悪役令嬢VS悪役令嬢

試験休み初日はミーガンレイ家でエルティルト君に甘やかされていた。私の前には切り分けたパンケーキをフォークに刺し、私の口元に近付けて、微笑む婚約者(仮)

がいる。


「はい、あ~ん♡」


推しからの破壊力満点の『あ~ん』攻撃を受けて口を開けないファンはいないでしょ!?


「あ…あ~ん…ん…ん」


パンケーキを口に入れられて、モグモグと噛んでいる私を蕩けるような微笑で見詰めるエルティルト君。


あ、甘――――以下略。


そんな私とエルティルト君を公爵夫妻が笑顔で見詰めている。そんな穏やかな日になるはずだった。


そう…なるはずだったのだ。


リビングでまったりとしていた私達の所に公爵家の執事が飛び込んで来て、公爵様に耳打ちをしている。公爵様は眉間に皺を寄せた。


「父上…お祖父さまとリリシアがこちらに来ているそうだ」


「!」


エルティルト君とエルママ…おば様の表情が険しくなった。


エルティルト君のお母様はゲームの中では、義理の娘のリリシアにきつく当たって虐めていた。その時はエルママの行動心理が理解出来ないままだったが、この世界では明確に毛嫌いする理由が分かる。


マホガンタの血のせいだ。


エルママは淑女の仮面を被って、嫌悪感を表に出さないように微笑みを作っている。


そして…お祖父様とリリシアが部屋に入って来た。リリシアは私が居ることに気が付くと、睨んで来た。


何故睨む?


「イメリアナもいるのか、ちょうどいいな」


何がちょうどいいの?


お祖父様はそう言って私とエルティルト君の前にリリシアと座るといきなり


「イメリアナ…君がリリシアを苛めていると聞いたが本当だろうか?」


と切り出した。


「………へ?」


「え?」


私とエルティルト君の声は綺麗に重なって…そして私達より先に声を震わせて怒ったのはエルママだった。


「イリィが!?そんな訳ありませんでしょう?暴言を吐いてエルティルトに付きまといっ挙句に家庭教師の先生に暴行を働くのは…そのっその子の方が…」


立ち上がって興奮し過ぎたのか、言葉の途中でエルママはふらついてしまい、慌ててエルパパに支えられていた。


「お祖父様…イリィがリリシアを苛めているという確たる証拠があるのでしょうか?」


エルティルト君が固い声で聞き返した。私もお祖父様を見詰めると、お祖父様が隣に座るリリシアに顔を向けた瞬間、リリシアは泣き出した。


ええ…ええ…嘘泣きですね?しかし演技下手だね。


「ひ…酷いわっ!イメリアナが私の教科書や筆記具を壊して隠したりするから…試験で何も書くことが出来なくて困ったのよっ!」


何も書くことが出来なかった…だと?つまり……


「リリシア…テスト0点だったの?」


私がうっかりとそう聞くと、リリシアは激しく(嘘)泣き出した。


そりゃそうだろう…授業を悉くサボっているのだから、試験内容なんて全く分からないから何も書けないだろうさ。


「筆記具が無くて試験で何も書けなかった……それはおかしいな?」


エルティルト君が泣いているリリシアに苦々しい顔を見せている。そして私の方を見た。


「中間試験の前に、各教室で魔ペンの筆記具が配られなかった?」


あ、そう言えば事前連絡でも当日は筆記具の持ち込みは禁止とされていた。


「あ…うん、試験の前にホマス先生が配ってた…魔法でカンニングをしないよう…不正防止の為に学院が用意した魔ペンを…」


エルティルト君に言葉を返しながら、私も気が付いてリリシアを見た。リリシアは泣くのをやめて驚愕の顔を私に向けている。


まさか知らなかったの…そりゃ知らないか、普段は授業にも出てないから試験に際しての注意事項を見てもいないよね?ホームルームで全生徒に冊子を配ってたぞ?


「マラドレア魔術学院では試験時、生徒の不正を防ぐ為に学院指定の魔ペンを必ず使うことが決められている。だからイメリアナが試験中にリリシアの妨害をすることは考えら…」


エルパパが言い終わる前に、リリシアが悲鳴に近い声を上げてお祖父様に抱き付いた。


「嘘よ嘘よっ!私があんなに酷い成績なはずはないわ!」


「リリシアの成績はそれほど悪かったのですか?」


エルティルト君がお祖父様に聞くと、お祖父様は懐から封書を出して来た。


「今日、学院からリリシアの前期の成績通知書が届いた」


あ~通信簿のことね、生徒に手渡しじゃなくて家に送りつけてくるのか…


「やめてっ!おじい様!!」


リリシアが封書をひったくろうとしたのをエルティルト君がヒラリとかわして、中を開いて見た。どんな成績なんだろう?ワクワクするのは許しておくれ…エルティルト君の手元を私も覗き込んだ。


