備!」


 右手に薄いヘラのようになっている金属棒を持たせて、腰にはきんちゃく袋を取り付ける。このうち金属棒は以前此処で牡蠣を採取する時に作ったものだ。K装備のKは勿論牡蠣のK。 


 K装備のシェリーちゃんは海中へ。うんうん、K装備のシェリーちゃん、海の中でも人間より動きやすい。重くて小柄だからだろう。


 そして海中、牡蠣もいればウニもいる。当然豊かな食卓の為に採らせて貰う。乱獲にはならない程度に、小さいのは残して。


 シェリーちゃんは岩場の浅い所から徐々に深場へ。サザエっぽいのやアワビっぽいのも採取。採取したものは巾着袋に入れていく。うん、この海底散歩も悪くない。私は歩いていないけれど……はっ!


 そうだ、今は私がリハビリの為に歩く時間だった。シェリーちゃんに海底散歩をさせる時間ではない。

 でもついでだから、もう少し獲物を……


 1時間くらいシェリーちゃんで海底散歩&採取を楽しんだ。ちなみに途中でK装備からM装備に装備変更もした。このMは銛装備のM。タコとか魚とか海老とか用。


 なかなかの収穫を得た後シェリーちゃんを収納。それでは一度家に帰るとしよう。牡蠣や貝、ウニとかを置きに。

 こいつらはアイテムボックスより冷たい海水に入れておいた方がいい。そうすれば生かしたまま保存できるから。


 歩きながらシェリーちゃんをアイテムボックス内で水洗い。錆びると困るから念入りに。


 注油が少し面倒だな。あれは手でやる必要がある。それに出来ればアイテムボックスから出して潮風にあてるというのは避けたい。


 そう思ってふと思いついた。アイテムボックス内でシェリーちゃんを動かせないだろうかと。

 

 ただ起動するために此処で出すのは避けたい。塩混じりの砂とかつきそうだから。お家に帰ってからやろう。


 草摘みをしなければ岩場から家まではすぐ。


 家に到着。まずは貝類の保存をしよう。

 一番大きな瓶にアイテムボックス経由で海水を入れ、中に採ってきた貝やウニを入れる。これで夕食までは問題無い筈。


 さて、次はシェリーちゃんがアイテムボックス内で使えるかの実験。出して起動してもう一度収納して……

 問題無く動く。ならアイテムボックス内でもシェリーちゃんを使って作業が出来るな。


 しかし今、興味をおぼえたのは別の事。アイテムボックス内の世界についてだ。何せこの中をゴーレム経由とはいえ視力を通して見るのは初めてだ。

 

 いつもはアイテムボックス内は何と言うか、視覚ではない感覚で捉えている。収納している物を中心とした回転可能な透視図というか、そんな視覚では無く認識という感じで。


 だから空間そのものを視覚で見るのははじめてだ。勿論そのままでは暗いから灯火魔法を起動。


 かなり何と言うか……妙な世界だ。床も天井も壁も無い、シェリーちゃん以外何も無い世界。重力もない、ただ浮いているだけ。浮いているというか『在る』という状態というか。


 ただ遠くに何かあるような気がする。偵察魔法も起動できる。だから視覚の正面、何かある方に向けて視点を移動させる。

 案外あっさり見えてきた。ただちょっと待て、どう見てもおかしい。シェリーちゃんに見える。というかシェリーちゃんそのものだ。


 複製という訳では無い。シェリーちゃん自身の感覚から、見えているものがシェリーちゃんだと理解出来る。しかしまっすぐ進んだ筈なのに何故元の場所に戻ったのだろう。


 更に視点を別の方向に動かしたりして確認。そして理解する。理解出来ないという事を理解する。


 アイテムボックス内でもシェリーちゃんを動かせるし、それで作業も……そうだ、シェリーちゃん自身以外の物もシェリーちゃんを動かして加工その他出来るだろうか。


 木材、アコチェーノエンジュの丸太1本をシェリーちゃんのところへ。

 思ったよりあっさりアイテムボックス内での移動が完了。シェリーちゃんだけの世界に丸太が出現した。


 加工は……可能ではある。しかしやりにくい。両方とも浮いていて、魔法やシェリーちゃんの腕力で適正位置に動かす形。だから足場を固定する方法が必要だ。足でホールドするとか。


 ならアイテムボックス内加工専用のゴーレムでも作ろうかな。

 そう思って私は気づいた。今はそういう時ではない。リハビリの為歩くのだったという事に。


 それではまた出かけるとしよう。今度は岩場の方では無く川の方へ向かってみようかな。


  ※ 日本の、歩き回る歌

    フミノが鼻歌で歌っていたのは『アルクアラウンド』 

    サカナクションの曲。作詞・作曲 山口一郎 ビクターエンタテインメント


  ※ 夜にあちこちを歩き回って酒を飲みまくる女子の小説

    『夜は短し歩けよ乙女』

    著 森見登美彦 角川文庫


  ※ ペンギンを出す女性の話

    『ペンギン・ハイウェイ』 

    著 森見登美彦 角川文庫

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