【KAC20211】おうち時間ってサイコー★

牧野 麻也

おうち時間ってサイコー★

 私は彼氏と同棲している1LDKのリビングで、自分の足の爪をチョイチョイしながら不貞腐ふてくされていた。


 座卓テーブルを挟んだ向うでは、彼氏が正座して項垂うなだれている。


 私は怒ってる。

 彼が悪いんだ。

 私の誕生日を忘れたんだから。

 私の記念すべき23歳の誕生日。

 え、23歳はキリが悪い? そんな事ないもん! 23歳の誕生日は一生に一回しかないんだからねっ!!


 座卓テーブルには、私が腕によりをかけて作った豪華な食事とホールケーキが鎮座して──るけど、大半は中途半端に食べられて微妙に無残な姿になってる。

 やけ食いしたんだ! 悪いかっ!!


「……どうして忘れたの?」

 私は、さきほどから正座してダンマリを決め込む彼に問いただす。

 私の言葉に少し顔を上げた彼だが、私を見ずに視線を宙に漂わせて言葉を探していた。

「仕事が……忙しくて」

「ウソ! 同僚の人が今日は早く帰ったってメッセージくれたもん!」

「うっ……」

 速攻で論破してやったら、彼氏は言葉を詰まらせた。

 白々しいウソ! 彼の同僚の女性は私と友達で、彼女から「今日誕生日だから早く帰ったのかねー? この幸せ者ッ!」っていうメッセージもらってたんだもん。

 なのに、彼が帰って来たのは日付が変わってからだった。


 なんで、会社を早く出たのに帰って来たのは遅かったの……?

 もしかして……

「浮気……してる?」

「それはない!」

 私の疑いの言葉に、彼は速攻で否定を入れてきた。

 その速さが逆に怪しい!!

「じゃあなんで遅かったのッ!?」

 それ以外に彼女の誕生日を放っておいて遅く帰ってきた理由なんてないじゃん!


「……実は、後輩が落ち込んでて、励ます為に飲みに連れてったんだ……」

 ボソボソと申し訳なさそうに呟く彼。

「ちょっと!? それって女の子!?」

「違うよ男だよ!!」

「ホントに!? 証拠は!?」

「証拠ッ!? な……ないけど……」

「じゃあウソじゃん! 彼女の誕生日を放っておいて後輩の女の子と飲みに行ってたんだ!」

「違うって! 断じて違う! 後輩は男だよ!」

「信じられない!!」

 私は、目から溢れる涙を我慢できず、ボロボロとその場で泣き崩れた。

 よりにもよって私の誕生日にとか……ヒドすぎる!!


 私は座卓の上の飲みかけのペットボトルを彼に投げつけた。

 彼は器用に受け止めてそれを床にそっと置いた。

 悔しかったので、今度はホールケーキ(※半分食べかけ)を皿ごと投げつける。

 すると、それも器用に受け止めて、そっと床に置いた。

 何その特技!?

 変なトコばっか器用なんだから!!


「……どうしたら、信じてくれる?」

 彼が、ボソボソと聞き取りにくい声でそうボヤく。

 なので私は──

「……プレゼント」

 そう、不貞腐ふてくされたまま、答えた。

 ゲンキンな女じゃないもん! いいじゃん! 誕生日なんだから! それぐらい期待してもいいじゃん!!

「プレゼント、ちょーだい。用意、してるよね?」

 私は頬を膨らませたまま、そうオネダリしてみた。


 すると、彼は自分の座っていた後ろから、そっと、小さな小箱を取り出してきて私の前に置く。

 小さい小箱──これって、もしかして!?


「開けて……いい?」

「勿論」

 彼は、正座したまま真っすぐに私を見ている。とっても、真剣な眼差し。

 私は、震える指でその箱を掴み、そっと開いてみた。


 そこには──輝く、指輪が一つ。

「……結婚、してくれないか」

 彼の、そんな緊張した声。ちょっと、裏返ってたぞ!


