第112話 リディナの昔話
「フミノと出会う半年くらい前からね、私はメイドとして働いていたの。ここからは少し遠い中央山地のど真ん中、アレティウムという街の小さな商会で。
ただ当時の環境はあまり良くなかった。というか最低だと思っていたかな。当時はだけれども。
住み込みの下っ端オールワークスメイドだったけれど、商会というかラベルゴ家内のほぼ全員が敵状態で孤立していたから。
私はメイドだけれど文字も読めるし計算も出来る。それで他の下働きの皆からはのけ者にされていたの。メイドの癖にそんな事が出来るから重用されているって。
実際はメイドの給料と待遇だけで帳簿整理や契約の際の確認作業なんかにまでこき使われていただけだけれど。
商会には貴族崩れの補佐役兼護衛魔法使いもいた。当然この人は読み書きも計算も出来る筈。しかしあまり勉強していなかったらしくてよく計算を間違うの。
だから余計私がこき使われたりしていたんだけれどね。この補佐役の方は私を逆恨みしていたんだ。自分の仕事を奪いそうだって。
そして商会主だったカベレッタはメイド以外の仕事で私をこき使うくせにメイド関係の仕事もそのままやれって感じで。
勿論給料はメイド分だけ、しかも最後の頃は商会が傾きかけていたから給料の支払いも遅れる状態でね。
とにかく周りがボロボロで全部敵で、私、常に怒りながら仕事をしていた感じだった。だから余計周りと仲が悪かったのかもしれないけれどね、今考えれば」
「でもそれはリディナさんが悪いんじゃないと思います」
「ありがとう」
リディナはそう言って軽くセレスに頭を下げ、そして続ける。
「でも確かに私、態度が悪かったかもしれない。私は元々そこそこの商家生まれで、ラベルゴ家で働く半月前までは中等学校の寄宿舎住まいだったから。
以前の実家から見ればラベルゴ家は商家として格下だし、当主も雇用人も馬鹿ばかりに見えたしね。
見えたというか見ていたんだよねきっと。その辺が態度に出ていたかもしれない。今思うとだけれどね」
やっぱりリディナは当初はそこそこいい育ちだったようだ。何故それがメイドなんてするようになったのか。
その辺の経緯が少し気になる。勿論聞くわけにはいかないけれど。今の状況ではなおさら。
「まあそんな感じで馬車が魔狼に襲われそうになった時、生贄として真っ先に麻痺魔法をかけられて、そして車外に放り出された訳。
麻痺しているから身体は動かないけれど意識はある。簀巻きにされて袋もかぶせられているから外は見えないけれど。
それでも放り出されて地面に叩きつけられて何回転かしたのはわかった。麻痺のせいか痛さは感じなかったけれど。
これで死ぬんだなと思った。こんな形で死ぬなんてって怒りつつどこか冷めてもいた。でも狼は噛みついてこなかった」
私がリディナと出会う寸前の話だな。
この時の私は怖くて怖くてたまらなかった。男の人だった馬車の御者と、人の反応がする投げ出された何かが。
だが魔狼が迫っている。だからまずは魔狼の前に大穴を開けて落ちた分を退治。残った魔狼が逃げたのを確認。
それから投げ出された何か、つまりリディナに近づいたのだった。
今の私ならあの魔狼も全部退治できるだろう。でもその場合はこうやってリディナと一緒にやっていく事はなかったのだろうか。そんな事をふと思う。
仮定の話だから答は無いけれども。
「そのうちふっと全身が楽になった。今思うと治療魔法と回復魔法をかけられたのだけれど、その時は何が起きたかわからなかった。
何だろう。そう思っている間に縄が解かれた。顔に被せられていた袋が外れた。
ラベルゴ家の誰かが後悔して戻ってきたのかな。そう思った時に麻痺が解けた。私より小柄な知らない女の子が目に入った。
こうやって私はフミノと出会ったの。つまりは一方的にフミノに助けられた訳。
まだ半年前の話だよ」
「そうなんですか」
リディナは頷く。
「そう。ちなみに襲ってきた魔狼の群れはフミノに半分以上倒された後、その場から逃げ出して森の中を迂回して私が乗っていた馬車を襲ったの。
