第103話 明日の方針
「私がやった事で相手が助かったかはわからない。助かったと思ったかもわからない。自分じゃないからわからない。
だから私の基準は簡単。その時私がそうしたいと思うか思わないか。私が私自身がそうしたいと思ったかどうか。それだけ。それが全て。それ以外ない」
「でもそれなら何故そうしたいと思ったのかな? 私の時だってまだ私がフミノの手伝いをするって言う前だよね。フィリロータの時だってデゾルバ男爵領の時だってフミノは見返りとか全く考えてなかったよね。それとも何か東の国でそんな信仰か何かあるの? そうすれば救われるというような」
この質問なら簡単に答えられる。
「宗教は信じていない。神という存在そのものは実在する。ある事があって知っている。でも神がそうやって一人一人の行動を全部見て判断して何かを決めているかはわからないし知らない。だからそれを判断基準には出来ない」
さっきの質問のおかげで次の言葉も出てくる。
「私が知っているのは自分だけ。自分がどうされるとどう感じるかだけ。飢えれば苦しいと思うし怪我をすれば痛いと思う。病気になれば苦しいし死ぬのは嫌だと思う。
他人であってもそういう状況は見たくない。見ると想像してしまう。痛いのを苦しいのを思い出してしまう。
だから嫌だ。そういう状態を見たくないし感じたくない。それだけでそれ以上じゃない」
あと少し違う何かもあるような気がする。でもうまく言えない。うまく言葉に出来ない。
つまり私がやっているのは他人の為じゃなくて自分の為なのだ。そうか、このフレーズも入れておこう。その方がわかりやすい。
「だから私がやっているのは他人の為じゃない。自分の為。自分がやりたいと思っているからやっているだけ」
これでやっと私が実際に感じている事の6割くらいだ。人に伝えるのはやっぱり難しい。
「つまりフミノは他人の為じゃなくて、自分の為にしているって事でいい?」
まさにその通りだ。頷きつつこたえる。
「そう。他人は自分じゃないからわからない。だから私が判断する自由があってした判断は全部私がその時そうしたいという理由で判断した。それだけ」
このことに気づかせてくれたのはリディナだ。その辺の経緯はうまく説明できないけれども。
「でも私はおかげで助かったよ。フィリロータの村の人だって、アコチェーノのトンネルが出来た事だって、デゾルバ男爵領の事だって助かった人は大勢いるし、喜んだ人も大勢いると思う。それでも単に自分の為にしたって言えるの?」
「その場の全員が私がそうする事を望んでいるとは限らない。望んでいても私にはわからない。だから私は私の判断で私がしたい事をした。そういう意味ではただの傲慢。喜ばれたというのは結果が良かっただけ」
「なら助かったと思った人や喜んでくれた人がいたという事は嬉しくないの?」
リディナの質問。ここはちょっと説明が必要だ。微妙な部分だから。
「勿論喜んでくれた人が多ければ嬉しい。問題はそうでない場合。フィリロータでもアコチェーノでもデゾルバ男爵領でも、依頼はなく私がそうしたいからしただけ。だから結果が悪かった場合は私のせい。そうしたいと思ってやった私のせい」
「結果としてどれも良かったと思うけれど」
「そうなったのは結果論。勿論皆が喜んでくれて私も嬉しい。でも仮にそうならなかったとした場合、責任はそうしてしまった私のせい。誰かが仮にそうする事を望んでいたとしても、その誰かのせいじゃない。実際に決めて行動した私の責任。もちろん実際に全部の責任をとれるとは思わないけれど」
あ、リディナの苦笑の気配。見えないけれど何となくわかる。でもなぜ苦笑したのだろう。私にはわからない。
わからないままリディナの声が聞こえる。
「何となくわかったかな。今の話で」
何がだろう。
「何が?」
「取り敢えず今は心配はしなくていいだろうって事」
リディナは続ける。
「なにはともあれ明日は街に行って衛士に報告だね。セレスの事は明日の朝、私がセレスに聞いてみるね。これからどうするつもりか。
もし良さそうな身の寄せ先が無いならこのパーティの3人目という事でいい? 2人用の部分は少し滞在して直す事にして」
何を心配しなくていいのか、今の話が何故その辺に繋がるのか。
その辺は私にはわからない。でも結論は間違いなく妥当だろう。だから私は頷く。
いや頷いてもこの状態ではリディナに見えないな。きちんと声で返事をしよう。
「わかった。私もそれでいいと思う」
「わかった。それじゃ今日はおやすみなさい」
「おやすみなさい」
リディナは灯火魔法を解除、馬車の中は暗くなった。
何か今ひとつわからないけれど、取り敢えず問題はないようだな。私はそう思って、それから半ば無意識で確認していたセレスの方へ意識を向ける。
セレスはまだ植物図鑑を見ている。本が気に入ったようで1枚1枚の絵をじっくり見ながら。
ならセレスが寝るまで私は討伐でもするとしよう。バーボン君を通したセレスの確認、この小屋一帯の監視、そして魔物・魔獣討伐。視界3つを操るのも今の私には難しくない。
この付近はある程度リディナが退治したようで魔物は感じない。そして雨期だけれど雨が降っていないのでスライムもいない。
もう少し範囲を広げてみる。いたいた。1匹
◇◇◇
いつも思うのだけれどリディナは朝に強い。
私は朝に弱い自覚がある。だから最近は偵察魔法で日の出を感じると自動的に目覚めるよう魔法を組んでいる。
起きて思考がある程度動き始めたら状態異常解除の魔法を起動。この世界の魔法では睡眠も状態異常の一種とみなされている。だから状態異常解除の魔法で睡魔はある程度飛ばせる。
なお状態異常解除の魔法はレベル1からある。私が完全に目覚めるのはレベル2以上が必要だけれども。
ついでに言っておくが状態異常解除の魔法で解除可能なのは睡眠や毒等の一時的に陥ったものだけ。私の対人恐怖症のような慢性的状態異常は解除不能だ。念の為。
ここまで概ね半時間。やっと私の思考回路が動き出す。ここから髪を整えたり顔を洗ったり服を着替えたりの朝の支度に半時間程度。つまり日の出から約1時間後、やっと私はリディナの前に出られる状態になる。
しかしこの頃には既にリディナは朝食を作り終えている。いったい何時に起きているのだろう。朝食の為に夜中から起きているとすれば申し訳ない。
そう思ったから一度調べてみた。偵察魔法のトリガーをリディナの起床にあわせただけだけれども。
なんという事はなかった。日の出の時間、つまり私と同じだった。ただ起きてから動けるようになるまでが私より遥かに早いだけ。
なんて事をぼーっと考えながら自分に状態異常解除レベル2の魔法をかける。
そうだ、そう言えば今日はセレスも一緒だったんだ。どうしているだろう。バーボン君の感覚を使って確認。
セレスはすでに起きていた。リディナと何か話をしながら小屋で朝食を作っている。
出遅れたな。いつもの事か。櫛で髪をととのえ、濡らした布で顔を拭く。窓と戸を全開にして中の空気を入れ替え、マットと布団を収納してゴーレム車を座席状態に転換。ついでにさっと掃除をしてと。
ゴーレム車の外に出て、そして小屋をノックする。
「おはよう。どうぞ」
その声で私は中へと入る。
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