第189話 異形のゴーレム開発中

「一度休憩して昼食にしませんか」


 シモーヌさんの言葉で気づく。そう言えば結構前に昼1の鐘が鳴っていた。しかし気づいていたのに気にしなかった、そう正直に言うのも何だろう。


「ごめんなさい。気づかなかった」


 正確には『昼1の鐘を過ぎたのに昼食を食べるべきだと気づかなかった』だ。だから嘘は言っていない、多分きっと。


「私もだ。つい夢中になっちゃってさ」


 どうやらフェデリカさんも私と同じタイプらしい。夢中になっている事があるとそれ以外の事が頭から抜け落ちるという。

 それともフェデリカさん、そう言ってくれただけかな。


 私が人が多いのを苦手だと知っているので、昼食はこの場で3人で。シモーヌさんが出してくれたミックスサンドと乳清飲料をいただいた。


 そして昼食を食べた後は、実際に専用ゴーレム05君を使っての運用試験だ。


鉱石運搬ホッパ車、何両くらい引っ張って大丈夫だ?」


「20両くらいなら問題無い筈」


「ならそれでやってみよう」


 この倉庫に置いてある鉱石運搬ホッパ車を私のアイテムボックスに入れて、選鉱場脇の線路の上に出す。


 一方、フェデリカさんが操縦する05君は倉庫を出発して、鉱石運搬ホッパ車を出したところへ無事到着。


 試験は鉱石運搬ホッパ車を連結するところから。20両を連結して、午前中に敷設した線路を通ってあの坑道の奥の終点まで。そこで土砂等を満載し、選鉱場に戻って土砂を下ろすところまで。


 土砂を満載した状態で坂の途中で立ち止まるなんて試験も実施。これはブレーキの試験でもあり、止まってしまった場合でも再び動かせるかの試験でもある。


 この運用試験で私が驚かされたのはフェデリカさんの魔法だ。


「一気に荷車20両を一杯にする量を掘り出すの、普通は無理」


 この鉱石運搬ホッパ車1両の積載量は160重960kg。これは平均的な採掘用ゴーレムが5半時間10分で掘る量から15%余裕をみた分量。

 その20倍を、魔法1回起動するだけで積み込んでしまったのだ。

 

 私ならアイテムボックスを使って同じ事が出来る。しかし普通の魔法でやる方法を思いつかない。


「土属性レベル6の土移動さ。ただ普通は採掘に使わない。魔力消費が激しいし地質が悪ければ落盤するおそれもあるから。

 普通は採掘しながら周囲の岩盤強化もやるから時間がかかるんだ。ただ今回は坑道工事の為にこの辺の地質を把握済み。だから出来るだけだな」


「フェデリカさんは鉱山作業に特化した土属性魔法使いなんです。だから普通の土属性魔法使いとは少し違う魔法も持っています」 


 そんな感じで午後いっぱいかけて試験や試用をして、フェデリカさんにひととおり覚えて貰った。明日からの採掘作業についてはフェデリカさんが担当者に教えるそうだから。


 ◇◇◇


 敷設から3日経過。

 ゴーレム牽引式トロッコは今のところ問題無いようだ。今は毎朝、イオラさんが状況を教えてくれる。


「試験運用だから毎日報告がここまで届くの。それによると鉱山のあのトロッコは順調よ。


 今は改造してもらったゴーレム1頭で選鉱場と坑内を往復している形。それでも今までに比べたら圧倒的に効率が良くなって、結果的に採掘量も増えたみたい。5箇所で採掘しても荷車を20両繋げてあれば問題無く運びきれるし。


 そのせいで他の鉱区の担当から文句もでているみたい。こっちにもあれを整備してくれ。そうすれば楽になるって。

 7区もケーブルカー式の試験が終わったら今回作ってもらった方式にしてもらってもいい? 線路はそのまま使っても大丈夫?」


「問題無い」


 線路の規格もケーブルガイド以外は共通だ。それに牽引用ゴーレムはケーブルガイド付き線路でも使える。 


「それじゃ7区のケーブルカー式の試験線の方もお願い。線路やワイヤー、荷車等は作らせるから」


「わかった」

 