それで乗っていた当主や補佐役を含む全員が結局死んだんだけれどね。その辺は助かった後、フミノに聞いて馬車が襲われた現場まで行ってわかったのだけれど。
ラベルゴ家は中枢が全員死んだから倒産決定。だから私は職場が無くなるのが確実。あと住み込みで働いていたから住む場所もそのうち追い出される。
アレティウムは山間部の小さな街で景気も良くなかった。だから再就職もままならない。当時の私は魔法を使えなかったから街の外に1人で出ることも出来ない。
こうなると売春街に行くくらいしか生きる方法は無いよね。だから私はフミノに頼んだの。雇ってくれって。
フミノの言動からこの国やこの付近に慣れていない事や他人を苦手にしている事がわかったから。
もちろん当時の私は環境が環境だから誰も信じられなかった。フミノに対しても最大限警戒していたかな。でも売春街行きよりは給料が無くても養って貰えた方がいい。
そう打算で判断してフミノに雇ってくれってお願いしたの。その辺はなんとなくわかるよねきっと。セレスでも」
セレスは頷く。
「私も行き場が無かったですから。私の方が読み書きも計算も出来ないですし、魔法も使えない。つまり何もできないですけれど」
「当時は私も魔法は全く使えなかったよ。さっきも言ったけれど」
「そうなんですか」
リディナは頷いた。
「全部フミノに教わったんだよ。仲間になった後にね。
話を戻すね。私はそんな訳でフミノに雇ってくれとお願いしたの。勿論フミノを信用していたわけじゃない。あくまで生きる為の方法として。もっといい方法が見つかれば当然そっちへ行くつもりで。
でもね、そうしたらフミノに言われたの。雇用はしない。パーティを組む。対等な仲間として。それじゃ駄目かって。
私は魔物を倒した事なんてない。倒せるとも思えない。だから無理だと思ったし言った。でもフミノは対等な仲間という意見にこだわった。
対等な仲間というのは口先だけじゃなかった。フミノが1人で討伐した魔物の褒賞金も半分持つか聞かれたし。金額が多すぎて怖かったからフミノに持って貰ったけれど。
あとフミノは他人が苦手だから個室がある宿でないと泊まれない。アレティウムにある宿で個室があるのは最低でも1人1泊
でもフミノはそれは駄目だと言って1泊
勿論私はそれに見合う事なんて全然出来ていない。むしろ逆に世話になった事の方が多い。
助けて貰っただけじゃない。襲われた場所から街へ行く途中で襲ってきた魔物は全部フミノが退治したし、馬車が魔狼に襲われた件で審判庁にも一緒に行ってもらったりもした位だし。
その時までに私がしたのは街に一緒に入った事と冒険者ギルドに一緒に行った事くらい。
勿論フミノは他人が苦手だからある程度代わりに話はしたけれどそれだけ。とてもそんな部屋に泊まるような事はしていない。
でもフミノは言ったの。仲間。だから同じ待遇だと。
フミノはそういう人なの。対人恐怖症で言葉数が少ないから誤解されるかもしれないけれどね。何というか考え方が危なっかしいほど真っ直ぐで綺麗で格好良くて優しい人。
だからセレスも心配しなくてもいいし、無理に焦ったりしなくても大丈夫だよ。何せ私自身最初かなり長い間役立たずだったし。それでもフミノは魔法を教えてくれたり仲間として一緒に居てくれたしね」
うーん、こうやって聞いていると非常に恥ずかしい。私はそんないい人じゃ無いし格好良くもない。
それにリディナが役立たずだなんて事は絶対無い。リディナがいてくれたからこそ私は街に入れたし冒険者にもなれた。今こうやって楽しく旅行なんてしているのもリディナがいてくれたおかげだ。
その辺リディナは自分を過小評価している。そう言ってやりたい。でもそれは少なくとも今は無理だな。気恥ずかしくて。
何せリビングに顔を出すのも気恥ずかしい。いつもより少し遅れるかもしれないけれど、ちょっとこの部屋で時間をとろう。
精神的な冷却時間を。
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