憧れの先輩がちょっぴりドジっ子でした

さばりん

憧れの先輩の垣間見えた一面

 唐突だが、某営業課に所属する柏木幸樹かしわぎこうきには、憧れの先輩がいる。


『はい、かしこまりました。弊社といたしましても、その方向で話を進めさせていただきます』


 彼女は、画面の中でもきりっとした凛々しい表情で、取引先の部長さんと、取引の最終調整をトントンと進めていた。

 栃木桃香とちぎももか先輩は、幸樹の直属の上司であり、憧れの先輩でもある。

 いつも後輩である幸樹を気に掛けてくれて、困っている時は的確なアドバイスを出して助けてくれるエリート上司だ。

 肩まで伸ばした黒髪は毛先だけをカールさせ、端正な顔立ちから発動する可愛らしい笑顔は、誰もが心を奪われてしまうような優美な女性。


 幸樹こうきが所属する会社は、現在緊急事態宣言下でリモートワークを実施中。

 この状況下で、家にいる時間が増えているにもかかわらず、皺ひとつないシャキッとしたスーツ姿に身を包み、気の抜けた表情一つ浮かべない桃香ももか先輩は、本当に凄いと思う。

 普通だったら、家にいたら様々な誘惑があり、集中力が切れてしまいがちだが、桃香先輩はその素振りが全く見えないので、本当に尊敬する。


『それでは、お疲れ様でした。またよろしくお願い致します』

『こちらこそ、よろしくお願い致します』

『それでは、失礼いたします』


 取引先の部長さんがWEB会議画面から退出していくのを桃香先輩は柔和な微笑みで見送る。

 相手先が退出して、幸樹と桃香先輩の二人だけが会議画面に取り残された。


『ふぅ……やっと終わったわね』


 そこでようやく、一息つくように桃香先輩が肩の荷を下ろす。


『お疲れ様です桃香先輩』

『幸樹君も、面倒な会議に付き合って貰っちゃってごめんなさいね』

『いえいえ、気にしないでください。これも大切な仕事ですから』

『ふふっ、幸樹君も社会人として頼もしくなってきたわね』

『そんなことないですよ。僕なんてまだ未熟者です』

『もう、謙遜しなくてもいいのに』

『桃香先輩には敵いませんから』

『そんなにおだてても、何も出ないわよ?』


 二人WEBアプリでそんな会話を交わし終えると、桃香先輩は『んんっ!』っと声を上げながら伸びをした。


『さてとっ! さっきの会議の資料をまとめちゃいましょうか』

『はい、そうですね』

『先にやっててもらっていいかしら? 私はお茶を持ってくるわ』

『わかりました』

『一旦ミュートにするわね』

『はい』


 そう言い残して、桃香先輩はミュートにしてお茶を取りに離席した。

 その間に幸樹は、会議でまとめた議事録を共有するため、桃香先輩へファイル添付したメールを送信する。


「よしっ、あとは相手先へ予算の見積もりを作成して……」


 そんな独り言をつぶやきながら、ふとWEB会議の画面に目が行く。

 すると、そこには信じられない光景が広がっていた。

 見えていたのは、濃紺のスーツ姿に身を包んだ桃香先輩の後姿。

 しかし、そこにはがあった。

 その違和感の正体は、スーツの下に見えるピンクのTバックと、付け根から伸びる健康的な白い太もも……。


「ぶっ!」


 幸樹は、思わず吹いてしまう。


「ちょっと先輩! 何やってるんすか!?」


 幸樹は慌てて先輩に声を掛けた。

 けれど、先輩は幸樹の声に反応する様子はない。

 どうやら探し物でもしているらしく、お尻をふるふると振りながら、タンスを漁っていた。

 そういえばさっき、先輩はミュートにするとか言ってたっけ?

 つまり、幸樹がどんなに呼びかけたとしても、先輩に幸樹の声は届かないのだ。


「はぁ……何やってんすか先輩」


 思わずこめかみに手を当ててため息を吐く幸樹。

 憧れだった先輩が、まさか下半身を露出して仕事していたなんて……。

 想像していたきらきらと輝く先輩像が、一気に残念なものへと変わっていく。


 そして、もう一つの問題が幸樹を襲う。

 それは、幸樹の視線が先輩のお尻から離れなくなってしまったということ。

 幸樹もれっきとした成人男性だ。

 いくら会社の先輩で恋愛感情が無くとも、無防備に下着姿をさらけ出していたら、目を逸らせないのが性というもの。

 その眩しい太ももとセクシーなパンツから、目を離せなくなってしまうのは仕方が無いこと。


 しばらくして、探し物が見つかったらしく、桃香先輩は手にクリアファイルを持ちながら、PCの前へと戻ってくる。

 そして、ちらりとこちらを見ると、画面越しで視線が重なった。


 ぴたりと足を止め、ポカンとした表情を浮かべた桃香先輩は、瞬時にポっと顔を真っ赤にして、慌ててPCの画面へと猛スピードで近づいてくる。

 ミュートが解除される音が聞こえ、桃香先輩の慌てた声が聞こえてきた。


『幸樹君!? も、もしかして見てた!?』

『はい……ばっちりと見てました』


 幸樹が正直に答えると、桃香先輩はさらに顔を林檎のように真っ赤に染めて、羞恥のあまり顔を手で覆ってしまう。

 しばらくして、先輩は椅子に腰かけると、カメラ越しに鋭い視線を向けてきた。


『今見たことは、他の人には絶対に内緒だからね!』

『はい、もちろんです』

『なんなら、幸樹君の記憶からも消し去って!』

『ぜ、善処します』


 桃香先輩の有無を言わせぬ威圧感に、幸樹はそう答えることしか出来ない。

 しかし、恐らく先ほど見た映像は、幸樹の脳裏に深く焼き付き、深く記憶に刻み込まれることだろう。


『ほら、さっさと仕事終わらせちゃうわよ!』

『承知しました』


 慌てて話題を仕事に戻しつつ、唇を尖らせる先輩を見て、幸樹は少しほっとした気持ちになった。

 何故なら、完璧超人だと思っていた先輩にも、こういうドジな失敗や、家で息抜きする時間がちゃんとあるんだと思ったから。

 ハプニングという形ではあったけれど、先輩のプライベートな一面を垣間見て、少し安心する幸樹なのであった。

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