第127話 名の伝わっていない神々
無理に目をあけようとしなくていい。周囲の声も聞きとらなくていい。見えてしまったステータスについても今は忘れて。
ゆっくり呼吸をする事だけに専念する。ゆっくり吸って、いちど止めて、ゆっくりゆっくり吐いて。
視界が戻った気配。目を開ける。うん、もう大丈夫。
「済まなかった。もう大丈夫」
「本当に大丈夫?」
「問題ない」
やらかしてしまった。会った途端いきなり倒れるのは失礼だろう。ステータスを見てしまった事に気づかれたか気づかれなかったかは別として。
立ち上がって埴輪に頭を下げる。
「申し訳ありませんでした」
「大丈夫でしょうか」
「ええ」
良かった。取り敢えず今の件について怒ったりはしていないようだ。私、少しだけほっとする。
リディナが埴輪に向き直る。
「突然訪問していきなりお騒がせして申し訳ありませんでした。私達は護衛の冒険者です。こちらの3名が村のセドナ教会の牧師さんに聞いて、こちらに入植希望という事で同行して参りました」
リディナがそこまで説明した後、お母さんに目で合図する。
お母さんが子供2人を連れて一歩前へ。
「アマゼノ村から参りましたタチアナと申します。この2人は私の子でミルコとアリサです。こちらがアマゼノ村のゼルカ牧師様からいただいた紹介状になります」
封書を渡そうとしてお母さん、いやタチアナさんはとまどう。埴輪には装飾的な手はあるが土製で動きそうにないから。
「このゴーレムは手が動きません。ですので紹介状を開けて頂き、そのテーブルの上に広げて頂けますか。そうすれば読む事が出来ますので」
「わかりました」
何か教会的に内輪のことが書いてあったらまずいのではないだろうか。そう思ってすぐタチアナさんは文字が読めない事を思い出した。なら問題ない。
埴輪は椅子の上に乗り、穴だけの目を紙の方へ向ける。
「わかりました。タチアナさん、ミルコ君、アリサちゃん。私達はあなた方を歓迎いたします。それではここで少しお待ち頂けますか。案内する者がすぐに参りますから」
そう言ってもゴーレムそのものはその場から動く様子はない。しかし何らかの魔力が動いた事を感じる。
おそらく他のゴーレムを使って呼びに行っているか、何らかの魔法で連絡をとっているのだろう。
「それで冒険者さんはどうされますか。この時間にこの村を発たれますと、明るいうちに他の集落に着くことは困難だと思われます。
体調も優れないようですし、もしよろしければ泊まられてはいかがでしょう。空いている部屋もありますから」
どうしようかな、そう思った時だ。
「ありがとうございます。確かにその通りなので、お言葉に甘えさせて頂こうと思います」
リディナがあっさりそう返答した。
そして続ける。
「ですが部屋までお借りしては申し訳ありません。一応寝台付きの車を持ってきておりますからそちらを止めさせていただければ充分です」
「わかりました。それでしたらこの聖堂の横の馬車止めスペースを使って頂けばよろしいでしょう。石畳ですので車も停めやすいですから。広さがありますので開拓団でも半分以上使う事はまずありません。ですから遠慮せずお使い下さい」
「ありがとうございます。そうさせていただきます」
この辺はうちあわせていなかった。確かに私はこの村が少し気になっていたけれど。
リディナ、私のその辺の気持ちに気づいてくれたのだろうか。
ほっとしたと同時に視線が神像の方に向いてしまう。あの覚えのある神像をもう少し見てみたい。
どうお願いすればいいか、台詞を考えて口にする。
「もう一つお願いがあります。あちらの御神像を見学したいと思うのですが宜しいでしょうか」
最初は礼拝という言葉を使おうかと思った。しかし他の神の信徒がそう言うのはまずいかもしれない。そう思ってあえて見学と言ったのだが大丈夫だろうか。
リディナが一瞬だけ驚いた表情を浮かべたのが見えた。確かに普段の私ならこのような申し出はしない。
ただどうしても向き合ってみたかったのだ。かつて私をここへと送り出してくれた存在と。本人ではなく像であるけれども。
「ええ、どうぞ。
あちらの像はセドナ神やエールダリア神より更に古い時代に信じられたとされる存在です。一説には七柱とも全て同じ存在の別の顕現であると言われています。
また現在祀られているセドナ神やエールダリア神、マーセス神やナイケ神といった神様ともやはり同じ存在であり、救いの形を別の顕現をとったものと言われています。
いずれにせよ古い話で現在の聖典には記載されていません。この言い伝えを邪説だとする者もいます。
ですが神様という存在と救いというものの性質を考えると、今言った古い説もあながち間違いではない。そう私は思うのです」
なるほど、今信じられている神々より古い存在とされているのか。
ならばという事で質問をもう一つ。
「あの神様が何と呼ばれていたか、もしご存知なら教えて頂けますでしょうか」
名前というのは危険な存在ともされる事がある。本来の名を知られたら操られるなんて考え方も、少なくとも日本の古代にはあったようだし。
だから名前ではなく、あくまで何と呼ばれていたかという形で尋ねてみた。
「残念ながらどのように呼ばれていたか、今ではもはや伝わっておりません。それほどに古い存在であり、またここも古い場所なのです」
「わかりました。ありがとうございました」
「この聖堂の扉は常に空けてあります。早朝日の出の後、半時間ほど修道士と希望者による説法会がありますが、それ以外は自由に入れる状態です。ですから見られるのでしたら何時でもどうぞ」
「重ね重ねありがとうございます」
それなら後で1人で見に来ればいいだろう。夜でも灯火魔法を使えば問題ないし。
ところで会話中に私、少し違和感を覚えた。埴輪に対してでも神像に対してでもない。私自身に対してだ。
何だろう。
しかしこの時の私はその理由に気づかなかった。
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