変態大魔王
「あれ……私……」
100メガショックで気絶してしまった白いお姉さんをそのまま放っておくわけにもいかないので、僕のベッドまで運んで寝かせた。
僕は部屋にあった消毒液で、サバイバルナイフで切った親指の付け根のあたりを消毒していると目を覚ましたようだった
「そこのゲーム機が直撃して気を失ってたんだよ」
白いお姉さんは押し入れから落ちて来た落下物をじっと見つめている。
「あれは……あなたが私を攻撃するために落下させたのではないのですか?」
「そんなわけないじゃん! 僕にも直撃してたでしょ!」
不思議そうな顔で部屋を見回し、僕のところで視線を止めた。目からビームが出るのではないかと一瞬身構えたが、そんなことはなかった。
「そうだわ、あなた、刃物を素手で……」
まだ少し血が出ている右手を見て思い出したらしい。
「ああ、これ? 浅く切っただけだから平気だよ」
言って、用意してあった絆創膏を貼る。
「それと、これ……」
僕は机の上に置いてあった白いお姉さんがかけていたメガネを手渡した。顔面にいろんな物がやたらめったら直撃したせいだろう。レンズに少しヒビが入って、フレームも歪んでいる。
「できればもうビームで攻撃するのやめ――」
言いかけた瞬間、白いお姉さんは素早くメガネをかけ、それを輝かせた。
ビームは僕の襟足を少し焦がして、壁の一部を炭化させた。
「む……フレームが歪んでいるせいで、狙いが定まりませんね」
「ちょっと! 言ってる傍から!」
「どうせ私が気を失っている間に、酷いことをしたのでしょう!」
「するか! ベッドに運んだだけだ!」
「嘘です! あ、あのような書物を持っている輩が、何もしないわけがないでしょう!」
「返す言葉もないな!」
白いお姉さんが指さした先にあったのは、とっておきのページが全開になっている例の書物だった。
「あ、あれは……」
どうしよう、かなり有効な証拠を突き付けられた。確かに白いお姉さんが言っていることは筋が通っているような気がする。
正直、ベッドに運んでいるときに、少しだけ、ほんの少しだけ体の中のちの流れが変わった気がした。
だって女の人を抱きかかえるなんて生まれて初めてだったんだ、しょうがないじゃないか。
そこまで自分の中で言い訳をして、僕は立ち上がり開き直った。
「それはそれ! これはこれ!」
これが少年誌なら、僕の背後に「ドン!」と効果音でも付きそうなくらいの勢いで言い切った。
「僕は間違っても気を失ってる美人に、酷いことなんてしない可能性が高い!」
「そ…………………………そうですか……」
そんな僕の勢いに気圧されたのか、白いお姉さんは何故か納得してくれたようだった。
「あなたは……この神殿に侵入してきた賊ではないのですか?」
「そんなわけないでしょ……ドアを開けたら部屋の向こうが別世界だったから困ってたんだ。ここ、なんなの? 悪い夢なら早く覚めて欲しいんだけど」
と、言いつつも、美人と部屋で二人……という状況なので、悪い夢だなんてこれっぽっちも思ってないんだが。
「では、あなたは最初からこの扉の中に居た……と?」
「まあ……そういうことになるなあ……」
「そうでしたか。それは失礼しました。ずっと開くことのなかった扉の向こうで物音がするので、気付かぬ間に賊の侵入を許したのかと思いまして」
「開かずの扉だったっていうのか……」
「はい。私の
「どうりょく……って、メンチビームのこと?」
「はい。私はこの収束器によって瞳力を収束させることにより、攻撃と防御を行うことができます」
言いながらメガネを取って見せたので、それこそが「収束器」なのだろう。
メガネを外すと右目じりの下にある泣きぼくろが目立って、チャーミングだ。
「申し遅れました。私はこの神殿の守り人である、ヒヨリと申します」
「僕は
「はい。詳細はわかりませんが、この世界の根源にかかわるものが祀られていると言われています。立ち入る者は私が排除してきました」
「え? ヒヨリさん一人だけで?」
「はい。侵入者を瞳力で追い返すことを繰り返していたのですが、そのうちに方々で『瞳の魔王』などと呼ばれるようになってしまいました。私はただ使命を果たしているだけなのに……」
口をとがらせてブツブツいっているヒヨリさんが可愛らしかった。
見た目は二十歳以上に見えるのに、どこか幼さも感じさせる不思議な人だ。
「ところで、ここって日本じゃ……ないよなあ?」
「ニホンという単語は私の記憶に存在するのですが、それが何を意味するのかはわかりません。この神殿があるのは霧に囲まれた区画で、『ミナギス』と呼ばれています」
「そ、そうなのか……」
ヒヨリさんと普通に会話をしていたが、途端に思考が追い付かなくなってきた。
