第85話 一件落着

 翌日、午後1の鐘が鳴った頃。


「疲れたね」

「確かに」


 私とリディナはお家に入るなりばたっと床に倒れた。


 靴を脱いで上がるタイプの家は便利だ。疲れすぎた時、床でそのまま寝込めるから。

 ベッドと違い、寝ながら食事だって出来る。かなりみっともないけれど疲れているから仕方ない。


 デゾルバ男爵領からの村人脱出騒動が一段落したのはつい先程。


 私が追いついた後2時間弱歩いてアコチェーノ南門に到着。

 まずは門番さんにリディナが説明。200人近い人がいきなり来るという非常事態に門番さんの1人が領役所への伝令を飛ばす。駆けつけた領役所の人にリディナと村の代表者1人で更に事情を説明。


 何やかんやで半時間30分ほどで中へ入れた。その後リディナと領役所の人が皆を案内し河原へ。私が空いているところを整地して家を出し、とりあえず全員就寝する。


 そして朝、6の鐘でリディナと村の代表3人が領役所と森林組合を回って説明。その間私はイリアさんに頼んで朝食を全家庭に配って貰う。


 一度家に帰った後、私はリディナに呼び出される。河原に出した村人の家をもう一度収納。領役所の人が定めた場所へ家をもう一度出し直す。出し入れで家にひびが入ったりした部分を土魔法などで補修。


 家の移転及び補修作業が終わったところでリディナと合流、やっとこのおうちに帰ってきたという訳だ。


「ただここの領役所、割と話が早くて助かったかな。下手な処だと何日かかっても対応が決まらないなんて事もあるだろうから。半日で済んで本当によかった」

「でも疲れた」

「私もよ。このまま動きたくないというか動けない」


 まったくもってその通り。疲れているので頷かないけれど。


「森林組合の方も喜んで全員雇ってくれたし、家も順次もっとまともなものに建て替えて貰えるみたいだし良かったよね。今日はこれから炊き出しをやるそうだし明日には一時金も出るらしいし。これで栄養失調なんて事も無くなるよね」

「確かに」


 テジュラを食べながらそう返答する。


「本当にいい仕事をした感はあるよね。私達は全然得をしていないけれど」

「確かに」


 実際私達は一銭も得をしていない。むしろテジュラや半月デミデューマを配った分損をしている。

 でもまあ、ゴブリン換算で30匹分もかかってはいないだろう。つい先日褒賞金をがっぽり貰ったし問題無い。


「それにしてもフミノ、大丈夫? さっきから同じ返事しかしていないけれど」

「大丈夫」


 ただ少しだけ気になる事がある。


「デゾルバ男爵領、どうするだろう」

「さあ。スティヴァレでは国民は誰でも移動の自由があるからね。領民に逃げられても文句は言えないし、取り戻すなんて事も出来ない筈よ。

 さしあたって残りのトウモロコシの収穫は残った部下と本人でやらないとね。ただ秋ジャガイモの収穫までには国王庁から調査が来て、新しい領主に変わるんじゃない。ここの領主から報告が行くだろうから」


 なら別にいいか。問題なしだ。


「ところでテジュラや半月デミデューマ、ガレはあとどれくらい残っているかな。大分出しちゃったよね」


 おっと、リディナ、そこに気づいてしまったか。実はそれこそが現在における最大の問題なのだ。


「在庫なし。今ので最後」

「え、本当に」


 私の正直な返答にリディナの台詞が半オクターブ上がる。


「本当。夕食の残りやパンだけとかは別として、すぐ食べられるのは残りサンドイッチが4食分だけ」


 他は元村人の昼食や夜食、朝食や昼食に出してしまった。流石に老若男女合計150人弱がこれだけ食べると大量にあった在庫も底をつく。


「ならまた買うか作らないとね」


 そうだ。その件で話があったのだった。


「サンドイッチは飲み物が無いと喉がパサパサする。今回のように食べながら行動したり人に渡したりする時に不便。だから今度、おにぎりというものを作りたい」


「聞いた事が無いけれど、それってどんなもの?」


「御飯の中におかずをいれて手で軽く握ってまとめたもの。中のおかずは塩気のある魚の身や濃い味をつけた野菜や肉を入れる。御飯はしっとりしているから飲み物がない時でも食べやすい」


「面白そうね、それ。それもフミノの故郷の料理?」

「そう」


 よしよし、リディナがのってきたぞ。


「出来れば卵も欲しい。そうすれば中に入れる魚と和えるのにちょうどいい調味料も作れる。サラダにもあうし使いやすい」

「どうやって作るの? 他に材料は?」


 よしよし、これで海苔はともかくツナマヨおにぎりは作れる。そう思った時だ。

 偵察魔法がこの小屋に近づく知っている人を確認した。2人だ。


「リディナ、お客さん」


 仕方無い。私は身を起こし、床に置いていたコップと皿を座卓に載せる。


「えっ、あ、カレンさんとミメイさんだ」


 リディナも監視魔法で見えた模様。さっとコップと皿を座卓の上に移動し、そして立ち上がる。


 ドアがノックされた。


「はい」


 相手が誰かはリディナもわかっているけれど、一応そう普通に返事をする。


「失礼します。カレンとミメイです。お話したいことがあって参りました」

「どうぞ」


 2人が入る前に座卓の上は片づけてある。そのままアイテムボックスに入れただけだけれども。


「カレンさん、アコチェーノこちらにいらしたんですね」

「お昼前にローラッテから来ました。今はトンネルを使えば2時間足らずで来ることが出来ますから」


 つまり連絡を受けて来たという事だろうか。私達がデゾルバ男爵領から村人を連れて此処へ来たという事を。


 しかしこの件について冒険者ギルドは関係ない筈だ。だから冒険者ギルド経由でカレンさんやミメイさんに連絡が行く訳はない。連絡が行くとすれば領役所経由だ。


 そして領役所経由ならミメイさんでは無くカレンさんに連絡か命令が行ったのだろう。私はつい見てしまったから知っている。カレンさんはギルドのサブマスターという肩書の他に、政治的な称号も複数隠し持っているから。


「取り敢えずどうぞ中へ」


 リディナがカレンさんを中へと案内する。私はコップ3つを出して乳性飲料を注ぐ。勿論さっきの食べかけ飲みかけとは別のコップだ。


「それで何か冒険者ギルドからの依頼があるのでしょうか」

「いえ、今回は領主であるフェルマ伯爵の代理として、お二人にお礼とメッセージを伝えに参りました」


 やはりそっちの方の立場かと私は納得する。


「あれ? 確かカレンさんはローラッテの冒険者ギルドのサブマスターですよね。何故領主の代理なんですか?」


 リディナは知らない。個人情報だしカレンさんの場合は全部を知られるとかなり面倒な事にもなる。

 だから私はこの件について、リディナに対しても何も言わなかったから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る