普通の令嬢は普通の恋愛がしたい

浦 かすみ

処刑は嫌じゃ〜

私には前世の記憶がある。


薄っすらと記憶にある前世の私は、庶民的な生活をしていたと思う。記憶の中にあるのは人々は変わった服装していて、変わった建物が乱立する街並み…私は幼少の頃から自分の前世の話を両親にしていた。薄っすらとした記憶とまだ幼い故に拙い私の話を、両親は馬鹿にしたりせずに熱心に聞いてくれた。そして私の話からヒントを得た両親は、前世の便利グッズを活かした独自の魔道具の商売を始めた。


その魔便利道具は現在も大人気で世界中に販売されている。


今世の私は、魔道具販売で世界屈指の大商会になった大金持ちのシュヴァリエ侯爵家の長女として優雅な生活を送っていた。


その薄っすらとした記憶がある私に、はっきりとした前世の記憶として上書きされる事件が起こった。


七才になった年に父に、父の友達の子供達だよ〜と言って男の子と女の子を紹介された。


「ミーガンレイ公爵家のエルティルトです」と名乗った、それはそれは綺麗な男の子と「リリシア=ミーガンレイです」そう言って微笑んだとても可愛い女の子。


私は二人を見た瞬間、ぶっ倒れた。それからまる一日気絶していて…再び目覚めてクリアになった過去の記憶に頭を抱えた。


気絶してぶっ倒れている間に私は思い出していた。この世界…は恋愛シミュレーションゲームの中だと言うことに…


しかもよりにもよって、私は主人公をイジメて嫌われて最後は攻略キャラから罪に問われて処刑されちゃうキャラじゃないかっ!


ここで逆ギレても仕方ない。


このゲームの主人公はぶっ倒れる前に会った、リリシア=ミーガンレイだ。


流石、主人公は可愛かったな。そして一緒にご挨拶してくれた綺麗な男の子は、攻略キャラのエルティルトだ。二人は血の繋がらない兄妹でルートによっては禁断の兄妹純愛ルートに進む。


私は単推しのエルティルト一筋だったのだ!!  


あ、このゲームは際どいシーンは出て来ません。ただ、際どいシーンは無くてもエグい表現はあるので十五才以下プレイ禁止になっている。つまり残虐描写有りの規制なのだ。


しかもしかも、その残虐描写は私がエグい方法で処刑されるからなんだよーーー!!


「殺されるのヤダァァ……」


何故かエグいシーン担当は私、イメリアナ=シュヴァリエだ。名前が悪っぽい。誰がつけたんだ?あ、製作者か?それに全国のイメリアナさん、すみません…


自分の過去の記憶もはっきりと思い出した今、所詮中身は社会人のいい大人の私がどう転んでも、突然悪役令嬢のように振る舞える演技力も無く、平々凡々な日々を謳歌してきた一般人としては


誰が自ら好き好んで悪いことしようと思うんだ?ごるぁ?!


と、いう結論に思い至った。平和が一番、普通が一番。イジメ反対、滅びろイジメ。私は主人公と攻略キャラのシナリオを邪魔しないで過ごすことを選択した。


さて…それはそれで生イベントを直接見れない淋しさもある。だが、私の嗜好的に二次元は二次元で楽しんで、キャラにガチ恋を絡めたりはしない主義なので恋愛イベントをみたいとかは思わない。


エルティルトは画面越しで愛でるもの、半径一メートル以内に近付くものじゃない。


そう…恋愛イベント、あれはゲームの画面越しに見れるからベストなアングルの攻略キャラスチルが見れるけれど、グヌヌ…私の居る植え込みの後ろからじゃキャラが背中向けてて見えない!とか、柱が邪魔してキスシーンが見れない!とか、実際の世界ではそんなことになりそうな気がするのだ。


それに攻略キャラのイベント見たさに周りをウロウロしていたら、それこそ私が変質者状態だしね。


と言う訳で、何が何でも主人公達とは接触したくないので、父が事あるごとに私にエルティルトとリリシアと仲良くしろよぉ〜とゴリ押ししてきても、慌てず騒がす節度ある子供の付き合いをしてきていた。


ただね、攻略キャラ云々を抜きにしても、エルティルト君は良い子なのよ。こんな私に懐いてくれているみたいで、会う度にイリィ〜イリィ〜と駆け寄って来てくれるしね、無碍にはできない。


ただね…主人公のリリシアがね〜結構、我儘令嬢なんだよね。私がエルティルト君とほんわか会話をしていたら、割り込んで来て騒ぐ騒ぐ…


ゲームの主人公の性格ってこんなのだったっけ?


