家族みんなでおうちじかん

護武 倫太郎

家族みんなでおうちじかん

「さあ、これから家族みんなでおうちじかんだ」

 我が家では家族そろって何気ない1日を過ごすおうちじかんが、恒例行事となっていた。そのきっかけとなったのは、きっとあの日に違いない。

 あの日、母さんは何を思っていたのだろう。



「今日は1日、家族みんなでおうちじかんよ」

 私は努めて元気に、笑顔で宣言した。

 私は今日という日を楽しみにしていた。だって、こうして我が家のリビングに家族みんなが揃うことが1年ぶりで、それがとても嬉しいんですもの。

「パパ、今日だけは仕事のことなんて忘れてゆっくり過ごしましょ」

 私たち夫婦は子どもが生まれてからお互いにパパ、ママって呼び合うようにしたの。パパは、銀縁メガネの奥でいつも仏頂面をしている人。とっても不愛想なんだけど、とっても優しい人。

 ここ最近は、仕事に精を出しすぎているみたいで、いつも忙しそうにしているの。それでも1日1回はお話をするようにしているわ。だって、パパとお話しすると癒されるんですもの。でも、ここ最近はあまりに忙しいのか、つらそうな顔ばかりしているのよ。

 今日のおうちじかんが、パパを笑顔にしてくれるはずよ。

心太しんたくん、今日くらいはこっち向いて」

 長男の心太くんは中学2年生。パパに似たのか、とってもまじめで優しい人に育ったわ。サッカー部でレギュラーになったのがとても嬉しかったって、笑顔で報告してくれたこともあったわね。でも、最近は反抗期なのかしら。ちっとも私の顔を見てくれなくなっちゃったのよ。

 子供の成長が感じられてとても嬉しいけれど、やっぱり寂しいものは寂しいわね。

 今日の目標は久しぶりに心太君と顔を見てお話しすることにしようかしら。

愛衣あいちゃん、今日はいっぱいお話ししましょうね」

 長女の愛衣ちゃんは小学4年生。私に似たのか、明るくて元気な子に育ったわ。少し寂しがり屋なのも私に似ちゃったのかしらね。毎日、私とお話しする時間が大好きみたいで、いっつも元気を貰えるの。私も愛衣ちゃんとお話しするのがとっても大好きよ。

 今日もいつもと同じように、ううん、いつも以上にたくさんお話ししましょうね。

「本当なら、せっかくみんな久しぶりに揃ったんですもの。旅行とかに行きたかったわよね。どうしましょう、今からでも温泉でも予約しましょうか?」

 なんだか、みんなあまり楽しそうじゃないわ。やっぱり、おうちじかんをゆっくり過ごすだけじゃ、物足りないのかしら、そう思って提案をしたのだけれど。

「ママ、今日はこのおうちで、みんなで、ゆっくりしよう」

 パパは、今にも泣きだしそうな顔で、私だけじゃなくその場にいるみんなに語りかけるように言葉を紡いだ。一言一言をかみしめるように。

「あら、そう?でも、心太くんはもう中学生よ。自宅でゆっくりなんて、つまらないわよね。そうだ、ランドでも行く?」

 中学生だもの。遊びたい盛りだわ。大きなテーマパークなら、中学男子でもきっと満足するに違いないわ。それこそ話題のきっかけがつくれるかもなんて思ったのだけれど。

「母さん、俺はここでいい。ここで、母さんとまだ話したいことがたくさんあるから」

 心太くんも、涙をこらえながら、私の顔を見て話してくれた。心太君の顔をきちんと見たのは久しぶりね。

「ママ、今日はおうちじかんを楽しむ日なんだよ。だから、みんなで楽しく過ごすんだよ」

 あらあら、愛衣ちゃんたら、涙で顔がぐしゃぐしゃになってるわよ。

「そうね。せっかくのおうちじかんなんですもの。家族みんなでゆっくりお話ししましょ」

 今日は1年ぶりに家族そろってゆっくりできる、おうちじかんなんですもの。楽しまなくちゃいけないのよ。。

 私が大きな病気を患って1年。必死の闘病生活を送ったけれど回復の見込みはとてもないみたい。心太と愛衣ちゃんには、すぐに良くなるって言ってたんだけど、もう隠しとおすのは無理ね。私の寿命はあとほんの少しも残っていないみたい。自分の体のことは自分が良くわかるって本当なのね。

