EhoN
皮以祝
誰からも忘れられた場所で
俺は、ある館を相続した。
あまり交流の無かった母方の曾祖父が残したものであり、碌な管理もされていなかったのか、外観は廃墟と疑うような酷い有様であった。
その他、多くの価値ある財産が残っているうえで、そのようなものを相続したいと思うような者がいるはずもなく、俺へと押し付けられた。
今は手続きを終え、正式に自身の物へとなった屋敷。
母は俺が生まれてすぐに死に、父が一人で俺達を育てていた。
父が忙しかった時も、父方の祖父母の家に預けられていた。
俺は、ここを目の前にした瞬間から、妙な既視感を覚えた。
しかし、記憶には無い。
このような印象的な場所を忘れることなどあるのだろうか?
物心のつく以前に訪れたことがあったのだろうか?
内装も、割れた窓から吹き込んできたのだろう、雨風に晒されたのか、家内狼藉の有様である。
一つ歩む毎に、静かな空間に音が響く。
床に散らばる細かなガラスが更に砕ける音。
古くなった床板が軋む音。
いくら古く、鬱屈とした館とはいえ、資産を食い潰そうとするハイエナのような親族が、いかにもナニカありそうなここを訪れないということは考えられない。
既に金目のものは持ち運ばれた後だろう。
俺は、更に見て回ることにした。
それで何か見つかるということも無い。
改めて、ここは暗い。
外界の光を遮る為に付けられたカーテンも既に破れ、千切れている。
しかし、それすら無為にするかのように、窓枠の中には木々。
この死んだような館の命を吸ったかのように、青々とした葉をつけている。
幾年の間、放置されていたのか。
ソファも裂け、中の物が見えている。
中には初めて見るような虫が蠢いていて、座る気にはなれない。
粗方見て回った。
もう帰ろうかと、出入口へと向かおうとして振り向いた時、開いた扉の陰で何かが輝いている。
近づいてみれば、元は壺であったであろうガラス片が床に散らばっている。
その中に、小さな鍵が紛れていた。
手に取り、眺める。
持ち手まで金属製であるため、指先の熱を奪っていく。
この館に入るために使用した鍵よりは半分ほどの大きさしかない。
どこかの引き出しの鍵だろうか?
辺りを見渡すが、それらしきものはない。
玄関の近くにでも置いておこうと、一旦ポケットにしまった時、雨音が聞こえてきた。
夕立だろうか。
暫く待とうと思っても、ここには座れる場所もない。
散策を続けることにする。
この館には、二階も存在しているが、上るための階段の一部が抜けている。
前に訪れた親族のものか、足跡は残っているが、使うのなら確かめてからの方がいいだろう。
雨が降っているため、庭の様子を見ようとも思わない。
雨は弱まったのだろうか?
外の様子を窺うが、先ほどより強まっているようにも見える。
予報では曇りとなっていたが、これ以上強まるのならさっさと帰ってしまおう。
思わず息を呑む。
何かが動いたような音がした。
ここには俺しか存在しないはずだが……
聞こえたのは厨房の方だ。
食器の一部は残っているが、他の部屋と同じようにぼろぼろだ。
使い物になる物はあるだろうか。
メッキの剥げたフォークを見つける。
蛇口も錆びていて、水が出るとは思えない。
再び音がする。
先程は不意討ちのように聞こえたため驚いてしまったが、改めて聞けば、明らかに人間が歩いたような音ではない。
小動物、ネズミでも住み着いているのかもしれない。
厨房でも何も発見できなかった。
予想はしていたが、役に立たないものを相続してしまったようだ。
一階は、ほとんど見終わった。
残りは上の階だが、それは後日にしよう。
ふと、隙間風のようなものを感じる。
外から吹き込み続けている風とは異なり、ぬるい風。
何処からだろうか。
階段前で感じたということは、階段の踏み場、そこに空いた穴から届いたのだろうか。
近づいてみる。
階段近くの床は軋むが、抜けるほどではないようだ。
手を翳すと、案の定、そこから生暖かい風が流れてきていた。
しかし、その穴の中へ手を入れる勇気はない。
階段の穴から流れてきているということは……
階段の側面へと回る。
何の変哲も……
「これは……」
側面に亀裂が入っているのかと思ったが、それにしては垂直に、真っすぐな線が走っている。
近づいてようやく気づける程度だ。
少し離れてしまえば、違和感すら覚えないだろう。
手は汚れてしまうが、今更だと思い、そこに手を当てる。
木の感触。
軽くノックするように叩くと、薄い板であることが分かる。
もしかして、あとから補強したのだろうか?
