第160話 私は悔しい
この感触は布だな。ベッド、そして布団。
目を開ける前に状況を思い出す。気をうしなったのは穴の中の筈。今、ベッドの上にいるという事は無事救出されたという事だ。
偵察魔法で周囲を確認。カレンさんの屋敷2階の客用寝室。私達が泊まっているのとはまた別の部屋。
リディナ、セレス、カレンさん、ミメイさん4人ともいる。
外は暗いからもう夜。あの日の夜か更に翌日かは不明。
さて、心配かけているようだし起きるとしよう。
「ごめん、心配させて」
起き上がろうとして気づく。まだ右腕も形だけだし左腕は傷口の見てくれを治しただけ。だから両手は使えない。
しかし魔力はそれなりに回復している。だから治療は可能だ。
「何かするだろうとは思っていたけれどね。まさかこんなに早くやるとは思わなかったな」
「私のミスです。クロッカリの事を言わずにおけば」
そうだ、先に報告しておこう。
「クロッカリは倒した。死体はアイテムボックスに入っている」
「……すみません。結局フミノさんに頼ってしまいまして」
謝られてしまった。
「問題無い。それに腕も魔法で治せる」
不便だから治療しておこう。魔力が足りなくて治せなかった右腕の筋肉その他も。
やはり完全再生は魔力も時間もかかる。でも休んだおかげで魔力は充分。だから気絶する前に何とか全部治せるかな。
「この状態の腕も治療出来る?」
ミメイさんは私がやろうとしている事に気づいたらしい。
「意識があって本人の細胞があれば」
「前に言っていたよね。視力が無くなっても完全に治療出来たって」
リディナはヴィラル司祭の件をおぼえていたようだ。なら説明は省略。
「……フミノさんには驚かされる事ばかりです。それでは申し訳ありませんが、クロッカリの死体をここに出していただけますでしょうか。冒険者ギルドへ行って報告及び手続きをして参ります」
確かにそれも必要だな。
ただし問題がある。
「部屋が血で汚れる」
「ならこれでどうでしょう」
カレンさんはさっと分厚い防水布を出して敷いた。これなら血をあまり出さないようにすれば大丈夫だろう。
アイテムボックス内の死体は惨殺状態。このまま出したら血の池必須なので少し放血処理をしてから出す。
やはり惨殺状態だ。人の形が残っていない。一応元は人だったのでステータスは出るけれど。
元は生きた人間だった。私がこうしたのだ。そう思っても罪の意識を感じる事はない。仕方なかったと自分に言い訳する必要すらない。
これを殺す、そう決意した時に必要だった意志とか覚悟とかが嘘のようだ。
ただそう感じるのも仕方ないだろう。そうも思える。人は他人の痛みがわからない。
だから相手の痛みを必要以上に感じてしまう時がある。逆に感じる必要すらないと思う時もある。
きっとそれだけだ。魔物討伐をする際、狩られる魔物の気持ちにならないのと同じで。
「確認しました。ありがとうございます」
惨殺死体が消えた。自在袋に収納したようだ。
「それでは報告に行って参ります。この件は冒険者ギルドだけではなく衛視庁や国王庁も報告を求めていますから。
なおこちらから全て報告は致します。フミノさんはここで休んでいて下さい」
ありがたい。事情聴取を受けるのはかなり辛いのだ。
「行ってくる」
カレンさんとミメイさんが部屋を出て行く。ミメイさんは護衛だろう。魔力もかなり上がっているようだから。
扉が閉まった後、リディナがふうっと息をして、そして私の方を見た。
いよいよ怒られるかな。正直覚悟はしている。怖い事は怖いけれど仕方ない。リディナ達に言わずにそれだけの事をしたのは事実だ。
だからここは黙ってお叱りを受けるべきだろう。
「フミノが誰にも言わず一人で倒しに行った理由はわかるの。きっと私達を危ない目にあわせたくなかったんだよね。
討伐隊が失敗してクロッカリの行方がわからなくなった結果、その後普通に旅をしている途中で襲われるとか、討伐に同行した際に襲われて危険に遭うとか、そういった可能性全部を考えて。違う?」
予想と違う、怒っている風ではない淡々とした口調。
ただ言っている事はその通りだ。だから私は頷く。
「そしてきっとフミノには倒せる自信があった。そうだよね」
確かにその通りだ。
なので私は再び頷く。
「衛士さん達が見つけた時点では今の状態だったとカレンさんから聞いている。けれど本当はもっと酷い怪我だったんじゃないかと思うの。それこそ想像したくないくらいの。
戦闘中に魔力が無くなって倒れるなんて事、フミノはしないと思う。ならば魔力が無くなったのは決着がついた後、戦闘で作った穴の修復と自分の治療に魔力を使った結果。フミノを知っている私としてはそうとしか思えない。
とすると両腕が不完全なこの状態ですらかなり治療した後。違う?」
まさにその通りだ。私は頷くしかない。
「そしてそんな大怪我もきっとフミノにとっては予想外ではなかった、許容範囲内だった。なぜなら意識さえあればフミノはどんな怪我でも治せるから。治療出来る自信があるから。
この予想が本当かどうかはあえて聞かない。聞くのが怖いから」
まさにリディナの言う通りだ。頷かないけれど。
ただリディナ、何を言いたいのだろう。
てっきり怒られると思った。せめて一言相談してと言われると思った。それなら予想の範囲内だ。
でも今のリディナが何を言おうとしているのかわからない。リディナが推測している事は全てあっている。それでも私はその先がわからない。
「自分勝手な言い分かもしれないけれどね。私は悔しいの。フミノに黙って行かせてしまった自分が悔しいの。
フミノが一人で行った、行こうと思った判断は正しい。そうわかるから。一緒に行っても足手まといになるだけ。それがわかるから。
結果、本当は誰よりも暴力的な事が嫌いな筈のフミノに、一人で戦う事を選ばせてしまった。
フミノが攻撃魔法を使えなかったのはきっと誰より優しすぎるから。少なくとも私はそう思っている。そして私はフミノにはそのままでいて欲しかった。代わりに私が何とかしよう、そう思っていた。
でも出来なかった。フミノに一人で戦わせてしまった。私が弱いせいで、私が頼りにならないせいで。
これをフミノに言うのはおかしいとわかっているの。八つ当たりにも近い事だってわかっているの。ごめんね。でも私は私が弱い事が悔しくてたまらないの。ごめんね、でも……」
リディナに泣かれてしまった。
正直怒られるより心が痛い。リディナに今の言葉を言わせてしまった事が。痛くてたまらない。痛み出した傷よりも。
だから私からも一言、リディナに言わせて貰おう。
「リディナ」
「何?」
リディナが顔を上げて私の方を見る。
言いたい事は色々ある。ありすぎて言えない。リディナは弱くない。今回の件は私の勝手な判断とその結果だ。心配させてごめん。
でも言えない。どう言えばいいかわからないから。どう言えば伝わるかもわからないから。
だから一言だけ、一番強く思った事を。
「ありがとう」
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