第8話
『アルフォンソ隊長とカリダード班長の娘にこんな形で出会うとはな……』
ラファエラと別れ、町中を歩いていたライネリオが自分を付けてきている者がいる事に気が付いた。手練である。しかし、自分がその事に気が付いた事を察せられないようにする為に、敢えて歩調も落とさずにのんびりと歩いている。
暫くゆっくりと警邏しているかに見せながら歩いた。そして、商店街を抜けると、町の中を流れる川へと出た。その川沿いにある堤防の小道へと曲がり、河原へと降りていく。するとライネリオは、そこに転がっている手頃な大きな岩の上に座り、川を眺めている。尾行者へ背中を向けている格好だ。
誘っている。
ライネリオは尾行者が姿を現すのを、敵ならば、がら空きとなって隙だらけの背中に襲い掛かって来るのを待っている。
任務でこの町に来ている事を忘れてしまいそうになる程のゆったりとした時間が流れている。ふわぁっと欠伸をしながら背伸びをするライネリオ。
するとそれまで動きの無かった尾行者の氣が僅かに揺れた。少し移動したのだ。ほんの少し。
それでもライネリオは自然体で川を眺めている。まるで有閑階級の老人がその暇を持て余している様にも見える。
更に氣が揺れる。少しずつだが、確実にライネリオへと近づいている。
「釣竿を持って来るべきだったなぁ」
のんびりとした口調で独りごちる。多分、ライネリオは本気でそう思っているのだろう。最近は任務やなんやで忙しい日々を送っていた。
氣がライネリオの直ぐ後ろまで来た。それでも特に動きを見せず川を眺めている。どうした事か、それまでじりじりと近付いて来ていた氣の持ち主もぴたりと動かなくなった。もう一歩近付けばライネリオへと攻撃出来る間合いに入るはずなのに。まぁ、逆にライネリオの間合いでもあるのだが。それを警戒しているのか。だが、相手の氣からはそれを感じない。
また、暫く時間が流れていく。
まるでライネリオとその氣の持ち主は共に川を眺めている様であった。ライネリオは決して後ろを振り返らない。そこに誰かがいる事なんて百も承知なのだ。ただ、ぼんやりと川を眺めている。まるで腰掛けている石と同化している様だ。
「あなたは不思議なお方ですね」
ライネリオの後ろから声が聞こえてきた。女の声である。二十代半ばだろうか。
「お前さんもだろ?」
その声の主に答えるライネリオ。声の主が鈴を転がす様に笑っている。それにつられライネリオもふふんと笑う。
「確かにそうかも知れません。私はあなたを殺すつもりでした」
「そいつは怖いね」
怖い。そうライネリオは言ったが、それを本気で言っていない口振りである。それは女にも伝わっている。
「ふふふ……嘘ばっかり。でも、あなたを見ていると、今日は何故かそんな気も失せました」
「有難い、助かるよ」
「全く緊張感のないお方だ事……特務部隊隊長……
「懐かしい……昔の渾名を良く知ってるな」
ライネリオの通り名である。前線で戦っていた頃に敵味方関係なくそう呼ばれていたが、今ではその通り名を呼ぶ者はいない。
「あなたは私を覚えていないでしょうが、私はあなたにあった事があるんですよ?」
「そうなのか?すまんね……何分、職業柄、敵が多くてね」
特務部隊隊長である彼は、反政府組織や犯罪者グループだけではなく、味方とも言える政府内の人間にも敵がいる。それだけ、特務部隊の仕事の内容が幅広いのである。
「いえ……あの時、私とあなたは敵ではありませんでした。今は雇われてあなたの命を狙っておりますが」
「俺を生かしておいて、雇い主からどやされるんじゃないのか?」
「お気遣いありがとうございます。それは大丈夫です。私の好きにやって良いと仰せつかっております故」
「なら良い。俺はお前の気が変わらんうちに帰るとしようか」
「あら、私はもう少しこのまま二人で川を眺めていたかったのですが……残念です」
「それはまた後日。どうせ俺も暫くはこの町から離れられんからな。よし、俺は後ろは振り向かん。お前もこのまま、ここを去れ」
「分かりました。それではまたお会い出来る日を楽しみにしておりますわ」
後ろの氣がゆらりと動き、少しずつ離れていく。それを感じ取ったライネリオも立ち上がると河原をのんびりとした足取りで歩き始めた。
もう、後ろから着いてくる氣は感じない。女は何処かへ行ってしまったのだろう。
五月の空は雲一つなく、とても澄み渡っていた。遠くで鳥の鳴く声がする。ライネリオは河原から堤防へ登ると、詰所の方へと歩き出した。
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