第121話 変身
図書館に寄って本を買い込んだ後、街の西門から出る。
ラツィオはここから西、中央山地を抜けて
急ぐ旅ではない。何かあれば立ち寄ってもいいし、いい狩り場があれば滞留してもいい。狼魔獣の討伐依頼なんてあったらしめたものだ。あれは盗賊よりいい金になる。
そんな不埒な事まで考えつつのんびりゴーレム車を操縦。
ただしゴーレム車内はいつもと様子が少し異なる。
ゴーレム車内のレイアウトを変更した結果、後部に少し空きスペースが出来た。セレスのベッドの下にあたる位置だ。
「この場所使っていい? 塩漬けや魚醤漬けの肉、長期発酵のパンなんかを寝かせておきたいの。自在袋やアイテムボックスの中に入れておくと時間経過がなくて熟成しないから」
リディナに言われてなるほどと思う。確かにそういう使い方もあるなと。
しかしその場所を使っていいか決めるのは私ではない。
「そこはセレスの寝場所。だからセレスと相談」
「何ならセレス、寝る場所代わらない? 私はこっちの方が食べ物の面倒見れるから」
「それは構いませんけれど、いいでしょうか」
「勿論。どうせフミノの事だから寝心地は3カ所とも同じにしてあるでしょ。それに普段はお家を出して寝ると思うし」
私は頷く。勿論その通り作ってあるし、本人同士の了解があれば別に構わない。
そんな訳でリディナはゴーレム車後方のレイアウト整理を始めた。更にはパン種なんて捏ねたりもしはじめる。
「ところでフミノさん。この車を動かしている間は本を読んだり出来ないんですよね。なら今のうちに髪や眉を整えたり服をあわせたりしてもいいですか。
フミノさんは座ったまま動かなくて大丈夫です。作業は全部私がやりますから」
セレスがそんな事を言った。正直私の苦手分野だ。でも嫌とは言いにくい。
せっかくセレスがやってくれるというのだ。ここは恐怖耐性(2)で何とか耐えるとしよう。
「わかった。お願い」
「前髪や眉に手を加えてもいいですか」
私の前髪は長めに揃えている。理由は単に面倒だからだ。日本にいる頃は家からお金を貰えないのでセルフカットしていたなんて事もある。後ろを伸ばしているのも同じ理由。特にこだわりとかはない。
ただ少し気になる事がある。
「切るのは大丈夫。でもはさみとか刃物、ある?」
セレス、そういった持ち物は持っていなかった気がするのだ。
「大丈夫です。毛を抜いたり切ったりするのは魔法で出来ますから。生物関係だから水属性で出来ないかなと思って試したら出来たので。何度も自分でやってみたので大丈夫です」
そんな技、いや魔法があるのか。興味が無いから全然気がつかなかった。
「それじゃ頑張りますね」
魔法でやるなら動いているゴーレム車内でやっても怪我とかの心配は無いだろう。それにどうせ元が悪いから上手くいっても失敗しても大した事はない。そう思いつつも私は目を閉じる。
セレスであってもすぐ近くで私に対して作業をするというのは結構怖い。目で直接見ると更に怖いから目をつむって耐えようという訳だ。
顔に触れたり髪を切ったり整えたり、すぐ近くで魔法が発動している感覚は消せないけれど、出来る限り無視の方向で。
バーボン君と偵察魔法の視界をメインにする。努めて自分そのもののすぐ近くから意識を遠ざけ、バーボン君操縦と魔物討伐に専念だ。
幸いセレスにもかなり慣れたのだろう。恐怖耐性(2)が塗りつぶされるような感覚は無い。しばしこのままで何とかなりそうだ。
◇◇◇
やはり海側より山側や台地側の道の方が討伐が捗る。勿論この道がそれほど人通りが多くないという事もあるのだろうけれど。
ゴブリンも多いし猪魔獣なんて大物もたまにいる。角兎も魔羚羊もいい感じで多い。討伐だけなら海沿いより内陸部へ入った方が成果が多い模様だ。
ゴブリンは半身を埋めた後、丸太を上から出して撲殺的処理。魔獣は埋めて窒息死させるのが基本だ。