やっぱりここはどこか別の世界……なんだろうなあ。信じられないけど、あんなビームを見せつけられては信じるしかないが。
「そうだ、できればこの世界のこと、色々教えて欲しいんだけどさ」
「はい。ではまず神殿の中を……はっ!? いいことを思いつきました。この機を逃す手はないですね……」
快く承諾してくれるものと思っていたが、ヒヨリさんは何か思いついたらしく、また一人でブツブツ言っている。
「条件があります」
「条件?」
「ミナギスについて教える代わりに、私に替わって浦梨烈人が瞳の魔王を演じてください」
「はぁ……え? 僕が!?」
なんて驚きながら、実は少しだけ「やっと異世界っぽい展開キター!」と思ったのは内緒だ。
「これは決して私が瞳の魔王と呼ばれるのが不服なわけではなく、ここ最近侵入者が多く、神殿に関する雑事がおろそかになっておりましたので、私はそちらに集中したいだけなのです。決して魔王呼ばわりされるのが不服なわけではありません。絶対に」
うん。嫌なんだろうな。魔王呼ばわりされるの。
たしかにメガネビームはおっかないけど、見た目と雰囲気だけなら魔王どころかお姫様なのに。
「いや……できることならやってやりたいけどさ、さすがに魔王ってのは……。僕はビームなんか出せないし、武術なんかやったことないから、侵入者を追い返すなんて無理だって」
中学までバスケやってたからスタミナには自信あるけど、さすがにビームは出せない。っていうか、今の所チート能力の「チ」の字も見えてこないんですけど。
今さっき、普通に怪我したわけだし。
このまま戦闘になったりしたら普通に死ぬやつじゃないの?
「大丈夫です。浦梨烈人はただ座っているだけでかまいません。侵入者に対しては私が対応しますから」
「ほんとにそれだけで大丈夫なの……?」
誰でもできる簡単なお仕事です! 的なやつじゃないよな……?
「ええ。その服装でどっしり構えていればそれらしく見えるでしょう」
ただの学ランだぞ。本当に大丈夫なんだろうな!?
「まあ、そういうことなら引き受けるよ。それと僕のことは烈人でいいよ」
「そうですか。私もヒヨリと呼んでいただいてかまいません」
「じゃあヒヨリ、さっそくこの世界について――」
「条件はもう一つあります」
「ええっ!? まだあるの!?」
ヒヨリの表情ひときわが険しくなったような気がした。
「この書物は私が処分します」
そういって、ヒヨリは顔を真っ赤にしながら「例の本」を僕に向かって掲げて見せた。
「ああ、構わないよ」
どうせ父さんのだ。
捨てられたところで僕は痛くも痒くもない。
「こういった物はもう他にありませんね?」
「あ、ああ……それだけだ」
嘘をついた。
が、この世界の神は嘘には厳しいらしい。
どさどさどさ! と、立て続けに押し入れから何かがこぼ落ちてきた。
今度は例の本ではなく例のDVDだ。こっちは僕のだ。
「烈人……これは……?」
ヒヨリが汚物を見るような視線をよこしながらメガネを持ち上げると、今までみたこともないような勢いで光がレンズに収束していく。
やばい! 殺される!
「くそっ……これでもくらえ!」
僕はは一か八かヒヨリの手から「例の本」を奪い取り、テキトーなページを開いて見せた。
「なッ!? なんてモノを見せるのですか!?」
予想通りヒヨリは視線をそらして顔を手で覆った。
「ふはは! これならメガネビームは撃てまい! ほれほれほれ!」
「い、嫌っ! やめてください!」
僕は左手に「例の本」を右手には「例のDVD」のパッケージを持ち、お見舞いしてやった。
ヒヨリは白い肌を赤く染めて、涙目になっている。
「わははは! どうだ! これが魔王の力だ!」
ああ、自分でもわかってる。
これでは魔王どころかただの変態だ。
さすがに自分でも会ったばかりの女性に対して何やってるんだろうと思い始めた瞬間だった。
「嫌あああああああああああああッ!」
「うゲボす!」
ヒヨリが繰り出した足刀蹴りをみぞおちに食らい吹っ飛んだ。
飛んだ場所がベッドでなかったら、骨の一本や二本は折れていたかもしれない。
ヒヨリは部屋を飛び出して走り去ってしまった。
そのあと、ヒヨリを探しながら恐る恐る神殿の中を散策してみたけど、石造りなのは僕の部屋のあるフロアだけで、他は神殿というよりは洋館といった感じだった。
謝罪の言葉を叫びながら一通り歩き回ったけど、結局ヒヨリは出てきてくれなかった。
ただ、夜になってお腹が空いたころ、部屋の外で物音がしたのでドアを開けてみると、パンとスープが置いてあった。
未だにこの世界のことは何もわからないまま。もちろん自業自得だ。
僕の冒険は、まだチュートリアルすら始まらない。
いや、別に冒険したいわけじゃないんだけども。
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