荒みまくったおっさんが、うっかり美少女ポンコツ悪魔を励まして、つきまとわられる物語

半濁天゜

第1話

「私は悪魔ルシア。あなたの魂と引き替えに、その願いを叶えましょう!」


 ゴミが散乱し、怨念渦巻くアパートの一室で。私は悪魔の威信をかけて横柄に切りだした。目の前の男に負けないように。


 男は目を見開いて、座椅子から前のめりに口を開く。


「本当に何人でも殺してくれるのか?」


 部屋の空気が更にドス黒いものとなり、私は完全に気圧されてしまう。同位悪魔の子を泣き落として譲ってもらった優良案件、なんだけど……優良すぎて私の手におえないかも、と尻込みする心を奮いたたせる。


「いえ、その……私は家族不和の悪魔なので……でも、契約してくれたら誠心誠意、対象の失言を引きだします。もう対象が家で安らげることはありません。それはお約束します、よ」


 男はしばらく考えこんで、


「もし対象が独り者だったらどうするんだ?」

「え゛? っとですね……」


 愛想笑いを浮かべつつ答えを探す。力が弱くても口先だけで契約をとる悪魔は沢山いる。私もなんとか上手い方便をみつけるんだ……。


 ……と、どのくらい経っただろう。男が低く乾いた笑い声をあげ、


「くっ、はははははっ、死ぬ間際の幻覚だったとしても、そんな旨い話はないか、やっぱり……」


 座椅子に埋もれるように、男の体から力が抜けていく。


「で、でも、将来相手に家族ができるかもしれないし、そうなれば絶対、私が不仲にしてみせますよ!……なんだったら対象を二人、いや三人してもいいですよ! こんな太っ腹な悪魔、滅多にいませんよお兄さん……」


 不敵に邪悪に、思いつくかぎりの悪魔プランをかたっても、男は視線すら動かさない。完全に私への興味を失っていた。


 私はまた、失敗したんだ……。


 悲しみがジワジワと込みあげてくる。それを隠すように、沈んだ気持ちで背を向ける。窓の外には宵闇が広がっていて。魔の世界へと、吸いこまれるように飛ぼうとした時、


「なあ、あんたと契約した奴いるのか?」


 男が独り言のように聞いてきた。私は虚勢をはる気もおきなくて、ゆっくり首を横にふる。


「くっくっくっ、これはとんだ穀潰しがいたもんだ」

「私は一生懸命働いているわ! 何もしないまま死のうとしてる、あなたの方がよっぽど穀潰しよ!」


 思いが口から溢れだし、歪む視界で男を睨みつけていた。なのに男は平然と、


「……別にあんたをバカにしたんじゃない、むしろ称賛してるんだ」

「言い訳のつもり!? どこまで私を馬鹿にすれば気が済むのよっ!」


 悲しくて悔しくて、叫ばずにはいられなかった。


「僕のことを知ってるようだが、もうからけつで頭も回らない。だから意味通りだ。僕は優秀で、こうやって使い捨てられるまで、会社の豚どもに数千万くれてやってしまった。それが真の底辺さ。あんたはもっと誇っていい。これからも穀を潰しまくって、やれ……」


 このひと本気だ。本気で使い捨てられるくらいなら、穀潰しの方がいいって思ってる。なんて荒んだ発想。悪魔の私でさえ考えつきもしなかったのに。


「あなたそれでも人間なの? 魔王さまは人間なんかと違って、成果をだせばちゃんと評価してくださるわ。魔力だってずっと頂いているのよ……その恩を踏み倒し、ただ魔力を貪るだなんて、私の……プライドが許さないわ!」

「そんなものは犬にでも食わせておけ、よ」


 本当になんて人間だろう。身を粉にして働くより、穀潰しを肯定するなんて。私よりよっぽど悪魔だわ。なのに言えば言うほど、声が上ずっていくのがわかる……もしかして私、立派に悪事を働けていたってこと、なの……?


 心のおりが熱く溶けだし、目から零れ落ちていく……。


 あの魔王さまをたばかって魔力を貪るとは、なんて悪い子。悪いとは思っているのに、思えば思うほど、ボロボロだった心が昏い高揚感で満ちていく……っ!


 これからはもっと上手に悪事が働ける、そんな気持ちが心の中に湧きあがる。


 手始めにまず、この悪魔みたいな男を死なせはしない。ふふっ、ここで楽にさせてなるものですか。これからずっとつきまとって、煩わせつづけてやるわ。


 さっそく何か料理を作って、男の口に放りこもう。でも冷蔵庫には何もない。しばらく部屋をあさっても男は何も言ってこない。どうやら気絶したようだ、放っておけば今晩にも死ぬだろう。急がないと……。


 そうこうするうちに、押し入れのゴミ山から古びたカップ麺がでてきた。賞味期限二ヶ月切れ。まあ、とりあえずこれでいいか……私は鼻歌まじりにお湯を沸かしはじめる。


 そして………………………………。


 小火ぼや騒ぎをおこしてしまい、駆けつけた消防隊やらが男を病院へと運んでいった。


 自分の手を汚すことなく男を助けさせるなんて、私はなんてデキる悪魔だったんだろう! 自分の才能に震えてしまう。なにより、男が目覚めたあとのおうち時間を、どう侵していくか考えていると、もう顔が緩むのをとめられない。だから……


穏やかに光る満月と笑い合うように見上げた夜空は。雲ひとつない、素晴らしい魔族日和だった。


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カクヨムさま五周年企画

【KAC20211】

お題「おうち時間」

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