それにしては、粗末だ。
もう一度、今度は少し強めに叩いた時、階段の内部へ消えるように、板が倒れた。
中にはやはり空間があったようだ。
雨が降っているとはいえ、館の中は照らさずとも見えていたが、流石に暗い。
懐中電灯で中を照らす。
階段がある。
二階へと向かう、螺旋状に巻かれるように作られた木製のものでは無く、石で作られている、真っすぐ下るための階段。
好奇心で、更に中を照らす。
階段の下、扉があるようだ。
誰にも聞いたことはなかったが……
最後にそこを確認し、館を出よう。
足元を確認しながら、慎重に階段を下りていく。
高い埃の層が成されていて、一歩踏む毎に白く舞い上がる。
服の袖で口を押えながら、扉の前へと辿り着く。
上から埃が降ってきそうだ。
ドアノブに手を掛ける。
閉じている……?
ドアノブを照らした。
その下には鍵穴。
扉の大きさとは裏腹な、小さな……
「もしかして、これだろうか?」
ポケットにしまった鍵を取り出す。
同じくらいの大きさだ。
試しに入れたつもりだったが、ぴったりと鍵穴と合わさる。
予想以上に軽い抵抗の後、鍵が回る。
ドアノブに手を置き、扉を開いた。
曽祖父は生前、物置として使用していたのだろうか?
自転車や中身のない本棚、ボールに薪など、様々な物が存在している。
しかし、それらは、壁際に退かされたかのように、立てかけるかのようになっている。
そして、部屋の中央。
一つの椅子が置かれている。
その上、自身が部屋の主であると主張するように、一冊の本が鎮座している。
近づき、手に取る。
埃を被っていない?
本を開く。
一ページ目。
一人の少女が直立している。
二ページ目。
ブロンドの長い髪を椅子から垂らし、窓の外を眺める少女の絵。
少女と向き合うような小鳥たちの様子も描かれている。
これは何だろうか。
ぱらぱらとページを流す。
どのページにも、文字はなく、ただ少女が描かれている。
そして、最後のページ。
少女がこちらに手のひらを向けている。
これは、物語なのだろうか?
一つ前のページに戻れば、少女は積み木のようなもので遊び、小鳥たちが、少女の頭上を飛び回っている。
最後のページに再び戻る。
少女の絵。
淡く描かれているが、妙な現実感がある。
その少女はただこちらに手のひらを向けているだけだ。
それ以外には何も存在していない。
「っ!?」
気まぐれに、人差し指の先を少女の手のひらに当てれば、返ってきたのは紙とはかけ離れた感触。
まるで人肌のような……
全身に鳥肌が立つ。
しかし、再び彼女の手に指先で触れた。
確かに人の感触がする
何だこれは。
本の中の少女は微笑みを絶やさない。
当然だ。
もう一度、一ページ目に戻る。
少女に触れる。
先程と同じ感触。
しかし、何故か嫌悪感はない。
むしろ……
再び触れる。
どういう仕組みだ?
この薄い紙でこんな感触が……
「あ……」
何度も触れていたためだろうか。
そもそも風化していたのだろうか。
ページが破れる。
少女の右手首を分けるようにページが裂けた。
少し、罪悪感が……
少女は、微笑んでいただろうか?
このページの少女は、無表情ではなかったか?
めがはなせない
本の中から、ナニカが飛び出す。
その手には輝くものが握られていた。
EhoN 皮以祝 @oue475869
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