 私が入院をしてから、パパは毎日仕事にお見舞いに精一杯。入院費を稼ぐためにもって、仕事を必死にしているのに、毎日お見舞いにも来るのよ。子どもたちの食事だって欠かさず作ってくれているみたい。私の前では全然平気っていうけど、疲れ切っているって分かっちゃうわ。パパはうそをつくのが下手だから。私はパパにそんな顔をさせたくなかった。

 パパには毎日笑顔でいてほしかった。ごめんね、パパ。

 心太には心配ばかりかけてしまったわね。長男だからって、愛衣ちゃんやパパを支えようって必死になってるのがすごく分かる。掃除や洗濯を毎日してるって自慢してたの、とても誇らしかったわ。でも、私の病気の深刻さにきっと気づいてしまったのね。私と顔を合わせるたび、寂しそうで、辛そうで、次第に会いにも来てくれなくなった。でも、それは私が心太に心配をかけすぎちゃったせいだね。

 本当はもっと、心太の顔を見たかった。成長を見たかった。ごめんね、心太。

 愛衣からはいつも元気をもらっていたわ。毎日学校帰りにお見舞いに来てくれて、その日あったことをたくさんお話ししてくれて、それが本当に嬉しかったのよ。きっとすぐに良くなるよって、噓をついてしまってごめんなさい。きっと、とても悲しい思いをさせてしまうわね。

 愛衣にはずっと笑顔でいてほしかった。寂しい思いをさせて、ごめんね、愛衣。

 私は、私がこうなってしまったことを、とても後悔している。でも、みんなの前では笑顔でいなくちゃ。だって、残されるみんなの方が、私の何倍も寂しいはずだから。

 だから、私はこの残り僅かな時間を精一杯楽しむの。みんながつくってくれたおうちじかんを決して無駄にはしない。みんなと楽しく最後まで過ごして、笑顔で旅立つ。そう決めているから。

「さあ、今日は1日、家族みんなでおうちじかんよ」

 瞳に涙を浮かべてはいたけれど、みんな揃ってほほ笑んでいた。



 母さんが亡くなって9年が経った。あの日、母さんが何を思っていたのか。俺には分からない。でも、笑顔で見送ることができて本当に良かった。母さんの辛そうな顔を見たくなくて、母さんに辛そうな顔を見せたくなくて。俺は母さんから逃げてしまっていたけれど、最後にはきちんと笑いあえて本当に良かった。

 あれから、我が家では母さんの命日に家族そろって過ごすのが恒例行事となった。特に何をするわけでもなく、家にいるだけ。誰から言い出したわけでもないのに、俺が社会人になった今でも変わらずに続いている。それは、この家族そろって過ごすおうちじかんが、とても奇跡的で、何事にも代えがたい時間であると俺たち全員が知っていたからだろう。

 だから、俺は今年もこうして久しぶりに実家へ帰ってきた。

「ただいま、愛衣、父さん」

「あれ、お兄ちゃん。どうしたの、なんか今年はきっちり決めてきたね」

 そう、今年のおうちじかんはスーツでの参加となる。こんな正装を決めたのなんて初めてだな。

「おう心太、帰ってきたか。まあ、汚いところだけど、どうぞどうぞ」

「えっ、パパはなんでお兄ちゃんのスーツ姿に無反応なの?てか、お兄ちゃんの後ろに誰かいるの?」

 俺は、これからやろうとしていることを考えると、家族の前だというのに緊張が止まらなくなってきた。

「父さん、愛衣、紹介するよ。結婚を前提につきあっている俺の彼女を」

 これからは、彼女も俺の家族になる。家族そろって何気ない日々を過ごすのが我が家のおうちじかん。今日だけは特別な1日かもしれないが、来年再来年、きっと何気ない日々に変わっていくことだろう。きっとこれから先、家族の形が少しずつ変わっていくとしても、我が家のおうちじかんは変わらず続いていくのだろう。変わるものもあるが、変わらないものもたくさんある。

 家族で過ごす奇跡のような時間を、俺はこれからも大切に生きていきたい。

「さあ、これから家族みんなでおうちじかんだ」

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