 私がいま取りかかっているのは牽引用ケーブルを動かす為のゴーレムだ。これは今までのゴーレムとはかなり形も動きも違う物になる。だから構造も含めて結構難しい。


 ゴーレムは基本的に動物を模している。これは実在する動物だけではなく、ライ君のような想像上の生物でもいい。

 動物の形をしていて、動物としての動きをイメージ出来る。これがゴーレムの起動・動作条件だ。


 この国スティヴァレの神話では神が自らを模して人間を作ったとされている。それと同様に動物を模した形を作って動かすのがゴーレム。私が読んだ専門書ではそうなっていた。


 だから外見上、動物にはない動きをする器官を作る事はできない。つまり車輪を直接動かすような形のゴーレムは作る事ができなかった。


 なおバーボン君の足の長さ調節機構はネジ式だけれども、そういった外見で見えない調整機構のようなものは問題無い。


 さて、そこで登場するのがこの前私が図書館で複写した王国魔法研究所の研究論文だ。

 これには円運動が可能な生物とそれを模したゴーレムについての論文が載っていた。


 この生物は非常に小さく、魔法でしか見る事が出来ない大きさらしい。シロアリの体内に生息しているのを発見したとあるから相当な小ささだ。


 この生物の形をイメージし、回転する部分を持つゴーレムを作った。それがこの論文の中身。

 つまりこの論文の通りにすればエンジンやモーターのような回転機関が作れる訳だ。


 そんな訳でまずは小型の試作品を作ってみる。

 この生物は麦の粒のような形で、細い方の先端部に本体とほぼ同じ長さの細い毛が4本ついている。この毛はしならせたり曲げたりするだけではなく、回転させる事も出来るらしい。


 まずは論文にある形や動作に忠実に作る。ただし内部機構はオリジナルでいい。外見を似せる事と、同じように動かせる自由度がある事が重要。この辺が科学で作る機械と違う点だ。


 握りこぶし大の大きさで何ともいえない形状のゴーレムが完成した。どう見てもゴーレムに見えない。しかし形と理論上は問題ない筈。


 コビーナちゃんと名付けて起動する。なおこの名前は論文にあった生物の名前から取った。どうにも人間由来の名前をつけるのをためらってしまう外見だったので。


 うん、一般の動物とはかなり違う操作感覚だ。周囲の知覚方法が全く違う。振動、温度といった感覚が中心だ。ゴーレムとして動かすには空属性の魔法を併用する必要がある。


 動作感覚もこれまた独特。本体はくねらせる、伸縮させるといった動作が可能。そして毛の部分は自由自在に方向を変える事が出来て、更にそれぞれ回転させる事も出来る。


 そしてこの回転はかなり力強く、また速い。動物型ゴーレムと同じ大きさにすると数倍以上の出力になりそうだ。


 しかしこれを使いこなすのは難しいかもしれない。何せ可能な動きも感じる感覚も一般的な動物とかなり異なるから。


 ただし今回は回転させる事だけ出来れば問題は無い。あとは操作する人間本人の視覚等で動作を調整すれば済む。だから何とかなるだろう。


 昨日はここまでの作業で終了。

 本日からはいよいよ実際に使うゴーレムの製作となる。


 今回作るゴーレムは設置場所に固定して使用する。多少大きくても重くても問題ない。


 だから受容体は魔法銅オリハルコンで大きめに作る。第7区の試験線だけでなく、将来の銅鉱山に転用しても問題ないよう出力重視で。


 回転部分はしっかり頑丈に。勿論本体との間にはベアリングを組み込む。潤滑油はゴーレム用標準品なんて物があるようだからそれを使えるように。私がいなくなった後のメンテナンス性も考えて機構はわかりやすく。


 だから1日では製作が終わらない。


「フミノにしては時間をかけて作っているね、これ」


 帰ってきたリディナにそう言われてしまった。


「前例がない代物だから。それにこれは私の手を離れる事が確実。だからわかりやすく、メンテナンスしやすく、壊れないように」


 商品だから、これは。

 新しい物を作る楽しさを享受している事は否定しないけれども。

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