変わりゆく関係 年下

仲仁へび(旧:離久)

第1話



「もえなねーちゃん。まってよぅ」


 とたたたっ、と軽い足音が私の背中を追いかけてくる。

 振り返ると、小さな男の子が私の背中を掴んでいた。


「おいてかないでよっ」


 男の子は涙目になって、こちらを見上げている。

 その姿を見た私は、微笑みをこぼしてその男の子に向かい合った。


「大丈夫だよ。お姉ちゃんは、置いていったりしないから」

「ほんとに?」


 不安そうな顔をする男の子。

 つい先ほどまで迷子になっていたのだから当然だろう。

 私が見つけてあげなかったら、もう数分は泣いていたかもしれない。


「本当に! だからほら、一緒に行こう」


 私は男の子に手を差し伸べる。

 男の子は涙をぬぐって、この手をつかんだ。


 小さくて、あったかくて、頼りない手。

 私がお姉さんとしてこの子を守ってあげなくちゃ。

 そう思わせる手だ。


 私は男の子に笑いかけながら、先導するように一歩前を歩き出した。





 私には、近所に仲の良い男の子がいた。

 その子とは物心ついてすぐに出会ったから、今に至るまで十年以上も近くにいた事になる。

 世間一般が述べる長い付き合い、という関係だ。


 子供の頃はたくさん遊んだし、たくさんお世話してあげた。

 私の方が年上だったから、面倒を見る役はいつも私だった。


 けれど、小学校高学年になって距離が開き始めたと思ったら、あっという間。

 中学生になった頃には、その男の子は手が届かないような存在になっていった。


 最近じゃ、あの子が何やってるのか知らないし、何を考えているのかも分からなくなってしまった。


 だから、学校の校門でぼうっと立っている時に、あの子が話かけてくれたのにすごく驚いた。


「もえな、何してんの。こんなところで」

「あっ、ひさし……ぶりっ」

「別に顔ぐらいたまに見るだろ、何キョドってんだよ」

「そっ、そうだよね。あはは……」


 ご近所さんだからあの子のいう通り、顔ぐらいは見ている。

 家が近い事と、通っている学校が同じである事が関係して、いつも同じような時間に家を出ているからだ。


 でも、私が「おはよう」って挨拶しても、「うん」くらいしか言わないし。


 話し方、だいぶ変わったな。

 あの頃と比べると。


「それで、何してんの? って聞いて待ってるんだけど」

「あ、うん。えっとね。実は……これ」


 私は。学校のカバンから一枚の紙きれを取り出す。

 下駄箱に入っていたそれは、下校時に見つけたものだ。


 中身を読んでみたら、校門のところで待っていてほしいと書いてあったので、こうしている。

 相談事とかかな。


 すると、あの子は眉間にしわをよせて、紙きれをひったくった。

 そして勝手に中身を読んでしまう。


「ちょっと、失礼だよ!」

「ちょっとくらい良いだろ。……ふーん。で?」

「え?」

「つきあうの?」

「何の事?」


 探るような視線と共に、唐突に問いかけられた質問。

 その意味が分からなくてあの子に問い返すと、「はぁ」とため息をつかれた。


「鈍すぎ。これってそういう事だろ?」

「え? え? どういう事? この手紙、何の用事か分かるの?」

「分からない方がおかしいって」


 けれど、あの子は私にそれを教えてくれるつもりがないようだ。


 こちらをじっと見つめて、手紙を返してくる。


「本当は、もっといろいろ準備してからやるつもりだったのに、予想外。でも予想外過ぎるってほどの事じゃないか。お前ってなんか隙多そうだし。女ならだれでもいいって考えてる奴にとっては、いいカモなのかもね。押したら引いてくれそうに見えるじゃん」


 見えるじゃん、と言われても何について話をしているのか分からないので、首をかしげるしかない。

 すると、あの子はカバンの中から紐のようなものを取り出して、私の首に括り付け始めた。


「え? ちょっと何するの。やめてってば。くすぐったいよ」

「動かないでくれる。今大事なとこだから」

「さっきからずっと意味不明だよ!?」

「できた」


 首回りの作業から解放された私が、あの子の表情を見ると少しだけ満足げに見えた。


「それ、しるし」

「え?」


 首をかしげる私。

 その首元を、あの子が指さした。


「俺のもんだって」

「私は私の物だよ」


 私はずっと状況に置いてきぼり。


 さっきからあの子が、何を言ってるのか分からない。


 でも、不思議とだんだん胸の奥が熱くなってくる。


 本当は気づいているんじゃないのって。

 私の心が私に問いかけてる。


 あの子は、近くにしゃがみこんで、手元に転がっていた石を次々と遠くに放りなげはじめた。


 視線はずっと地面。


「近くさ、待ってるから。さっさと用事すませて俺ん家こいよ」

「待ってるって。どうして?」

「さっきから疑問形ばっか。少しは、自分の頭で考えろよな」

「あう、……ごめん」

「……別に、責めてるわけじゃないし」


 そこで、やっとこっちを見たあの子が、私のスカートのすそをちょんと掴んだ。


「もえなねーちゃんは、俺のねーちゃんなんだから。それだけ分かってればいいんだよ」

「……う、うん」


 なんだか、すごいどきどき。

 顔があつくなって、のぼせそうになってきた。


 あの子から、昔みたいに呼ばれたから?


 どうしてかいたたまれなくなった私は、くるりと向きをかえる。


 スカートを引っ張っていた手がはずれて、体が少しだけ軽くなった気分。


 ほっとしたのもつかの間。


 すぐに背後の様子が気になった。


 振り返るべきか悩む私は、遠くから近づいてくる男子生徒……たぶん呼び出し主さんの方へ、ゆっくりと歩き出した。


 きっと今日、何かの関係が変わる。

 確信めいたものを抱きながら、


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