「実技…0点…内申点0点…筆記は、数学3点?ひええ…歴史…0点、ヘーゼ語2点、魔法理論0点、ん?『学院の風紀を乱し、他生徒への暴言など目に余る行為がある、当学院の生徒として自覚が著しく欠けているものとして、ここに退学の勧告を申しつける』」


出た、退学……


「魔ペン…そうか、テストは今そのような方法を取っているのか…リリシア、どうしてイメリアナが筆記具を隠したと言ったんだ?それに何故、解答を書かなかったんだ?」


お祖父様が何度も頷きながらリリシアに聞くとリリシアはまた、キッと私を睨んだ。


「イ…イメリアナがっ私の邪魔を…」


「試験中は先生方が厳しく監督しているよ、どうやってイリィが君の試験の邪魔を出来るんだ?」


エルティルト君の言葉にリリシアは唇を噛み締め、そして叫んだ。


「私はイメリアナにイジメられているの!エルお兄様もリグリー殿下もどうしてっどうして…そんな女の味方をするのよ!?私の方が可愛いでしょ!?ねえ?私の方が王族の妃に相応しいでしょう!!」


「リリシアが妃に選ばれることは絶対に無い」


エルティルト君が断言すると、リリシアはヒュッ…と息を飲んだ。


ガタガタと震えているリリシアを見詰めていると、リリシアに異変が起こった。


「…ぎ…ぐ…っ」


リリシアを頭を抱え込んだ。また泣き出すのか…と見ていると、何かを小声で呟いている。そして…


あれ?急に視界が霞んできたと思ったら、胸が苦しくなってきた…え?これなに?と思っていたら、何かが倒れた音がして音の先を見ると、ホーガンスレイのお祖父様が床に倒れていた。


「おじぃ…え?えええっ!?」


お祖父様が倒れて、エルティルト君が駆け寄ろうとしたら、リリシアがエルティルト君の肩を掴んだ。その時にリリシアの口から黒い何かがドバッと吐き出されたのだ。


「ウガアアアアアッ!!!」


トラウマものである!リリシアから吐き出された黒い吐瀉物がエルティルト君にぶっかけられた!!


「ぎゃっ…エルッ!?あんた、なにすんのよっ!」


私はとっさにテーブルの上に乗っていたティーポットをリリシアに投げつけた。


ティーポットはリリシアの後頭部を直撃して、熱いお茶の中身が飛び出した。


「ぎゃ…!!」


叫び声を上げたリリシアがグルンと顔をこちらに向けた。


「んぎゃああっっ!?」


リリシアの顔を見て絶叫した。お茶を頭から被って化粧が崩れ落ち、顔に流れ落ちたアイラインとマスカラ?でぐちゃぐちゃの世にも恐ろしい顔のまま、口からドロドロの黒いものを吐き出しながらリリシアはこちらを見たのである。


あわわ…ひええ…腰が抜けたのか、ソファに座ったまま倒れそうになった


「…っち…魔素の塊を……ゲホッ…」


「…っエル!?」


リリシアからぶっかけられていたエルティルト君は、魔法を使った。強力な浄化魔法だ。ぶっかけられていた黒いモノが綺麗に無くなっている。良かった……


「イリィ…危ないからこちらへ!」


ソファに座っていた私の体をエルママが庇うようにして、リリシアの視界から遮ってくれた。そう言えばエルパパは……おいぃぃ!?倒れてるしっ!?


「エルティルト!呪詛よ!」


「分かってるよっ母上!」


母と息子のやり取りを聞いて、ドロドロお化け?のリリシアを見て慄いた。呪詛?え?呪詛って呪ってやる~~の呪詛のこと?


「あっ!」


エルティルト君とエルママと私の目がリリシアに向いたその瞬間、リリシアは消えた。


「転移魔法か…!リリシアは高位魔法が使えたのか…」


「マホガンタの力が覚醒したのではなくて…いけないっ!お義父様とミカエルトが…」


エルママは言いかけて、倒れているエルパパとお祖父様の元へ移動した。


マホガンタの力が覚醒…?


それってそれって…ゲームの終盤で処刑される寸前のイメリアナが放つ必殺技じゃないか!?各ルートで好感度が一番高いキャラがそれを喰らって死に掛けて…主人公リリシアが最上級の癒し魔法で治しちゃう…イベントだ、それが今…起っちゃったの!?

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