第102話 伝えるのは難しい

 夕食後、リディナと私は寝室仕様にしたゴーレム車へ移動する。


 セレスには小屋の下段ベッドを使うように言っておいた。本棚についても説明したところ、植物図鑑を見ながら寝るそうだ。

 ただセレスは文字が読めないらしい。だから絵だけ見る形になる。


 彼女は灯火魔法も使えない。だからバーボン君を小屋に入れている。こうすれば私がバーボン君を通して魔法を使えるから。

 寒い、暑い、照明を消す、照明をつける等についてはバーボン君経由で私が聞いて魔法を起動する形だ。


 さて、ゴーレム車内で横になってリディナと会議。なおリディナは秘話魔法を起動している。


「リディナ、セレス、どう思う?」

 

 私はセレスの感情の無さについて聞いたつもりだった。


「今はまだわからないけれどね。悪い子じゃないとは思うけれど。ただ文字や数字、簡単な計算は教えないとね」


 うん、これは明らかに私の質問の意図と別の回答だ。これは私のどうにでも取れる質問の仕方が悪い。

 もう少し考えた上で次の質問をする。


「表情や声から感情が感じられない。大丈夫だと思う?」

「今は心配しなくていいと思うよ」


 リディナからはそんなあっさりとした返答。


「どうして」


「人って環境が酷すぎてそのままで耐えられない時はね。考えたり感じたりする心の一部を凍らせてしまう事があるの。全部感じたら耐えられないから。


 場合によってはこれは自分だという感覚さえ凍らせたりする。自分でなければ痛くないし苦しくないから。


 多分あの子も酷い目にあったんだろうと思う。フミノの服を着ているという事はきっと、フミノがそうせざるをえない状態だったんだろうしね。


 でもそれだからこそ、取り敢えず今は心配しなくていいし心配しても仕方ない。凍った心や実感が戻るのを待つしかない。せめて前よりはましな環境と生活でね。ゆっくりと気長に」


 なるほど。心を凍らせた状態か。

 だから心配しても仕方ない、ゆっくり気長に待つしかないか。

 確かに言う通りだなと納得する。


「実際、フミノも私と会った頃は結構酷かったよ。あの子と状態は少し違うけれどね。フミノの場合は人に対する恐怖以外には特に何もない、生きていければいいという感じで。


 それでもきっとフミノとしてはある程度回復した状態だったんだろうな。今はそう感じるしわかるけれど」


 言われてみれば確かにと思う。あの頃は生きていければいいとだけ思っていた。あと他人がとにかく怖かった。

 あの頃にくらべればかなりましになっているんだな、私も。


「私もまた違うけれど、きっと酷かったんだろうと思う。ただフミノが私を助けてくれた。だから今の状態まで戻れた。


 実のところあの頃、フミノと出会う寸前までは絶望と怒りだけで生きている感じだったしね。ただ怒りの対象の半分があの時死んじゃって。


 そしてフミノにはどうやっても怒りようがなくて。むしろ人が良すぎて危なっかしく見えて。だから自分がなんとかしなきゃと思えて。


 時々自分の今までを思い出して死にたくなったりした時もあったかな。でも私がいないとフミノが大変。そう思えばそうする訳にもいかなくて。

 そんなこんなで気づけばこんな感じ。今は日々楽しんでいる状態になれた訳。


 だから今のセレスについても心配しなくていいと思う。でも一応偵察魔法で注意はしておいた方がいいかな。感情というか自分に対しての実感が戻ってくると、急に死にたくなったりする時もあるから。


 私の場合はフミノがいてくれたから、私がいなくなるとフミノが大変だと思えたのが命綱になったんだけれどね」


 気付いていなかった。リディナがそんな状態だったなんて。私は自分でいっぱいいっぱいだったから。ずっと、今までの間。


 でも確かに最初の頃のリディナと今のリディナは感じが違う。うまく表現できないけれど今の方が柔らかい雰囲気だ。


「だから私はセレスのその点については心配していないかな。実際フミノのおかげで私も何とかなったんだし。勿論偵察魔法や監視魔法である程度危ない事がないように見ておいた方がいいとは思うけれど。


 だから私がもし心配するとしたらフミノの事。もしセレスにとっていい形での引き取り手が無い場合、きっとフミノはこのパーティにセレスを入れて一緒にやっていこうと思う筈。

 

 私も今は反対じゃない。むしろ賛成かな。

 でもこの調子でやっていってこの先大丈夫かなとは思うの。私もフミノに助けてもらったんだからそんな事思う資格はないのかもしれないけれど。


 フミノって見ていると本当に人がいい。人が嫌いとか怖いとか言っている癖に誰かが困っていると助けようとする。


 でもフミノはとっても強いけれど冒険者でしかない。領地持ちの貴族とか大商人とかではない。

 だから出来る事には限界がある。見える範囲にも限界がある。助けたいけれど出来ない、そんな時がいつかくるかもしれない。


 だから今のうちに聞いておきたいの。私達が出来る事なんて限られている。見える見えないに関わらず。助けられる人より助けられない人の方が遥かに多い。それでも今のまま、誰かが困っていたら助けていくの? どう思っているの?」


 思ってもみない方向に話が進んだ。

 しかしリディナ、それは違う。私は人を助けようと思って助けている訳じゃない。困っている人の為に助けたい訳じゃない。


 アコチェーノにいた時、リディナにこのままアコチェーノに留まるかどうか考えるように言われたあの日に気づいた。私は私がしたいようにやっていると。


 しかしそれをどう言えばいいのだろう。どうすればリディナに伝わるのだろう。真剣かつ必死に考える。


「私は他人を助けたい訳じゃない。私はリディナが思っている以上に自分でいっぱいいっぱい。他人の事を考える余裕は全然ない。リディナがさっき言ってくれた事だって気付かなかった」


 難しい。うまく言葉に出来ない。でも言葉にしないと伝わらない。言葉に出さなくても分かってくれるなんて考えはただの甘え。


 だから必死に言葉を絞り出す。うまく言おうなんて考えない。どうせ私の対人能力ではそんな事は出来ない。だからとにかく伝わるように。

 リディナには伝わって欲しいから。


「私はきっとリディナが思っている以上に自分勝手で我儘。自分の事しか考えていない。自分のことしかわからない。他人のことまでわからない。他人がどう思っているかなんてわからない。自分ではないからわからない」


 この辺はついさっき感じた事だ。リディナがどう感じていたか、全然私はわかっていなかったから。

 さてここからが本題。どう言えば伝わるだろう。わからない。でもとにかく伝えなければ。だから私は言葉を必死で絞り出す。


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