魔獣は普通の獣より生命力が強い。完全に埋めても死ぬまで5分位はかかる、
しかしこのゴーレム車は遅い。道が上り坂だから脚を短くしているというのもある。
だからそのくらいの時間なら余裕で回収範囲内だ。場所さえ忘れなければ問題ない。
自分がメイクアップ中という現状から逃避しつつ、操縦と狩りを続ける。
中ボス格を発見。熊魔獣だ。単独行動中のオスだな。これはいいお金になる。さくっと殺っておこう。
正面から向かって倒すのは大変だ。しかし遠隔討伐なら他の魔獣や魔物とやる事はほぼ同じで穴を掘って埋めるだけ。
熊魔獣とは言え窒息死するまでの時間は他の魔獣と大差ないだろう。そう思ったのだが予想以上に粘る。死なない。
大丈夫だろうか。折角倒したのに回収できないと悲しい。
最悪の場合は理由を話して少し待とう。そう思ったが何とか制限範囲ぎりぎりで無事死亡。回収出来てほっと一息。
うん、今日は午後だけでなかなか儲かった。この調子なら魔法金属資金も結構貯まりそう。そう思った時だ。
「うーん、こんな感じでどうでしょうか。フミノさん、確認して頂けますか」
すぐ近くで声がした。おもわずびくっとしてしまう。それでも何とかバーボン君に影響しないで済んだ。
大丈夫、セレスが私のメイクアップを終えただけ。それはわかっているのだけれど。
念の為ゴーレム車を脇に寄せて停車する。
「ありがとう」
「どうしますか。鏡を出すなら私が持ちますけれど」
「大丈夫。偵察魔法で見る事が出来る」
所詮素材は私だ。変身しても毒虫程度だろう。そんな文学かぶれみたいな事を思いつつ目を開ける。偵察魔法の視界を私の正面に持って来る。
女の子が2人、視界に入った。1人は以前のやつれていた状態から回復して表情も変化し、可愛くなったセレス。
もう一人は何処かで見覚えのある女の子。それが誰かは理性ではわかっている。セレスの位置と背景で自明だ。
しかし印象は私の知っているものとかなり違う。
念の為試しに左手を上げてみる。彼女の左手も上がった。論理的に私だ。顔のパーツに見覚えもある。
「どうですか?」
「思った以上。かなり変わった」
正直自分でも驚いている。
「メインは髪型なんです。これだけでかなり印象が変わります。以前の髪型はちょっと重い感じがしたので前髪の長さをすこし短くしてさっぱりさせました。髪全体も少しだけ短くして揃えました。あとは産毛をそってまつ毛と眉毛を整えただけです。
勝負の時はこれに加えて服も少しアレンジします。フミノさんの場合は今の色合いより本来は群青等の青系統の服が似合うと思うんです。上にこれを軽く羽織るだけでももっと印象が変わると思います」
そう言ってセレスは私の服の上に群青色の簡単な上着を重ねる。着せるのではなく前にあわせただけだ。
それでも明らかにまた印象が変わった。たしかにこれは可愛いかもしれない。ただふわっと可愛い系ではなく、意志の強さも感じる。
なるほど。私はセレスが言っていた事をやっと理解した。
『お洒落すると少しだけ自分に自信を持てる気分になりますよね』
確かにそうかもしれない。いやそう思える。
「予想以上だった。正直驚いた」
「かなり変わるんだね、本当に。あとで私がやってもらうのも楽しみかな」
「ええ、任せて下さい」
確かにこれなら少し自分が変わった気になれる。もう少しだけ人が平気になれるような気もする。
ならステータスはどうだろう。見てみて思わず笑いそうになった。恐怖耐性が(3)にアップしていたのだ。
私、やっぱりセレスの作業にかなりストレスを感じていた模様。勿論これは言わぬが花だけれど。
いや、今の変身で持てた自信のおかげで耐性がアップしたという可能性もあるかな。
うん、今日はそういう事にしておこう。とりあえずは。
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