そりゃまだまだリリシアは小さい子だし?お兄ぃラブなのも分かるけど、私に嫉妬心を剥き出しにしてくるんだよね。


疲れるわ……早くゲーム開始時の年齢になって欲しい。その頃には皆から愛されるキャラに成長しているはずだしね。


そんなこんなで主人公リリシアに若干の苦手意識を持ったままエルティルト君十二才、私とリリシアが共に十一才になったある日、とうとう事件(イベント)が起こった。


リリシアがわざわざ大人達(私の両親、ミーガンレイ公爵夫妻)の前で


「イメリアナ様にずっとイジメられてるの!」


と、大泣きして騒いだのだ。まあ…家の両親は私の中身が大人だと知っているので騒いだりせずに、私に真偽を確かめてきた。


「あんな小さな女の子をイジメるなんて有り得ません」


私がそう言うと両親は、やっぱりね〜みたいな顔をしていた。ただミーガンレイ公爵は当たり前だけど、リリシアの言い分を信じている…というような雰囲気を出してきた。


エルティルト君はオロオロしていた。イケメン攻略キャラを困らせんな!


散々エルティルト君は迷っていたがリリシアが泣きながら抱きついてきて、困った顔のまま私を見てきた。


「リリシア…」


私は困った顔のエルティルト君に微笑んでみせた。よく分からないけど、私が憶えていないだけでこれもシナリオイベントの一部で、シナリオに沿っていることなのかもしれない。


「エルティルト様、大丈夫ですよ」


「!」


言ってからしまったな…と思ったのよ。これじゃ私からあなたはリリシアを信じて…と後押ししたみたいになっちゃったようだ。


ホーガンレイ公爵夫妻の顔色が変わったので、やっちまったな…とシュヴァリエの両親を見ると、案の定…苦笑しながら私を見ていた。


私はこの時、完全に忘れていたのだ。主人公リリシアの生い立ちのことを…


リリシアはミーガンレイ公爵家のものすごく遠縁の貴族の家の庶子だ。それが何故かホーガンスレイ元公爵…つまりエルティルト君のお爺様にものすごく気に入られて、本家に養子に入ったという経緯があるのだ。


当然エルティルト君のご両親である、現公爵夫妻はそれが気に入らなくて、事あるごとにリリシアをいじめていた。そしてそれを優しく助けてくれるのが…エルティルト君、というのがゲームの設定だったはずだ。


この設定を私は完全に忘れていたのだ…そして私はその何かのスイッチを押してしまったのだ。


ミーガンレイ夫人が物凄い形相でリリシアを睨んだ。そして


「シュヴァリエ家のご令嬢に向かって何てことを言うの!」


と、叫んだ後にリリシアをエルティルト君から引き離すとリリシアの体をグイグイ押さえ付けて、無理矢理カーテシーをさせていた。


「私は、構いませんのでっ」


慌ててリリシアを庇おうとしたら、リリシアはもがきながら顔を上げて私を睨み上げてきた。


何故睨む?


その時にエルティルト君が、丁度良い立ち位置と言っていいのか分からないが…そのリリシアの睨み上げた顔を目撃していたらしいのだ。


ミーガンレイご夫妻がリリシアを引っ張るように連れ帰ろうとしている時に、私の側にエルティルト君が寄って来ると


「イリィ…リリシアが有りもしないことを言って怖い顔で睨んだりして…ゴメンね。叱っておくから」


そう言って顔色を悪くしていたのだ。


私はエルティルト君の背中をソッと撫でると笑って見せた。


「妹ってお兄様を独り占めしたいものなのよ?甘えているのだと思うから、あまり怒らないでね」


エルティルト君は頷いた後に、輝くような笑顔を向けてきた。


これで良かったのかな…いや、私的にはイベントとかに沿って動く気は全く無いけれど、こんな感じで変にイベントに絡みに行ってしまって、エルティルト君が危ない目にあったりしないよね?リリシアは私からの好感度の差で、自分でがんばれよ!とは思うけど、エルティルト君のこの先が心配だよ。

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