第123話 久しぶりの相手

 翌日の午前中、中央山地の主脈にある峠を予定通り越えた。


 この先、ラツィオへ行くには2通りのルートがある。一度西へ向かって平原に出てから北上するか、このまま山沿いに北上するかだ。


 一般的なルートは平原側だ。一度西側へ行く分大回りとはなる。しかし道はほぼ下るだけ。平原に出たら後は平坦だし人通りも多い。魔物や魔獣が出る事も滅多にない。

 しかしだ。 


「フミノが行くならやっぱりこっちの山側の道だよね。人通りが少ないし、魔物や魔獣が出易そうだから。上り下りもバーボンに任せれば問題ないしね。距離も近いし」


「確かに」


 そんな訳で山沿いの道を選択。

 アップダウンと言っても所詮は馬車が通れる道。バーボン君なら問題は無い。


 ほぼ人が歩くのと同じ程度の速さで道を行く。この辺は良く言えば自然たっぷり、悪く言えば未開発。

 道のすぐそばは流石にあまりいないけれど、少し奥を探れば魔獣も魔物も結構いる。


「狩りが捗る」


「魔法金属の分も稼がないとね」


 その通りだ。


「フミノさんはこの車を動かしていて、その上で討伐までしているのに、私は乗っているだけでいいのでしょうか」


 セレスが余計な心配をしている。


「セレスは別の時に活躍して貰えばいいから気にしないで。だから今は勉強に集中。この計算が出来るようになれば商会でも雇ってくれるし、自分で褒賞金を計算するのも出来るようになるから」


「わかりました」


 セレスが現在勉強しているのは掛け算だ。3桁までの足し算や引き算はほぼ完璧になった。だから残りは掛け算や割り算。これが出来ればこの世界では十分以上だ。


 もっともリディナは分数まで理解できるし計算できる。一次方程式も解ける。最終的にはそこまで持っていくつもりらしい。前にそんな事を言っていた。


 私も勿論基本的には賛成だ。セレスも勉強が大変だとは思う。でもこの辺がわかると利益分配だの利子計算だのといった事も自分で計算できるようになる。


「ある程度大きな商売をするには必須だからね、その辺までは」


 セレスには頑張って貰おう。


 さて、峠越え1日目は何事もなく終わって翌朝。


「真っ直ぐ進めば明後日にはラツィオに着くかな」


「楽しみです」


 そんな訳で今日も坂の多い道をとことこゴーレム車で移動。

 幾つか中央山地越えの道や平原側への道との分岐を過ぎた後、深い原生林の中へ入ったところだった。


 私の偵察魔法が魔獣を捉えた。久しぶりの魔狼だ。しかしそれだけではない。3人ほどの人の気配もある。


 まだ魔狼の群れと人3人とは出逢っていない。しかし魔狼の方は既に人の気配に気づいている。魔狼の動きでそれがわかる。


 今ならまだ間に合う。なら行くとしよう。他人は苦手だけれど見殺しにするのはもっと苦手だから。


「この先で人が魔狼に襲われそう。だから先行して倒そう」


「どうする? フミノ一人で先行する? なら私がバーボン君の操作を代わるけれど」


「3人で戦おう。リディナとセレスも戦闘準備」


「間に合うの」


「勿論」


 以前思いついたがまだ試していない方法がある。普通の移動には魔力を消費しすぎて使えない。だが今こそ使うべき時だ。


「バーボン君高速形態! 縮地!」


 バーボン君の脚を長くして少し速度を上げ、更に縮地を起動。バーボン君だから駆け抜けるという速度は出ないけれど、そこは私の魔法で無理矢理カバー。


 ゴーレム車はあっという間に1離2kmの距離を移動。ただ魔力が一気に3割減った。この移動法、多用は出来ない模様。


 しかし目標は捉えた。中年の女性1人と子供2人はゴーレム車のすぐ横だ。

 魔狼の群れは左側の森のなかおよそ50腕100mのところ。大丈夫、余裕をもって間に合った。


「えっ」


 中年の女性はこっちを振り返って驚いている。無理もない。いきなりゴーレム車が出現したように見えただろう。

 しかしその辺細かく説明している余裕は無い。


「魔狼が近づいています。早く乗ってください」


 リディナが飛び降りて3人を呼び止める。私がお願いしなくてもそうやってくれるので大変助かる。

 リディナは既に魔狼を捉えているのだろう。偵察魔法も使えるようになったと言っていたし。


 なら私はセレスに指示だ。


「まもなく魔狼が5腕10m先左側の獣道から出てくる。全部で7頭。リディナと協力して狩って。魔狼は褒賞金が高い。だからどうやって倒してもいい」


「魔狼! わ、わかりました」


 驚いているがセレス、反応は早い。

 リディナもこっちを見て頷いている。なら私が心配する必要はないだろう。

 近接戦闘なら私よりリディナの方がよっぽど強いから。


 3人をゴーレム車に乗せ、私達はゴーレム車の前で待ち構える。


「セレスはとにかく全部倒すつもりで攻撃して。撃ち漏らしたのは私とフミノでなんとかするから」


「わかりました」


「焦る必要はない。最低でも5頭見えてからでいい。それより早いと逃げられる虞がある」


 逃げられても今の私なら捕捉して討伐が可能だ。飛びかかってきても頑丈な板を出して遮断出来る。

 だから魔狼にはセレスの経験になって貰おう。リディナもきっとそう思っているだろうし。


 魔狼が出てきた。飛びかかるような速度では無い。あくまで歩く速度だ。こっちに武器の匂いがしないと気づいているのだろう。

 道路上に3頭、4頭、5頭……


水の衝撃アクアエ・イパルサム!」


 セレスの魔法が発動した。細いが強烈な勢いの水流が魔狼全体を横に払うように放たれる。

 4頭が身体を切断され倒れた。しかし1頭はジャンプして、2頭は頭を低くして水撃を避け突っ込んでくる。


「えっ!」


風の刃ヴェントス・ファルルム


 落ち着いた声でリディナが魔法を発動。風の刃がそれぞれ3頭を切り裂いた。


「相手が避ける事を考えて第2撃、第3撃がすぐに出せるように出来れば文句なしだけれどね。でも最初としては合格点かな。魔狼は動きが速いしね。白魔狼も1匹いたし」


 流石リディナだ。私の出る幕はなかった。

 まあ予想はしていたし信頼もしていたけれども。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る