「勿論!!」

 私は指輪をそっと自分の左手薬指にはめてから、嬉しくて彼の胸に飛び込んだ。

 彼の固い胸が当たって痛かったけど、それでも彼の首をぎゅっと抱き締めた。

「……苦しい……」

 私に抱き締めらえた彼が、私の背中をポンポンと叩く。

 その硬質な手の振動が心地よかった。


「じゃあ、さっそく役所に婚姻届けを取りに行こう!」

 私は彼の首から手を離し、スクッと立ち上がった。

「え!? 今から!?」

 彼が驚いて私の手を掴む。

「そう! 今から!! 善は急げって言うじゃない!」

「そうだけど、ちょっと今すぐは──」

「え?! 何!? 嫌なの!?」

「いや、そうじゃないけど……」

 ここに来て尻込む彼。

「……もしかして、これって、ただ私を繋ぎとめる為だけの、フェイク……? 本当は、結婚する気、ないんでしょ……」

「そ、そんな事はないよ!? でも、今すぐはちょっと……」

「酷い! やっぱりそうなんだ! 私はなんだ! 二号なんだ! もしかして、本命彼女は別にいて、私が浮気相手なんじゃないのッ!?」

「どうしてそう発想が突飛なの!? 飛躍しすぎじゃない!?」

「じゃあ今すぐ結婚してよ!」

 そう叫んだが、彼は正座した状態から動かなかった。


 ……やっぱり、そういう事なんだ。


「信じられない!!」

 私は指にはめた指輪を投げ捨てる。

 指輪が彼に当たってコーンという硬質な音が響いた。

 彼に当たったって構わない! だって彼は私を大切に思ってないんだもん!!


 私はその場で身をひるがえし、玄関でサンダルを適当に履いて扉を開けた。

 そして飛び出す。

「マスター!!!」


 ……。

 ……。

 ……。

「コラ。ここで『マスター』じゃダメでしょうが」

 私は冷静になってゆっくり振り返り、私を『マスター』と呼んだを睨みつけた。

 彼は、表情など動きようもない金属顔で

「すみません。そういえば、名前設定をいただいておりませんでした」

 と、声だけは申し訳なさそうに告げた。

「あ、そうか。そうだったね。私の設定ミスだ」

 そうか。名前を呼び合う事とか考えてなかった。ちゃんと名前を設定しておけばよかったな。

 私は、扉をゆっくり締めてポリポリと頭を掻いた。

「でも、その場合適当な名前で呼べばいいじゃないか。汎用性のないプログラムだね」

「お言葉ですがマスター。むしろ、突然『すぐ役所行こう』とか、予定にない事をしはじめたマスターの方に原因があるのではないでしょうか? 臨機応変に返答した私を褒めて欲しいところです」

 彼は、人間であれば目がある筈の場所につけられた、2つのカメラレンズをウィンウィン動かしながら言った。なんか、表情動かない癖にドヤってない?

「……だって、そうじゃないとつまらないじゃない」

 私はあーあと伸びをして、窓と外の景色を映していたスクリーンのスイッチを切った。

 ここは宇宙空間だ。外の景色など暗闇しかない。


 私は食べ物として表示しているホログラムを消して、唯一本物のボトルの水を拾い上げた。そして、まだ正座したままな彼──ナビロボットに問いかけた。

「暇過ぎて死にそう。私の待機はあと何日?」

「26日と13時間5分です」

「まだそんなある!?」

 遠い惑星への旅の途中。私以外の船員たちはコールドスリープ中だ。

 私は監視任期が終わるまでコールドスリープに戻れない。

 暇だ暇だ暇だ暇だー!!


「……よし。じゃあ、次のシチュエーションは『社内恋愛中だけどまわりに秘密にしている女上司と部下男性』にしよう」

「……マスター。なんでそう時代劇がお好きなのですか?」

 私の提案に、顔こそ変わらないものの、ゲンナリ声を出すナビロボット。

 彼は主に船員たちの世話をする専門のロボットだ。その時起きている船員を『マスター』と呼ぶようにプログラムされている。

「いいじゃない。時代劇好きなんだもん。平成時代? とか令和時代? とか。楽しいじゃない。夢があって。男女交際の関係性の機微? とか? なんか、逆に新鮮じゃん」

 私はドラマや文献で残る過去時代が好きなのだ。他のクルーからは歴女と呼ばれてるけど、その呼び方も古臭さが逆にたまらない。


「ホラ! 決まったんだから準備して! ホログラム作ってよ!」

「わかりました。今度は物は投げないでくださいね。私が壊れたら一大事ですから」

「分かった。柔らかいものにする。服とか」

「……投げないという選択肢はないのですね」

 ロボットで全身金属フレームの癖に、身体で「ガッカリ」を表現する彼。

 見た目はアレだけど、なんだかとっても人間くさい。


「だって、じゃないと、この時間、楽しくないでしょ?」

 私は次のシチュエーションの詳細を決める為に、ハンディ端末を開いた。



 了

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