しゅーまつ⭐︎おウチ時間

富升針清

第1話

「寒くない?」


 家に入ると、優等生のユリが手を擦り合わせながら息を吐く。

 よく見ると、セーラー服に隠れている小さな肩は寒さに震えていた。


「そう? ウチは別に寒くないかなー。ユリ寒がりなん?」


 靴を脱ぎながら、スズは首を傾げる。制服を着崩しているユリよりも薄着なのに、スズは寒くないらしい。

 

「ギャルの子って、授業中寒いと騒ぐし、先生が禁止してるブランケット巻いて歩いているぐらい寒がりじゃないの?」

「ウケる。めっちゃ偏見ー。別に寒くなくてもそれぐらいするっしょ。皆んなしてるしさ」

「そう言うもん?」

「そーゆーもんよ。あ、ちょっと待って。そう言えばカイロ入れんかったけ?」

「お菓子と飲み物しかアンタ持ってきてないじゃん」

「食いもんと飲み物は優先っしょ。でも、カイロも持ってきた気がする」


 長く綺麗なネイルをした指で買い物袋を漁りながらスズが笑った。

 同じ学校、同じ学年、同じクラス。ただそれだけ。

 優等生とギャル。

 相反している二人が玄関先で手を繋いでしゃがみ込んでいるのをユリは不思議な気持ちで見ていた。


「あったー。でも、めっちゃちっちゃいね。ウケる」

「ウケない」


 感性も違う。

 真逆と言ってもいい。


「あ、風呂入れば?」

「お湯出る?」

「わかんね。毛布持ってこようか?」

「あるの?」

「あるよ。家じゃん。何だと思ってんの?」

「それもそうだね。中入ろうよ。取り敢えず、エアコン付けて」

「リモコンあるかな」

「あるでしょ? 探してよ」


 手を繋ぎ、買い物袋を持ったまま二人は奥へ進む。

 家の中は意外にも随分と綺麗だ。

 唯一気になるのは床にDVDが散らばってる事ぐらいだろうか。


「綺麗にしてるね」

「あのウイルスのせいで、おウチ時間って奴が長かったしね。ウチもめっちゃ暇だったもん。ユリに会えて良かったわ。あ、映画観ん? 外、どうせ出れないじゃん?」

「何があんの?」

「えっとね。あ、これ。これ良くない? 男の子が留守番して悪い奴ら追っ払う奴」

「何それ」


 エアコンの電源をつけながらユリが首を傾げる。


「え? 知らん感じ? すげぇー有名だよ?」

「映画もテレビも観ないもん」

「マジで? ユリ、家で何してたん?」

「勉強」

「マジか。じゃ、今から勉強する?」

「しないって。もう、アンタと一緒にいるだけでする意味ないし」

「あはー。ウチと一緒にいたら勉強する意味ないってか? 酷くね?」

「無いでしょ? あ、このブランケット使っていい?」

「いいよー。知らんけど」

「アンタと私しか居ないんだから、知らんはないでしょ?」

「ウチのじゃ無いもん。それ。とりま、これ観ようよ」


 テレビをつけて、何も映らない画面をDVDの出力に変える。


「お隣失礼しまーす」

「どうぞ」

「ポップコーン開けていい?」

「もう食べるの?」

「映画にはポップコーンでしょ? 必要出費」

「もう少し計画的に食べなよ。お腹空いても私のあげないよ?」

「ユリ、冷たくね? ウチのポップコーン、食べていいからさ」

「要らない」

「おウチ時間、楽しくしんと損じゃね?」

「長いおウチ時間だからこそ、計画的にだよ。ほら、手」

「家の中は繋がんでよく無い?」

「おウチ時間楽しむんでしょ? 繋いで」

「さびしんぼうめー。ウチにもブランド半分貸してよ」

「寂しく無いし。入れば?」


 そう言ってユリがブランケットを捲った。

 ブランケットにつられ、長いユリの制服のスカートが捲れ、白くて細い足が見える。


「お邪魔します」

「あはっ、何それ」

「お邪魔するんだから、言わん?」

「知らない。私、アンタと違って友達いない事知ってるでしょ?」

 

 ユリはいつも教室で一人だった。

 休み時間は決まって机で本を読んでいる。物静な優等生。

 それに対する様に、スズは人の群れに常にいた。

 人の多い方へ方へと向かっていく。

 真逆な二人。


「友達いるじゃん?」

「アンタとか言わないでしょうね?」

「え? ユリ凄くない? 超能力者じゃん」

「はあ? 本当に言うつもりだったの? あり得んのだけど。別に友達じゃ無いし」

「でも、一緒に手を繋いで映画観るよ?」

「仕方がないでしょ。私とアンタしかいないんだもん」


 静かな家の中。

 映画が始まる音がする。


「おウチ時間終わったら、ウチら手も繋がなくなんのかな?」

「そう簡単に終わらないでしょ」

「終わったらの話ー。終わったらさ、水着一緒に買って海行こうよ。お揃いのサングラス買おうよ」

「嫌だよ。泳げないし」

「ウチが教えちゃる。泳ぐの得意だもん」

「いいよ。それよりも、一緒に図書館とか映画館とか行こうよ」

「ユリのデートコースなん?」

「デートした事ないから分からん。けど、海よりは百倍マシ」

「じゃあ、間を取って、映画観て買い物かなぁ」

「それなら悪くないかな」

「やった。百点満点じゃん」

「悪くないって意味知らないの? 及第点よ? 赤点じゃないってだけ」

「いいじゃん。ウチ毎回赤点だし」

「勉強しなよ。もういいけどさ」

「学校始まったら本気出すわ」

「前から本気出しとくべきでしょ。一生来ないやつじゃん」

「来る来る。それ迄ユリと一緒にいるから、皆ドン引きするぐらい頭良くなってるって」

「それ私の事ディスってない?」

「ディスってないって。ユリは頭いいじゃん? だから、大丈夫だよ」


 スズは握ったユリの手を見る。

 その手は寒さではなく、怯える様に震えていた。


「大丈夫だよ。二人でいればさ。ずっと家にいても、楽しいよ」


 見知らぬ家。

 誰の家かも知らない。

 誰もいない街。


「……うん」


 この世界に円満したウイルスによって、世界は混乱を極めいている。

 死者が人を殺すウイルス。所謂、ゾンビ病。

 何処から来て、どうしてそうなったのか、未だに誰も知らない。知る由もない。もし、分かったとしても、誰かに伝える事すら、叶わない。

 外はゾンビの群れだ。

 居場所を追われたユリとスズは、ゾンビから逃げ延びる為に、手を繋いだ。

 家族の安否すら、二人は分からない。

 もう、この世界には二人しか人間はいないかもしれない。

 謂わばこの家は、二人にとって最後の城だ。

 食べ物と必要最低限な物を持って、逃げ延びた最後の砦だ。


「ユリ、映画始まったよ」

「……うん」


 いつ終わるかも分からない、おウチ時間。


「楽しもうよ。まだ、私達生きてるんだからさ」


 いつ電気が止まるのかもわからない。


「……そうだね。スズ」


 ユリは、握ったスズの手にぎゅっと力を込めた。


「初めての映画、楽しみだよ」

 

 貴女と一緒で良かった。

 言えない言葉を、違う言葉に変えて。

 おウチ時間が終わる頃には、言えるといいな。

 そんな細やか願いを持ちながら、ユリはテレビに視線を戻した。

 真逆な二人。


「ウチも」


 けど。

 今だけは、同じ二人。

 

おわり

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